1・燃えよ、キャロンダイト
姫パート
わたくしは追われていました。
誰に追われていたかと申しますと、それは新しくやってきた継母にです。
お父様が新たに迎えたお義母様は、最初はおきれいな方だったのですが、実は魔女だったのです!
「ひっ、姫様! もういけません! もう無理です! 馬が、馬が限界で……!」
わたくしを連れ出してくれた騎士のポールが、必死に叫びます。
「はい! お馬さんが可愛そうです! ですから、わたくしはここから歩いて逃げますので。ですから、ポールはわたくしを置いて逃げると良いですよ。継母の狙いはわたくしです。わたくしから離れれば、ポールはきっと無事でしょう」
わたくしはそう返すと、馬車の扉をばばーんと開いたのです。
それはもう、素晴らしい勢いで開きました。
普段であれば、侍従長のイングリドが目を三角にしてわたくしを諌めたでしょう。
ですが、イングリドはわたくしを逃がすため、継母の前に立ちふさがったのです。
「つまり誰もわたくしを止められませんとりゃー!」
わたくしは気合の入った叫びを上げながら、ぴょーんと馬車から飛び出したのです。
「あっ、姫様! ショコラーデ姫様ーっ!!」
ポールの声が聞こえます。
ですけれど、これ以上誰も巻き込みたくはないのです。
このショコラーデ・ボンボン。
ボンボン王国の第一王女として、国を蝕む魔女から民を守らなくてはなりません。ポールはその第一号です。
わたくしにもうちょっと力があれば、イングリドも助けられたのですけれど。
ああ、国に言い伝えられている、名も知らぬ騎士様がおられれば今頃……と、いけないいけない。
現実を見るのよ、ショコラ。
「とう!」
それだけの事を一瞬で考えて、わたくしは地面に降り立ちました。
降り立ったと思ったのですけれど、正確には茂みに飛び込んで、ぼてっとお尻から着地して、ころころと地面を転がりました。
ああっ、今の格好がドレスじゃなくて本当に良かったわ!
侍女の服を貸してもらったのだけれど、これってとっても軽くて動きやすいのね。
コルセットが無いのも気に入ったわ。
たくさんご飯が食べられそうですもの。
「はっ、いけない。現実逃避はだめよショコラ。わたくしには国を救うという、崇高な使命があるのだから」
わたくしは地面に転がったまま、我に返りました。
後ろからは、カタカタという軽い音が聞こえてきます。
継母の手下が追い掛けてきたのでしょう。
『王女の匂いがする!』
『捉えよ! 魔女シュネーケ様は王女の命を求めている!』
『ですが隊長。いくら鏡の悪魔がシュネーケ様よりショコラーデ姫の方が可愛いって言ったからって、嫉妬するのは大人げないと思います。いい加減年を考え』
ジュッと音がしました。
ころりと何かが転がる音。
美味しそうな香りが漂ってきます。
『あっ、ばか』
『シュネーケ様は国の隅々まで聞き耳を立てて、悪口を探ってるんだ。下手なことを言うとこいつみたいに、焼きカボチャにされてしまうぞ』
『おお、怖い怖い。ショコラーデ姫、我らの身の安全のために早く出てきてください』
わたくしに向かって、足音が近づいてきます。
それは、骨の馬に跨った、カボチャ頭の兵士たち。
継母が魔法で作り出した、悪魔のような手下です。
わたくしは息を殺し、茂みに隠れて彼らをやり過ごそうとしました。
彼らは、並の兵士の何倍も強いし、普通の武器が効かないのです。
静かに静かに、気配を殺して。
「静かに隠れるのですショコラ」
『いた!』
「あっ! すぐに見つかってしまいました!!」
『あれだけはっきり独り言したら見つかりますよショコラーデ姫。さあ我々と共に来てもらいましょう! シュネーケ様が貴女の命をご所望です!』
「なりません! わたくしは誇りあるボンボン王家の王女として、継母が魔女であった事を隣国に伝えねばならないのです!」
『えっ、そんな事考えてたんですか!!』
『危ない……。これは本格的に逃したらだめなやつだ』
「きゃあー! ど、どうしてかしら。束縛がきつくなりました!」
コルセット並の締め付けで、わたくしは囚われてしまいました。
思わず、悲鳴を上げます。
「誰か、どなたか伝えて下さい! ボンボン王国の后は、魔女です! 邪悪な魔女なのです!」
『ぬう、この場に至っても命乞いをせず、シュネーケ様を糾弾しようとは』
『健気ですねえ。どこかの魔女とは大違い……あっ』
『あっ、ばか』
『また焼きカボチャになってしまった。いいか、ここからは無駄話をしないで戻るぞ』
『ウィ』
『ダー』
かぼちゃの兵士たちは、一様に押し黙ります。
きっと余計なことを言って、これ以上数を減らされたら、わたくしを囚えておくのが困難になると思ったのでしょう。
それでも、数は十人はいます。
あまり運動をしたことがないわたくしには、とてもこの数を振り切って逃げることはできそうにありません。
ああ、ショコラーデ・ボンボンはここで終わってしまうのでしょうか。
せめて、おとぎ話で聞いた白馬に乗った王子様にお会いし、ロマンチックな恋に身を焦がしてみたかった……。
ところが、どうやら天にまします神様は、わたくしの願いを聞き届けたようです。
「まつがいい!!」
羽音が聞こえます。
カボチャの兵士たちが、空を見上げました。
朝日の輝きを背に受けて、その方は現れたのです。
「おおぜいで、女性一人をかどわかそうとは、きしどうの風上にもおけぬ」
なんでしょう。
難しそうな単語がたどたどしく聞こえます。
「そっこく、女性をおいて立ち去るがいい!!」
『な、何者だ!』
『隊長、あれを!!』
『ウサギです!! ウサギが、真っ白なふくろうに乗って……乗って……? なんか頭を掴まれて、毛皮とかぐにーっと伸びてます!』
わたくしも、空を見ました。
白いフクロウにぶら下げられた、一羽のウサギが、そこにはいたのです。
彼は、背負った大きなニンジンを抜き放ちました。
「わが名はピョンスロット!! せいぎのきし!! とーう!!」
そして、ウサギの騎士ピョンスロット様とわたくしは出会ったのです……!