夜明けのウサギ騎士
気づいたら、私はウサギになっていた。
真っ白な毛皮。
もふもふとした腕。
真っ赤な目に、長い耳。
背負った大きなニンジン。
なにゆえ、気高き騎士だった私はこのようなもふもふの姿になってしまったのか。
それは数年前の出来事に遡る。
我が剣は、魔王グレイゴーアを貫いていた。
激しき戦いの結末。
魔族と魔物を操り、世界に恐怖と混乱をもたらしていた魔王は、信じられぬものを見る目を、己に突き刺さった聖剣に向ける。
『おのれ……おのれ、騎士よ。人にして、我ら魔族を超える強さを持つ騎士よ。確かにうぬが剣は、我が心の臓を貫いた』
「……」
グレイゴーアは、その闇のように黒い目玉を私に向けた。
込められた力は、強烈な呪い。
だが、我が強靭に鍛えられた心は、そのような呪いなど容易く跳ね除けて見せる。
『効かぬか……! だが、このグレイゴーアただでは逝かぬぞ! 七騎士よ。うぬらには、この魔王の命全てを代償とした忌まわしき呪いを贈ろう! おお、全ての民はうぬらの姿を己が英雄と認識することも叶わず、そしてうぬらの名は世界の中から忘れ去られる……!!』
「構うものか。我らは、名声のために剣を執ったのではない」
私は聖剣に力を込めた。
切っ先が、魔王の心臓を貫いたまま、背に抜ける。
グレイゴーアが、紫色の血を吐いた。
「世界に平和が訪れるならば、我が身は喜んでその礎となろう!!」
『ハッ……! その決意、守れるものか、見届けさせてもらおうっ……!!』
それが、魔王の最後の言葉だった。
かの強大な魔族は、我が肩に爪を掛け、傷をつけた。
そして、その指先から力が失われていく。
「魔王は一体、何をしようとしていたのか」
私は呟きながら、仲間たちを振り返った。
そして、彼らが信じられぬ物を見る目を私に向けていることに気づく。
「騎士団長、そのお姿は……!」
「うっ、ぐぐぐ……俺の身体が……!」
「ぐわああっ!」
異形へと変じていく、我ら七人の騎士。
「これが魔王の呪い……! だが、これで世界は平和となるのだ……」
私は、魔王城の部屋からバルコニーへと出る。
そして……ウサギとなった我が身を風に晒したのだった。
「そんなわけだ」
私が両手で抱えたマグカップを下ろすと、向かいに座っていたフクロウが小首をかしげた。
ふむ、やはりフクロウでは分からんか。
彼女は、我が同居人ヴィヴィアン。
「セミたべるか?」
「ホッホーウ」
ヴィヴィアンは私がさっき捕まえたセミを、丸呑みにした。
「ホッホーウ」
「え、ねむい? そうか、もう明け方だな」
私は木の虚に設けた家から顔を出した。
鼻がくんくんする。
お腹が減ったかも知れない。
私は背負っていたニンジンを構えると、齧った。
うん。
聖剣キャロンダイトは、今日もいい味をしている。
キャロンダイトは聖剣だから、齧っても再生するのだ。
うーん、無限機関。
「ホッホーウ」
ヴィヴィアンが鳴く。
「どうしたのだ。私はしょくじのとちゅうなのだが。むっ、人のひめいだと?」
「ホッホーウ」
「フッ、私にそれをとうのか? わが身はウサギとなりても、きし。困った人がいるならばかけつける!」
私は枝を蹴った。
白きもふもふが、風を切って朝の森に跳躍する。
私は、名を失った騎士。
だが、心まで失ってはいない。
それが故に、弱き者の剣となり、盾となる。
我が名は、ピョンスロット。