第六:対シグリズ戦
一行は洞穴をさらに奥へと進む。グラーフは『渾身の腕輪』を左手に装着して疲労を癒やしながらあとをついていく。先ほどのグール戦では想定外の事態が起こってしまった。
「この奥がシグリズのいる場所だと思います」
エイシャが告げた。彼女は聖職者であるため不浄なものに人一倍敏感である。
「もう猪突はしないでくれよ」
「すみません」
カセリアの嫌味に控えめに苦笑いしながらトルーズは頭を掻いた。
先ほどはトルーズが単独でグールの群れに突入してしまったがために、大乱戦の様相を呈してしまったのだ。もし知性の高い魔物が相手であった場合、パーティーは全滅させられていた可能性もある。のん気に笑っている余裕などないのだが、そこは豪胆な心臓を持つトルーズ。こんなときにも笑みを絶やすことはなかった。
「シグリズが一体ならエナジー・ボルトの一撃で片がつくんだけどな」
「スケルトンとグールの数から見ても、複数いると考えたほうがよいでしょう」
「だろうな」
カセリアとナジャフが話を進めていく。
「問題はシグリズが魔法を使えるというところですな」
「俺の剣なら魔法を吸収できる。それをそのまま敵に叩き返すことだって」
愛剣を掲げて見せるトルーズ。
「そこでこのように――」
ナジャフの冷静な作戦説明が始まる。五人はナジャフの説明に聞き入った。こちらの特性を生かした戦い方が示される。その戦法はさすが知識の宝庫と呼ばれる賢者だけのことはあった。敵の数次第で三通りの戦い方が示される。シグリズの魔法へどう対処するかも詳らかに説明を加えていった。シグリズの用いる魔法はほとんどが電撃系である。そこで腰に長いワイヤーを結んで地面に垂らし、電撃を地面に逃がそうと発案した。雷を大地に逃がす手段を応用するのだ。
「よし、それでいこう」
トルーズたちはナジャフの提案を実行に移すことにした。疲れの癒えたグラーフは『渾身の腕輪』を右手にはめ直し、エイシャはそんなグラーフの大剣に再び『聖なる武器』の奇跡をかけていく。そしてそれぞれの武器に聖水を振りかけて清めた。これで前衛の斬撃は不死のシグリズにじゅうぶん通じることだろう。さらに聖水の小瓶を皆に配って、万が一の事態に備えることにした。ワイヤーを六人分に切って腰に巻いて床に垂らしておく。
しっかりと準備を整えた一行は先を急ぐ。
「洞穴がこの構造なら奥に石室が設けられているはずなんだが」
ナジャフは知識をひけらかさずにはおれない性分のようだ。
程なくして石室を形作る石組みされた扉が見えてくる。今度もナジャフが罠の有無を調べ、毒針の罠を発見したがその場で無効化しておいた。解錠器具を使って扉のロックを解除すると脇にある滑車を回して慎重に扉を開いていく。
トルーズが仲間五人の顔を窺って心の準備を確認したのち、シグリズの待つ石室へと踏み込んでいった。
ゆっくりとぼんやりシグリズが大小五体現れた。ただシグリズといえば通常なら人間の体を保っているものだが、黄色く分厚いもやに覆われた姿をしている。
魔法の使えるシグリズが五体も現れたため作戦は当初の想定よりも急がなくてはならなくなった。素早くエイシャは奇跡を祈り始め、カセリアは魔術の詠唱を開始する。
シグリズのうち大きな二体がゆっくりとパーティーへ向かってくる。
「ターン・アンデッド!」
『神の聖印』を用いたエイシャの奇跡により、シグリズ五体はその場で動かなくなった。そのうち小さな一体が男児の姿を現したのち消滅した。
「エナジー・ボルト!」
カセリアの強大な魔法が炸裂した。シグリズが真っ白に閃いて轟音とシグリズの断末魔が鳴り響く。強い空気の震動が石室入り口まで伝わってくる。光が弱まって確認すると大きなシグリズが一体、女性の姿を現したのち消えていった。エナジー系の魔術は高い魔術スキルと魔力が要求させる。万能なるマナを純粋なエネルギーに転換して解き放つ。地上で破壊できないものはないとされるほど高濃度の破壊エネルギーだ。それを『マナの首飾り』をしているとはいえ事もなげに撃ち込んだ彼の力量は達人の域をすら超えているといえるだろう。
トルーズを先頭にしたレフォアとグラーフの三人は、残った三体のうちこちらに向かってきていた大きなシグリズに狙いを定める。
するとシグリズから電撃が放たれた。
レフォアとグラーフは腰紐としたワイヤーによって電撃を地面に逃し、トルーズは魔剣を盾にしてそれを吸収する。刃に稲光が宿った。王国軍師が語っていたようにこの剣には魔法を吸い取る力があるのは確かなようだ。
間合いを一気に詰めたトルーズはシグリズに飛びかかって大上段から渾身の一撃を放つとシグリズは電撃に包まれる。一瞬男性の姿を見せたがすぐにもやに包まれていった。続いてレフォアが『風鳴り』を走らせて聖水をまとった双剣を叩き込み、ひとタイミング遅れてグラーフが『一刀両断』の斬撃を加えると大きなシグリズは人の姿を見せたのち消し飛んだ。
小さな二体のシグリズが残された。ナジャフが、「まず一体を確実に仕留めるのです。二体を同時に相手してはいけません」
と注意を喚起する。トルーズはレフォアとグラーフの位置取りを一見して把握し、右の個体に狙いを定めた。レフォアもグラーフもそれに従って動き、三人は聖水を帯びた剣でシグリズを打ち倒した。こちらもやはり倒されたのち消え行く間際に女児の姿を現していく。
エイシャのターン・アンデッドの魔法は一体の魔物に対して一度しか効果を発揮できない。一度耐えられると再びターン・アンデッドをかけても成功しないのだ。そこでエイシャは前線へと駆けていく。
『マナの首飾り』によってカセリアはエナジー・ボルトの魔法を再び使える状態になった。どうやら魔法の発動間隔を縮める効果もあるらしい。この宝具にどれほどの力が秘められているのだろうか。彼は好奇心を刺激されたが、今はシグリズを殲滅することが優先だ。エナジー・ボルトの詠唱を開始しつつ、前衛とシグリズの動きに注意を払った。
トルーズが挑みかかると小さなシグリズは石室内を逃げまわりだす。レフォアが行く手を遮ると方向を変え、そこにグラーフが立ちはだかった。エイシャも加わる。
ようやく石室の隅に小さなシグリズを追い詰めたトルーズたちは、逃げられないように周りを取り囲んでカセリアの魔法を待った。