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第五:大ピンチ

 トルーズとナジャフが長竿を伸ばし、端で底を叩きながら一行は洞穴の奥へゆっくりと歩んでいた。

「隊長、先ほどのような突出は控えてください」

 半ば怒り半ばあきれた口調でナジャフはトルーズに嫌味をいう。

「誰に被害が出たわけでもないし、とくに怒られる筋合いはないと思うんだけどな」

「あそこに罠が仕掛けられていないとある程度把握できたので、各人を評価するために戦ったのですよ。それを隊長であるあなたが功を焦って突出するなんて。幸いレフォア殿やグラーフ殿が補助にまわってあなたを囲もうとしていたスケルトンを斬り伏したからよかったものの」

「功を焦ったわけじゃなく普通に走ったつもりだよ。ただ二人の足が遅かっただけじゃないか」 

 ナジャフは深いため息を吐いた。

「『勇者隊』としての初陣なのですよ。誰の足が速いか遅いかは隊長であるあなたが把握して然るべき。いくらあなたにとっては普通でも二人が追いつけないのでは突出したことと変わりがないではありませんか」

「だからこうやって地道に床を叩いているんだろう」

 床を叩く行為に飽きてきたトルーズが嫌気を感じさせながら答えた。

「これは罠が仕掛けられていないかを確認する基本ですよ。これから『勇者隊』としてこの六人で試練に挑み続けることになります。こういった基本にも慣れていただかなければ困るのですが」

 トルーズが言い返そうと思った矢先、洞穴が大きく曲がった先に人の手で作られた大きな扉が現れた。

「皆はここで待機してください。私が様子を見てまいります」

 ナジャフは用心しながら扉に近づいていった。

「この扉に罠でも仕掛けられているのか」

「今『魔法探知』の呪文をかけてみたが、魔法的な仕掛けはされていないな」

 カセリアは事もなげに答える。いつの間に呪文を唱えたのであろうか。その間にもナジャフは扉の周りを注意深く観察していた。そして納得した顔で一行の元へ戻ってくる。

「扉に鍵がかけられていますが、罠は仕掛けられていないようです」

「なら『解錠』の呪文で開けてしまおう」

 カセリアが杖を扉に向かって伸ばそうとした。

「いえ、この程度の鍵なら私ひとりでじゅうぶんです。カセリア殿は今後のために魔力を温存しておいてください」

 わかったとカセリアが答えるのを聞くとナジャフは手持ちの解錠器具を取り出して鍵穴をこじ開けにかかった。

「賢者って皆こうなのかな。この姿を見ていると賢者か空き巣狙いかわからないよ」

 さっきの嫌味を意趣返ししたトルーズだったが、程なく鍵が解けた大きな音が聞こえてくる。

 ナジャフは一行に警戒態勢をとるように伝え、慎重に脇に備え付けてある滑車を回して扉を開いていった。

 何かが出てくる様子は見受けられない。ナジャフはトルーズから予備の松明を受け取って火を移し、それを中へ放り込んでみた。皆が暗闇を照らした松明の光を確認する。映った像からするとどうやらそこは地下墓地のようである。

「先ほどよりも強い邪気を感じます」

 エイシャが隊員以外に聞こえないほど小さくささやく。

「ここに件のシグリズがいるのかな」

「いえ、おそらく違うでしょう。奥にもっと大きな邪気の群れがいます」

 エイシャにならって小声で問いかけたトルーズを彼女は軽くいなした。

「やはりグールかもしれませんね」

 スケルトンの次はゾンビかグールかマミーが待ち受けているというのが賢者ナジャフの読みだった。

 ゾンビは腐敗した肉体に瘴気を漂わせ、頭部をかち割っても暴れまわる凶暴さを秘めている。グールはゾンビと外見こそ似ているが人肉を食らう習性があり、かじられた者はグールになってしまうという恐るべき不死の魔物だ。マミーは体中に包帯を巻いたいわゆるミイラである。だがレイティス王国には死者を包帯で巻いて埋葬する習慣は過去にもなかったので、マミーである可能性はきわめて低い。

 ゾンビと想定してより強力なグールと戦うか、グールと想定してより弱いゾンビと戦うかをナジャフが話していた。そして強いほうを想定しておけば弱いほうにも対応できるという判断で皆の見解が一致している。いずれの魔物であっても先のスケルトンほど簡単には突破できないだろう。

 トルーズはスケルトンとの戦いでレフォアとグラーフの力量を見切っていた。他人の力量を正確に判断できるのは隊長としては得がたい能力である。しかしこと自身の力量に関しては見極められていないのではないかと思われた。

 レフォアとグラーフの二人ならばどんな無茶でもやってのけるだろう。グラーフの剣には先ほどの『聖なる武器』の奇跡がまだ残っていてまばゆいほどのきらめきをはなっていた。今戦っても勝算はある。とルーズはそう思って、

「悩んでいてもしょうがない。いくぞ!」

 とトルーズは身を躍らせて扉の中へと突入していく。

「おいっ、ちょっと待て!」

 後ろでカセリアが制止するが、無視するようにトルーズは突き進む。レフォアとグラーフがそのあとを追うように駆け行った。こうなればもはや乱戦あるのみである。

 墓地の地面からは崩れた肉体を保つ魔物が次々と姿を現してきた。

 やはりゾンビかグールのどちらかだろう。

「うおりゃー!」

 目の前の一体へ向け、かけ声とともに魔剣を一閃するが、さしもの魔剣でもひと振りで身を断つには至らなかった。強い。そう思いもう一太刀加えようと振りかぶったとき、突如背後に現れた魔物が全身鎧の隙間を埋める鎖かたびらで覆われた脇腹に噛み付いてきた。

「痛っ!」

 鎖かたびらの部分を噛まれたため牙が脇腹を破らんばかりに食い込む。そのまま脇腹を食いちぎろうとするかのようだ。

 後ろから駆けつけてきたレフォアが『風鳴り』を疾駆されてトルーズの脇腹に食らいついている魔物を一瞬で薙ぎ払った。こと強襲における一撃の破壊力でいえば『風鳴り』はすさまじい性能を誇る。長い距離を走らせれば走らせるだけ切断突貫能力が高まるのだ。その疾風の威力は他の追随を許さないだろう。

 グラーフも追いついてきて自慢の奥義を小出しにしては魔物を一体ずつ『一刀両断』していく。

「トルーズ隊長! いったん戻っていらっしゃい! 傷の手当てが先です」

 痛む脇腹を抱えて剣を振りまわすトルーズにエイシャの声は届いていない。エイシャは急いで後方からトルーズの元へと駆けていった。

 カセリアは軽くひとつ舌打ちして手短に呪文を唱え始める。

「万能なるマナよ。炎となりて彼の地で爆ぜよ……ファイヤーボール!」

 火球が一直線に敵中へ飛んでいき一息に大爆発を引き起こした。

 不死の魔物はえてして火に弱い。グールやゾンビとて例外ではなかった。五体の魔物が火だるまになってのた打ちまわっている。

 カセリアにより企図された爆発に巻き込まれたトルーズは吹き飛ばされて転がる。

 そのおかげで後ろからナジャフが叫んでいる声が聞こえてきた。

「隊長! 戻ってきなさい!」

 くすぶる体を引きずってナジャフの元へ戻ろうとするが体が痺れはじめていて身動きがとりづらい。そこへタイミングよく駆けつけてきたエイシャがトルーズの患部に聖水をかけて清め、彼を支えながらナジャフたちが待つ位置まで帰り着く。

 カセリアはトルーズの様子を見て判断した。

「こいつが麻痺しているとなれば相手はやはりグールか」

 トルーズを連れ戻してきたエイシャはすかさず『解毒』の奇跡を祈る。『神の聖印』がまばゆく光り輝く。効果はたちどころに現れた。トルーズは体の自由が戻ってくる感触を覚える。次いで『治癒』の奇跡がかけられていく。

 そのさなかにもカセリアによる火の魔法が飛び交い、レフォア、グラーフの奮戦が続いていた。

「これで突出の怖さがおわかりになりましたか、隊長」

 ナジャフの声色は厳しいが子どもを諭すような口調である。

 奇跡が成功して麻痺と傷が完全に癒えたトルーズは愛剣を力強く握った。そして神妙な声色で「行ってくる」と言い残すと再び戦線へ躍り出る。

 カセリア、エイシャ、グラーフにより三〇体いたグールも十二体まで減っていた。火球の魔法は敵が密集していないと効率よく発揮できない。

 それに気づいたエイシャは、呼吸を整えて次の奇跡を祈った。

「ターン・アンデッド!」

 するとグールたちの動きがぴたりと止まった。うち七体がその場で崩れ去る。

 残る五体をレフォアとグラーフ、そして遅れて駆けつけたトルーズが始末した。




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