第一:隊長任命式
「そちを新設される『勇者隊』の一番隊隊長に任ずる」
きらびやかな装飾の施された玉座に収まる白髪の国王が宣言した。
「わ、私が隊長……でございますか?」
片膝をついてかしこまっていた青年トルーズが身をこわばらせながら問い返す。
広い謁見の間で王の眼前に、正装したトルーズと紫色のローブを着た男性が並んでいる。
「六人編成による小部隊だがな」
「私は非才の身ですが」
王国第七騎士団に属し、帝都攻略戦においてはつねに最前線で戦ってきた。しかし、単騎突撃が過ぎるためたびたび騎士団長から「功を焦るな」と咎めを受けている。他人を率いて戦うのはとてもできないだろう。
「そちを隊長にと推したのは他ならぬ軍師殿だ」
国王の傍には、全身鎧の上から青いマントを羽織り大剣を背負って矛槍と兜を手に持つ若者が立つ。王の脇で武装していられるのはよほど信頼を得ている証だ。伝え聞くところでは二五歳だそうだが歳に似合わぬ重厚さを感じさせる。その大いなる知略で帝国が率いる魔物の大軍を蹴散らし、東方連合国の敗色が濃厚だった一年余の戦いにおいて、たったのひと月足らずで東方連合国側の全面勝利へと導いたのだ。
国王が彼を軍師に据えた慧眼は明君と呼ぶにふさわしい。しかしその実力は国王の見立てよりも遥かに高かった。その才は建国の名軍師を凌駕するのではと噂されるほどだ。
軍師が国王に一礼して、トルーズに声をかける。
「たしかにそなたは若い。だが、これから大きく伸びてくれるものと期待している」
厳かな視線を投げつける軍師は言葉を続けた。
「至らぬ点があれば、隣りに控えるナジャフが補ってくれるだろう」
紫色のローブを着た三十代と思しき男性が頭を下げた。
「全力をもって補佐いたします」
このローブは賢者学院を卒業した一人前の賢者だけが着ることを許されている。中でもナジャフは魔物の知識に長じており、先の大戦では今目の前にいる軍師の片腕としてその知識を大いに役立てた。
トルーズは状況が飲み込めないまま、
「隊長は私よりもこちらのナジャフ殿のほうが適任かと思われますが……」
と口をつく。
「ナジャフには参謀として王佐の才がある。将来この国を支える貴重な人材となろう。だが、惜しいかな人を率いる器ではない」
軍師の答えをナジャフが受けた。
「軍師様のおっしゃるように、私は人の上に立って指揮することは苦手です。私の知識がお役に立つのであれば喜んで助言いたす所存」
自分の意志と異なる方向へ話が流れていくのを感じたトルーズは、
「それなら私にも人を指揮する能力はございませんが」
と返答した。軍師は依然として厳しい視線を送ってくる。
「少々指揮のミスがあろうとどうにでもできるだけの人材は揃えた。あとは実戦の中で戦闘指揮を磨くとよかろう」
軍師の顔は険しく、反論を許さない目つきだ。わずかながら殺気も感じられる気がする。
「そなたらも参加した帝都攻略戦で魔物の軍勢はあらかた排除できた。これからは大軍を動かすこともまずあるまい。各地に散らばった少数の魔物の集団を掃討するには小回りの利く少数精鋭に限る。そのための『勇者隊』だ」
反論しようと試みるトルーズだったが、この軍師には通用しそうもなかった。その揺るぎない視線に射すくめられ圧倒されてしまうのだ。威圧感は怒られ慣れた第七騎士団長のそれを遥かに超えている。まるで軍神に見据えられたような心持ちだ。このぶんでは隊長を引き受けるまで帰れそうにない。
天下の逸材と誉れ高い軍師が自分に固執している。であれば、それなりに隊長の才があるのではないか。そう考えることにした。
大きく吐息を発したあと、一つ深呼吸をして気持ちを落ち着ける。迷いも消えて覚悟が決まった。
「かしこまりました。隊長職をお受けいたします」