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とっさの思いと昼下がり

「げひゃひゃひゃ!」と品性を欠片も感じさせない笑いが教室に広がっている。

楽しい昼下がりのブレイクタイムに、薄汚いノイズを撒き散らす男に、教室の女子たちは、はっきりと冷淡な視線を向けていた。

そのうちの1グループが、あからさまに聞こえる声量で陰口を叩いていたが、下卑た笑いの当本人はどこ吹く風だった。


「マモル、静かにしろ」と、男の対面に座る背の低い男子が静止した。

「だってあの御城が部員にボイコットこかれて退部したのに!!これが笑わずにいられるか??」

言い切ると、男――マモルはまた耐えきれずにげらげらと笑い始めた。笑いすぎて目から玉のような涙が溢れているところ、心底楽しくてしかないようだった。


背の低い男子は、周囲の冷えついた反応を見て、どうにも居心地が悪かった。

自分はこのクラスの生徒でさえなく、さらに言えば学年も一つ下の高校一年。はっきり言って部外者も部外者なのだから、一年だとバレてもしも難癖を付けられたらひとたまりもない。


このマモルという男は、周りの反応を見て何も思わないのだろうかと考えたが、その考えが無駄だとすぐに悟った。


もしもこの男にそんな繊細なデリカシーがあるのならば、高校二年にもなって友達の一人もできず、いとこである自分を教室に呼び込む必要など、そもそもないのだから。


「いい加減笑い飽きた?」

そう聞く彼に対し、

「あー、ひーっ!!」

と、過呼吸気味でマモルはまだ叫んでいた。


この男はもう16歳にもなろうというのに、感性はまだ小学生のようだな、と彼は感じていた。


「ところでなんで僕を呼び出したの?」

「倒したい相手がいるのよ」

涙を袖で拭きながら、マモルはなんとか答えた。

「世界最強のチームを倒したいなって思ってさ」

「それで?」

「俺は俺で部活を立ち上げて、その最強チームと戦うってわけよ。どう?」


それを聞いて、背の低い彼は首をかしげる。

「そのために正一、お前を部員にしたいわけ、OK?」

「まぁいいけど、暇だし」

「話が早くて助かるね~」


マモルが握手を求めて手を差し出すが、正一は応えなかった。


「入部はしてあげるってこと。設立するにも人数がいるんでしょ」

「いやいや、ガッツリ選手として活躍してもらおうと」

「それはやだね。マモルがいつ飽きるともわからないし」

「何をいうか、俺ぐらい凝り性な人間もそうそういないぞ」

マモルは説得するが、正一は首を振った。


「高校二年になって、何を思い立って部活をやり始めるんだか。万年帰宅部のマモルが、部員と協力して仲良く練習? 手を取り合って汗をかいて練習? その前に練習するべきなのは、ずばり社会性、つまりは人との接し方じゃん。教えてあげようか?」

「そういうお前だって万年帰宅部の不登校児童だったじゃねえか……」

不服そうにマモルは述べた。

「僕は小6の頃から不法に働いてたの。マモルと一緒にしないで頂戴よ」

「児童労働? ヤクザもんじゃねえか、法律守れ」

「はみ出しもの同士、僕たち仲良くしようね」

「じゃあ握手」

またしても差し出された手。正一はそれをギッと強く握りしめると、マモルが悲鳴を上げるまでに力を込めた。


「もっと鍛えな」

「痛え、何やったらここまで鍛えられるんだよ」

「掃除」


正一は手を離すと、マモルに問いただした。

「御城さんは部活やめちゃったわけでしょ? どうせゲームの部活をやるなら誘わないの?」

どうせ誘うわけがないのは分かっていたが、昨日の今日で彼女が突然部活をやめるというトラブルがあったというのだ。相当情熱を注いでいたらしいことも、SNSや同級生の雑談の中で聞こえてくる。彼女の幼馴染として、慰めの一つくらい出ないものかと、薄い望みをかけた。


「あぁダメダメ、御城は弱っちいからな。ゲームのセンスってやつがないのよ」

それを聞いて正一は、やはりの薄情さに落胆した。

やはりこの男は他人と強調して部活をやるなんて向いてないな、とため息を漏らした。設立したところで、ゲームと直接関係のない対人トラブルを起こして廃部になるのが関の山だろう。

そもそも、設立時に顧問を依頼する教師と適切に交渉ができるかどうかさえ謎だ。


「誰が、弱っちいですって……?」

話していると突如、背後から女性の声。

癖のないストレートヘアーが、肩を越えてしなやかに揺れている。


「お、噂の没落少女が来たぞ~!!」

マモルは露骨なまでに機嫌がよくなる。もちろん彼女が好きだからというわけではない。不幸な目にあっていて落ち込んでいるであろう彼女をおちょくりたいだけなのだ。

ほとほとゲスな思想である。


「正一くん久しぶり、あなたに話があって来たの」

「お久しぶりで失礼しますが、部活を設立して、世界最強を倒すとか言うんでしたら……」

「あら、話が早くて助かるわね、一緒にテッペンを目指しましょうよ。スジのいい子は好きよ」


またか、と正一はうなだれた。

正一には何かを感じる者が多いのか、不思議と、”何かやってる人”からはよくよく声をかけられる。

春先の4月で勧誘シーズン真っ盛りという時期に、ありとあらゆる部活から勧誘され続けていることもあって、お誘いについてはやや食傷気味だった。


「もう僕には先約がいますんで……」

正一がそう断るとマモルも乗った。

「そうそう、俺の部活に入ることが決まっているからな!! 引き抜くなら必要十分な契約金をだね……」

マモルが言い切る間もなく、御城は口を挟んだ。

「あなたは素晴らしいわ、正一くん。体育の授業を見てたけど、物覚えも早くてセンスも抜群。何より、身体の動かし方に美しさが宿っている。何をやっても大成するのは見えているわ。だからこそ世界を目指しましょう、ね?」


「僕はね、師匠から勉強しろって言われてるんです。適当に内申点を稼ぐ以上の目的で、本気で部を活動するつもりはありませんよ。籍なら貸しますが、それまでです。せめて履歴書に書いてて、人事受けする内容じゃないと」


「だったらぴったりじゃない! 肉体派スポーツに比べれば、歴史の浅いプロeスポーツ界はまだまだ高校生大会でも世界を狙える! 甲子園で優勝ったって日本一なもんだけど、ゲームはグローバルよ~?」


「一日の練習時間は?」

「少ない日で6時間?」

「残念ですがご縁がなかったということでよろしく願います」


そう断ると、正一はそそくさと席を立って去っていった。


「もう、あんたのせいで勧誘失敗したじゃない」

「知るか、千年早いんだよ」

マモルの悪態に苛ついたのか、御城は机をローキックで蹴飛ばした。

VR上で格闘術を身に着けているだけあって、鋭い蹴りだった。マモルが座っているのもお構いなしで、机が弾き飛ばされて体にめり込んだ。


「私には義務があるの。諦めないから、絶対」

御城はそう吐き捨てて、正一を追うようにして教室を去っていった。


なんじゃそりゃ、と呟くマモル。気持ちが落ち着いてくると、周囲の女子たちが静まり返っている様子が見て取れた。

騒がしい限り何を話していても気にもとめなかったが、こう静かになられると、さすがのマモルでさえも周囲の反応の変化に気づいたようだった。


やがて女子たちが、ぽつりぽつりと言葉を漏らし始める。

話題は当然、先程現れた御城についてのことだろう。


これほどリアルで面白いスキャンダルなど早々ない。リアルなニュースの現場に立ち会って、やがて彼女たちもヒートアップしているようだった。


その様子を冷めた目で眺めながら、マモルは考えていた。

世界を目指すには、準備が必要だ。

本当に強い人間を倒すためには、果てのない鍛錬と、必要な精度を持った分析と情報、そして対策と経験値。

御城のような、ゲームを始めて2、3年の凡才が簡単に目指せるほど、甘いものではないはずだとマモルは信じていた。


世界の舞台に立つ資格を持つのは、真なる鍛錬と、本物の才覚を持つ手練達。自分が倒さなければならないのは、その中の一人だ。

最初にして最後の敗北を、勝利でもって取り戻すために。


かつての友であり、今はライバルとなってしまった銀丈という少女が、かつて俺の隣にいた。

その彼女が、世界最強と謳われるチームに、引き抜きされつつあるのである。


根っからの戦闘民族である彼女の興味を持続させて引き止めるためには、自分がそれに匹敵するナニガシであることを証明しなければならない。

否、戦闘民族から見て、「面白いもの」である必要があるのだ。


そのためには、仲間も、チームも、何もかもが不足していた。

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