序幕~お嬢、部活やめるってよ~
2049年春。
VRの実用化が進み、一般層にまで広くVR機が広く行き渡った時代。
一般に普及したVR機は、小型可し、誰しもが、どこへ行くにも持ち歩くようになった。
それと同時に、VR機を使ったゲームも広く浸透し、一時は激しい流行を見せた。
今はその流行も落ち着き、一般に認知されたそれは、
多くの人が見て、遊んで、楽しむコンテンツとして広く認められるところとなった。
これは、その時代に生まれた、ある高校生たちの話。
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「我々はプロを目指すわけじゃないんですから」
そう言い放ったのは、生真面目な印象を受ける男だった。
キラリ、と光るメガネを右手で、もてあそんで回す。
目下、約10名はいるかという部員たちは、彼の背に隠れるような姿で、固まってその口論を聞いていた。
だが、前に出て積極的に加担しようというものは誰もいないらしい。
しかし、部員が、何も言わずに彼の後ろを陣取っている態度を見るに、暗に支持されているらしいことは確かだった。
その彼に対面する少女は、その部員たちの態度を脇目に、怪訝そうな顔で言い返す。
「じゃあ、”遊びだから手を抜きたい”。練習もしたくないと、言いたいわけね」
「手を抜きたいだなんてそんな……」僕たちは怠けたいわけじゃないんです、とでも続きそうな余韻をもたせた物言いだった。
「まあいいでしょう。部活も戦いも何も、1人でやってるわけじゃないんだから……決を取ってきめましょうよ、ね」
と言った彼女。メガネの彼の後ろで固まる部員たちに視線を移す。
さあ、こっちへ着なさいよ。そう目配せでサインする。
しかし、部員たちはうつむいて、目を合わせようとすらしない。
まれに見返してくる者いたがも、一瞥した後にうつむいてしまう。
――部員たちの意思は、明確だった。
「あ、そう、それなら……」
彼女は言葉に詰まってしまう。
それなら……それなら、どうする?
何も浮かばなかった。
――そもそもが突然のことだった。
副部長からの提案。
「練習時間を減らしましょう、練習内容が単調な基礎練習に偏りすぎており、皆のモチベーションが保てません。どうせなら、実戦練習を中心に切り替えてみませんか……?」
要約すると
[試合に勝てなくてもいいから、今より楽で楽しい部活動に方針を切り替えましょう]ということだった。
勝たなくてもいい? それの何が楽しいというのか? 馬鹿馬鹿しい。
問い詰めて詳細を聞き出すだけのつもりだったのが、知らずこの場の口論にまで発展してしまったのだ。
彼女は――「御城」と呼ばれるその少女は、
自分1人だけが、知らぬ間に包囲されていたことを、今になって知った。
メガネの彼の提案、そして取り合おうとしない部員たちの態度。
今日私が部室に入ったその瞬間から……いや、それよりもずっと、何日も何週間も前から。
私は既に敗北していたのだ。
全世界Under20カップでの優勝……
それを、高校生の間に、前部長から引き継いだ部のメンバーと共に達成すること。
それが御城の夢だった。
その夢は――世界の頂点を目指す私の戦いは、
既に終わっていたのだった。
ここから、盛り返せるのだろうか?
やる気を失った部員たち。
面と向かって反抗する彼。
戦う意思を失った彼らの無理に説得して、世界を目指す?
そんな馬鹿な話があるか。
今までの練習も、せっかく組んだ練習メニューも、試合研究も、指導も、全ては徒労だったのか……?
彼女は、なんとなく、髪を留めていたピンを外した。
朝、毎日長い時間をかけて編んでいた髪も解いた。
お嬢様らしい、と友達からは馬鹿にされるが、部員たちに少しでも好かれたい、思ってやめられずにいた髪型だった。
もう、お嬢様らしくする必要もないと、ふと思うと、何もかもが馬鹿らしくなってしまった。
軽くパーマをかけた髪が、やる気なさげに泳ぐ。
仮想型ゲーム部 部長の御城が、顧問に退部届を提出したのは、それからすぐのことであった。
もう、どうでもいい。御城はその日から、お嬢様ぶることをやめた。