墓参り
空は快晴。雲一つない青空だ。
土地柄なのか、大陸の中でも王国周辺は、年中を通して雨が少ない。
勿論全く降らない、というわけではないので、外出する時晴れているというのは、正直に嬉しいものだ。
ネイノートとカノンカは、レッドウルフに乗って街道を進んでいた。
目的地は東の森。その中にあるネイノートの家だ。
東の森は、先の大戦で魔王軍が現れた場所である。
魔族なら兎も角、人間は近寄ろうとはしない。
それでもこの少年が、意思を曲げずにそこを目指すには、何かしらの理由があるのだろう。
パルスは今行動する危険性と、少年の意図を秤にかけ思案するが、自慢の足があるから、と深く考えるのをやめた。
レッドウルフの足はウルフ種の中でも上位に位置する。
走ることに関しては上位種であるブラッドウルフよりも速く、最上位種に位置するクリスタルウルフにも迫る程だ。
その速さは最高で、一つ数えるうちに40の距離を駆ける程にもなり、この速度に追いつける魔物などそうはいない。
だが持久力に難があり、最大速度で駆けることが出来るのは僅かな時間だけだ。
それがレッドウルフを下位種とする大きな理由となっている。
青空の中、狼は駆ける。
その速さは恐ろしく速く、瞬く間に森との距離を縮めていく。
それでも大分力を抜いて走っているようで、彼には余裕が見て取れた。
先の大戦の影響か、魔物の姿は一つもなく、人間ともすれ違うことはなかった。
まるで、世界に自分たちしかいないような感覚に襲われ、気晴らしにネイノートは空を見上げる。
大空にはウィンが只一羽飛んでいて、地上を行くネイノートらとは別で、森にある家を目指している。
人が歩く時間の三分の一程度の時間で、一同は森へとやってきた。
期を計ったようにウィンが空から舞い降りて、当然のようにネイノートの肩にとまる。
たとえ見晴らしが悪い森であろうと、ウィンの索敵魔法があれば恐れることはない。
ネイノートとウィンは、周りに最大の注意を払いながら森へと入る。
森に入ると一同は、パルスの上から降り、ネイノートを先頭に獣道を歩く。そして彼らはそれを確認した。
眼前にあるのはネイノートの家だった物。
それは恐らく、先の魔王軍により倒壊されられたのだろう。見るも無残な状態になっていた。
「酷い……」
元の姿を知るカノンカはそう呟く。
あの軋む小さな戸も、兎の肉を焼いた炉も、ネイノートがいつも使っている寝台も、全てが壊されていた。
ネイノートは予想していたのか、特に取り乱した様子もない。
無表情なその顔から、心の内を読むことも難しい。
パルスはそんな少年の、緑の瞳を興味深く見つめていた。
ネイノートは壊された家を一瞥すると、別の目的地に向けて歩き出した。
カノンカとパルスは慌ててその後を追う。
草木をかき分け、少しの上り坂を登る。
焦っているのか、少し足早になる少年は、漸くその場所へ辿り着いた。
そこは見晴らしのいい高台。
森の先にある草原を、一望出来る程開けた視界。
見渡す景色の片隅には、辛うじて王城の先が見える。
高台の先は切り立った崖となっていて、その崖の手前に一つの石が置いてあった。
無事なことを確認し、安堵の表情を浮かべたネイノートは、石の前まで歩を進める。
石の前まで来ると、ネイノートは膝をつき、背負っていた荷物から液体の入った瓶を取り出した。
栓をあけ、徐に石の上から零していく。液体が瓶から出ていく音だけが響いた。
辺りに漂う酒気を嗅ぎ、カノンカはそこで漸く気付く。
恐らくここには、彼の父が眠っているのだろう。今彼は、父に酒をふるまっているのだろう、と。
墓石を見れば、綴りを間違えてはいるが“ガルハンド”の名を確認することが出来た。
瓶に入った酒を全部かけると、ネイノートは立ち上がる。
「父さん、もう少しで……」
余りにもか細い声に、後ろで佇む両者にその声は届かない。
この世界にある常識の一つに次のようなものがある。
『死んだ者には最上級の敬意を』
それは人間に限らず、この世界に生きる者全てが知る世界の常識。
居ても立っても居られなくなり、カノンカ、続いてパルスが、拙い墓石の前で頭を下げた。
たっぷりの時間をかけ、気が済むまで祈りを捧げた彼らは岐路に立つ。
家の前まで来た時、ネイノートが足を止めないことを気にかけ、カノンカが声をかけた。
「ねぇ……少し片付けていかない?」
しかしネイノートは黙って首を振る。
カノンカの提案は少年にとっても嬉しいものだった。
だがまだ魔族の侵攻は収まったわけではない。時間をかければその分危険が増すだろう。
そして恐らく、片付け、直したところで、次の行軍の時にまた壊されるだけだ。
ネイノートは彼女の提案を却下して、パルスの背に跨った。後から苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、カノンカもそれに習う。
目的を終えた一同は、僅かな時間を森で過ごし、王国へと帰っていった。




