安らぎの日々
戦争が終わった王国は活気にあふれていた。
兵士も国民も、全ての人が戦争の後始末に追われている。
特に薬屋や武具屋、修道院等は、毎日毎日目の回る忙しさだ。
いつもは日に片手で済む位しか来客のない『太陽と月の遊び場』も例外ではなく、戦争後から引っ切り無しに人がやってくる。
同業者の中では異端で知られていた、クロツチが担当する太陽の遊び場には、数多くの王国兵士、冒険者が訪れ、武具の修繕を申し込んでいく。
話を聞けば彼らは、巨人族の死体が燃え無くなった後、火竜の素材で出来た矢が出てきたことから、巨人族を葬ったのは弓であると知り、その弓を作ったのがクロツチであるという噂をもとに、彼を訪ねてくるのだという。
訪れる兵士達は皆口々に要望を連ねる。
「巨人を倒せる程の武器を作ったんだろ!?俺のも巨人を殺せるようにしてくれよ!」
「俺はロンダニアみたいな立派な鎧が欲しいな!作ってくれんかね?」
彼らの要望はどれもこれも無理難題に等しいものだ。
作れと言われれば作らなくはないが、ネイノートの弓やロンダニアの鎧には、それなりの素材を使っている。同等の物といわれればやはり、火竜の素材や魔鋼鉄といった希少素材が必要になってくるだろう。
それを聞いた兵士達は皆、そんなの無理だ、と手を振って帰っていった。
クロツチはそんな彼らから受け取った武具を抱え、奥の工房へと入っていく。
ノゼリエが担当する月の遊び場にも、来客は後を絶たない。
傷を治す治癒の魔法薬。対物理魔法障壁が付与された装飾品。それらが武具の修繕と共に手に入るということで、瞬く間に『太陽と月の遊び場』の名前は、戦士の間に広まっていった。
ネイノートにカノンカ、サラシャにクラストも仕事に追われる二人の手伝いをしている。
ネイノートとクラストは太陽の遊び場にて、新たに来訪する戦士の武器を預かり、前もって聞いていた金額を提示し、会計を済ます。
ある程度の本数がたまれば工房の中まで持っていき、修繕済みの武具を持ってきては、あらかじめ時間の指定をしていた来訪者に返していく。
一本一本にそれなりの時間がかかる為、受け渡しは後日と言い渡し、次々に戦士が入れ替わっていった。
カノンカとサラシャも月の遊び場で、奥の部屋から足りない在庫を抱え品薄の棚へ並べていく。
売れ筋はやはり治癒の魔法薬で、安価な物から高価な物まで一通り揃えてあるが、どれもこれも並べる先から売れていった。
買い物客の話では、修道院で治療を受けたほうが安くて済むのだが、修道院の数と怪我人の数がかけ離れていて、何日も待たなければならないらしい。
数日前に到着した勇者の仲間である『聖女』のおかげで、どんどん待ち人が消化されているが、それでも多くの人は順番待ち状態で、多少値が張っても魔法薬で治療する人が多いようだ。
更にはカノンカの気立ての良さ、サラシャの美貌から、再来客が多く増えているのだが、それを彼女らが知る由はない。
一方ウィンはというと、店先の屋根の上に止まっているだけだ。
だが彼女が一番店の売り上げに貢献していただろう。
曰く、風を操る神鳥。
曰く、巨人をも怖気づかせる鳥の王。
戦場でその姿を見た戦士は口々にその話をばらまき、尾ひれに背びれがついて、その噂にはもはや『臆病者』の面影は残っていなかった。
その姿はウィンドバードから進化した姿である、という噂もちらほら出回っているのだが、巨人族との闘いが鮮明に残っていて、全てを上書きしていた。
一日の稼ぎが十日の稼ぎに匹敵する。それが今の王国の状態だった。
こんなことを言っては不謹慎ではあるが、ノゼリエにクロツチを始めとする経営者からは、歓喜の声しか上がらない。強いて言えば、人手が足りない、忙しすぎる、といった『嬉しい悲鳴』が上がるくらいか。
太陽と月の遊び場としても、唯でさえ大通りから離れていて、滅多に来客なんてなかったのだ。
これを期に顧客を抱えられれば、この先の儲けが期待出来るだろう。
忙しさで目を回しながら、数日が過ぎ去った。
戦争終了時のお祭り騒ぎも鳴りを潜め、王国はいつもの日常を取り戻しつつある。
武具の修繕も、治療待ちの怪我人も一段落したのか、絶え間なかった客足も落ち着きを見せていた。
「お疲れさん!もう俺達だけでも大丈夫だ。後は好きにしていいぜ」
その日の仕事を一段落させたクロツチは揚々とそう述べた。その声を聞いた手伝いの四人は階段を上り、居間で雑談を始める。
席に着くなりカノンカがネイノートに声をかけた。
「ネイ君は何か予定あるの?」
サラシャとクラストも興味深そうに少年を見つめる。
「森の家に行こうと思っている」
「え?ネイ君のお家?……大丈夫かな。まだ魔族がいるかもしれないよ?」
言ってからしまったと思い、カノンカはサラシャを見た。
サラシャもクラストも魔族だ。こんな言い方をされたら気分を害するだろう。
しかし当の二人は気にしてないと笑顔を作った。
王国に住む殆どの人は、確実にある次の脅威を認識していない。
問題の全てが解消され、後は繁栄の道を辿るのみ、と言わんばかりだ。
しかし実際は、巨人族の戦死により大幅に遅れてはいるだろうが、魔王軍が次の戦争の準備を進めていて、いずれは攻め込んでくる。
ネイノートの家があるのは、王国と魔族の住む境界にある森だ。
確かにその位置は王国に近いところにあるが、それでも危険なことに変わりはない。
魔族との戦争があった後なのだから、普通だったら近寄りもしないだろう。
だが彼は頑固なのだ。
もう決めてしまったことをひっくり返すような性格ではない。
「仕方ないから私も一緒にいくよ。一人じゃ危ないでしょう?」
カノンカはため息交じりに微笑み、ネイノートと共に立ち上がった。
準備を始める二人に制止の声がかかる。
「お待ちください」
その声はクラストの物だ。
同じく椅子から立ち上がった彼は、恭しくお辞儀をし、一つの案を呈する。
「私の仲間を呼びます。彼に乗っていけばあの場所まですぐ辿り着けるでしょう。一日お待ち頂けませんでしょうか?」
魔王軍が攻めてくるのも今日明日の話ではないし、特に急ぐことではない。
ネイノートが承諾すると、クラストは小さな詠唱を行い、遠くの者と連絡を取り始めた。




