赤狼との戦い2
ウィンは小さき頃からネイノートと一緒だ。
彼と彼の父が森に来たその日。
ウィンは生まれたばかりの雛だった。
ウィンの父と母は、森の外から来た人間に恐れをなし、幼き娘を捨て置いてどこかへ逃げてしまった。
人は恐ろしい生き物。そう聞いていた彼女は死を覚悟したが、彼らは暖かく迎え入れてくれたのだ。
それから彼女はネイノートの家族となった。
共に飯を食い、共に眠り、多くの苦楽を共にしてきた。
やがてウィンの中でネイノートは、言葉は通じずとも、種族は違えども、一番大切な存在になった。
彼がいたから今の自分がいるのだ、と彼女は何時も思う。
激闘が続いた。
ウィンの堂々とした態度と、強力な風弾に少なからず驚いたブラッドウルフは、戦闘開始直後に幾発か攻撃を受けた。
だが驕りを捨て戦闘に集中しだすと、地力の差が出てくる。
ウィンドバードが力を発揮するのは大空の中だ。
しかし現在、戦闘の舞台は森の中であり、今のウィンは木々に邪魔され、風魔法を駆使した機動力が失われている。
その点ブラッドウルフは大地をかける狼。
木々が邪魔をするが、ウィンドバードよりも力を発揮出来るだろう。
分は明らかに後者にあった。
ウィンの周りを風の刃が舞い、ブラッドウルフを切り裂く。
しかし種族としての強さの差が出て、深手を負わす程にはならない。
一方小さな緑鳥にとってブラッドウルフの攻撃はどれも脅威となる。
掠るだけで羽根が飛び、激痛が体を駆け抜ける。
いつでも吹き飛ぶほどの小さな命。
だが身体がボロボロになりながらもウィンは諦めない。
その雄姿が一人の人間の心を動かした。
カノンカは抱えていた少年を横たえ、武器を持って立ち上がる。
彼の傷は魔法薬のおかげで表面だけでも治癒され、これ以上の出血は見られない。
依然危険なことに変わりはないが、今はそれよりもやらねばならないことがある。
彼女はウィンドバードの姿を見て、一度でも心が折れた自分を恥じた。
湧き上がる闘士と共に武器を構える。
しかしやる気を出したところで勝てるわけではない。
(何か打開策を見つけ出さないと……)
カノンカは注意深くあたりを見渡す。
ホワイトウルフにネイノートが放った矢が刺さっているが、彼が撃ってもブラッドウルフには通用しなかった。
そもそも弓は壊され使いようがない。
視線はさらに移りブラッドウルフの後方に……
それを見た時カノンカに衝撃が走った。
カノンカは懸命に戦うウィンドバードと肩を並べた。
これまでの態度を鑑みるに、ネイノートを庇っているのだろう、と予想できる。
ならば今は仲間の筈。
彼女はウィンドバードが自身を攻撃して来ないことを確認して、一つ安堵する。
それからそれぞれの邪魔をしないように即席の共闘が始まった。
ウィンは風を操りブラッドウルフの体勢を崩す。
カノンカは少しでもダメージを与えようと剣を振る。
しかしブラッドウルフは強敵で、二対一であっても倒すまでには至らない。
カノンカはウィンと共闘しながらも、ある方向を目指し立ち回りを調整する。
目指すはブラッドウルフの後方。奴に殺されたであろう監視する者の死体だ。
赤狼を倒す術を探しながら観察した彼女の眼には、あるものが映った。
それは監視する者が持っていた「銃」。
彼女がネイノートの家を飛び出した時、聞こえた銃声は一つだけ。
ネイノート以外の入団希望者、監視する者は全員銃を持っていた筈だ。
ならばそこに落ちている銃に弾が残っている可能性は少なくない。
勿論気づかない所で撃っている可能性もあるし、そこに落ちている銃を使った可能性もあるが……
余裕がない彼女はその賭けに縋るしかなかった。
細心の注意を払いながらも、ブラッドウルフをウィンドバードと共に挟撃する立ち位置まで回ることが出来た。
賢き緑鳥は、途中からカノンカが何かをしようとしていることに気付き、注意を引き付けていたのだ。
その為、羽根が何本も抜け落ち、身体は傷だらけ。更には翼の片方が半分ほど先が食いちぎられていた。
既にその体は限界に達している。
次の攻撃が掠っただけでも死んでしまう程に。
それでも緑鳥は戦いをやめない。
カノンカは地面に落ちている銃を拾い上げる。
それとほぼ同時に、ウィンドバードは突風を起こした。
これは目くらまし。
ブラッドウルフの動きを少しでも止める為のものだ。
カノンカは隙だらけの背後から狙いを定め、引き金を引いた。
ドォォォン!!!
耳を劈く爆発音が鳴り響く。
目視することが不可能な速度で飛来する鉄の塊は、強靭な赤い体毛をいとも容易く貫いた。
「ギャァァァァ!」
狼の鳴き声とは思えない断末魔を上げながら吹き飛んだ赤狼は、数度体を痙攣させて動かなくなった。
カノンカは暫し気を配っていたが、本当に死んだことを確認すると、力なくその場にへたり込む。
「……かっ……た?」
もう既にウィンドバードも力尽き地面に伏している。
もはや満足に動ける者はいない。
勝負に勝ったはいいものの、ここから皆生き残れるのか疑う程に。
(ともかく彼の家まで……)
そう思い何とか立ち上がった彼女の目の前には、七色に輝く狼が立っていた。