覚醒
今、ネイノートの集中力は、これまでで最高の高まりを見せていた。
視界が広がり、遥か遠くにいる巨人の動向が手に取るように見える。
更には、背後で杖を打ち鳴らす魔法使いの姿も、はっきりと確認出来た。
まるで上空から全て見下ろしているような錯覚を覚える。
……否、錯覚ではない。
確かに彼の眼には上空からの景色が見えていた。
弓を握りしめるネイノートの近くで、ソーセインが声を上げる。
「ネイ君!?ひ、左目が!」
そこでネイノートは自身の体に起きた変化に気づいた。
左目の周辺には、緑色の翼のような模様が浮かび上がっていて、その瞳は右よりも色が深くなっている。
彼の身体に発現した異変は、まさしく『神の祝福』。
その力に強いて名を付けるならば、『視覚共有』というものが一番近いだろうか。
今、彼の左目は、大空を舞うウィンの左目と完全に同期していた。
彼女の見たものが、そのまま彼の眼にも見えている。
二人は互いを見ると、より強く繋がったことを確認し、揃って巨人を睨みつけた。
ネイノートは巨人を指さし、声をあげる。
「ウィン!行ってこい!」
ウィンは一つ鳴き、風魔法を駆使して飛翔を始めた。
その速度は森の中とは比にならない。
インペリアルホークは風を纏い、目にもとまらぬ速さで戦場を駆ける。
少年の新たな目となる為に、目指すは巨人族の下へ。
翠緑の矢となったウィンは、今まさに振り下ろさんと拳を上げた巨人の、顔のすぐ横をすり抜けた。その後大きく旋回し、巨人の周りを飛び続ける。
巨人は視界の中を何度も飛ぶ小さな鳥に対し、たかる羽虫を払うように腕を振る。だがウィンはその腕を、風に舞う木の葉のように華麗にかわし続けた。
その間、彼女の鋭い左目が捉える映像は、1000の距離を離れた城壁にいるネイノートへと伝わる。
新たな情報を手に入れたネイノートは、あるものが気になった。
それはカルテアが付けた鎧の傷。その近くにあるものだ。
鎧というものは、基本着脱する物である。
戦闘が終わり安全な場所に行けば、着用している鎧を脱ぎさるのが普通だろう。
その為鎧を外すための機構が必要となるのだが、本来であればそれは、外から見えないところに隠されて作られるものだ。
剥き出しで放置してしまえば、何かの拍子に鎧が脱げてしまう可能性が出てくる。
ネイノートが見つけたのは、その機構の一つ。魔鋼石の板をつなぎ留める、剥き出しの螺子のようなものだった。
鍛冶技術の不足からか、剥き出しであるそれは、多少の装飾で隠されてはあったが、ウィンとネイノートの観察力で看破される。
もはや彼らがやることは一つだけ。
ネイノートはソーセインが持ってきた矢ではなく、自身が背負っている矢筒から一本の矢を抜き取った。
その矢は魔鋼鉄の鏃を使った特別な物だ。
弓作成のために多量に使ったため、鏃の大きさでも数にして十五本分しか取れなかった。だがその威力は鉄の比ではない。
この矢と弓ならば、結合部を壊せるかもしれない。
そう思ったネイノートは、右目と左目の情報をもとに、暴れる回る巨人を狙う。
皆が固唾を飲んで見守る中、ネイノートの矢は放たれた。
先までの矢とは真逆の漆黒の矢は、ウィンに気を取られていた巨人の足に迫る。
風を切って飛んだそれは、一直線に剥き出しの螺子を貫いた。
ギィィン!!
戦場の音を全て飲み込むかのような金属音を放ち、高速で飛来した矢は、カルテアのつけた傷のすぐ近くにある、結合部の破壊に成功した。
レシュノア、カノンカはその音を聞き、漸くネイノートの援護が始まったことに安堵する。
しかし、ネイノートの狙撃は、援護と呼ぶには生ぬるい程激しさを増していく。
巨人の大きな目がぎょろりと足に向かう、が、時は既に遅く、また足を止めてしまったのもいけなかった。二本目の矢は二つ目の結合部を破壊した。
抑えをなくした魔鋼石の足鎧は、その自重に耐えきれず足から外れ落ちる。
相当な重量があったのだろう。落下地点の地面が陥没し、地震のような振動が起きた。
戦闘が始まってからの長い間、黒の鎧に包まれていた巨人族の右足が、漸く灰色の素肌を露わにした。