親友
ハワーズは実に強かな冒険者であった。
剣の腕は冒険者の中でも上位に入り、頭の回転も速い。国での評判も頗る良く、欠点を上げるのならば、魔法が不得意といったところだろうか。
多くの者が彼に羨望の眼差しを向けた。人が羨む者を沢山持っている人生の勝利者。彼を知る殆どの者がそう思った。
だがそんな彼にも憧れの存在がある。
弱きものを守る本当の勇者、『勇気ある者』。
絵本ではいつも彼の武勇伝が書かれ、吟遊詩人の多くが彼の冒険譚を詠う。
魔王を倒して世界を救ってくれる……邪悪な竜を倒し人々に平和をもたらした……等々。
子供の頃、誰もが憧れる存在。幼き頃のハワーズも例に漏れることなく、勇者を目指し剣を振った。
その甲斐あって念願の冒険者にもなることが出来た。
この世界にも勇者はいる。だが異世界から呼び寄せられたそれは、本物の勇者とは程遠かった。
自分より下の者を見下し、常に傲慢な態度を取る。
強さは確かだろうが、精神がそれに伴っていなかったのだ。
だからこそ彼は、自らがそれになろうと日々研鑽に明け暮れた。
昔から剣の腕を持て囃され、多くの人と係り合いを持っていた彼は、その分多くの人の闇を見ることとなる。
子供の身でありながら、妬まれ、嫌がらせを受け、何度も利用された。
闇を浴びすぎたのだろう。
いつしかハワーズは、自身が理想に掲げる者とは真逆の、『ただの冒険者』になっていた。
依頼は常に高報酬、貴族の眼につくようなものを選び、自身の立場を保身するような行動が多くなる。
新人冒険者を見下し、傲慢な態度をとることも多くなった。
ギルドマスターに気に入られて増長していた、というのも否定は出来ない。
それは冒険者として、間違いではないのかもしれない。
だがハワーズが目指した物とは違っていた。
あるとき彼が依頼を受けた時、同僚の冒険者と共になる機会があった。
“ロンダニア・ガノーシュ”。
剣の腕はあまりよくない。ハワーズより数段劣るだろう。
駆け出し冒険者には慕われていたが、貴族より平民を優先する彼の行動は、貴族の反感を多く買うこととなる。
ハワーズは当時彼の事を、なんて馬鹿な奴だ、と心の中で罵っていた。
そんな事をしても出世は出来ない。自分より下の者を、身を挺して庇うなんて馬鹿げている。怪我したその先の稼ぎはどうするのだ。
彼の思うことは概ね正しい。
人は生きるために稼ぎ食わねばならない。自分が食うに困る状況になってまで、他者を助けるような『聖人』など、そうはいないだろう。
ハワーズが、その姿こそ自分の求める『勇者』の正しい姿なのだ、と気づいたのは、ずっとずっと後の話だった。
僕の体は勝手に動いていた。
順調だった作戦を台無しにする、いびつな歯車。
火竜討伐の時の、貴族の少年を思い出す。己の力量も弁えず、他者の迷惑を考えず、自分の利益の為だけに行動する冒険者。
僕の計算高い心は、こんなやつ捨て置け、といってくる。
でも僕の足は止まらない。
迫る巨人の足がぶつかる前に、僕は思いっきり彼に体当たりをした。
乱暴に飛ばされた彼は、強かに地面に叩きつけられる。
僕がそれを確認すると同時に、恐ろしい激痛と共に視界が暗転、強烈な浮遊感を感じた。
次に見た光景は雲一つない青空。体が回転すると今度は、共に戦った仲間の姿が見える。
まるで鳥になったみたい、なんて、緊張感のないことを思っていた。
次第に体の感覚も薄れていき、夢の中を揺蕩うような心地よさも覚える。
そんな夢のような時間も一瞬。
やがて高度が下がり、踏み固まった硬い大地に叩きつけられる頃には、僕の体は何も感じなくなっていた。
落下の勢いのまま、身体が転がり視界が二転三転する。
鎧に付与された耐物理魔法障壁が守ってくれたのか、手足がちぎれ跳んでいる、なんてことはなかった。
口から何かが出ていることに気付き、涎か何かだろうか、と辛うじて動く腕で拭う。
折れた骨が内臓に刺さっていたのだろう。腕は真っ赤に染まり、更に口から血が溢れる。
突然湧き上がる焦燥感と恐怖。冷静な部分の僕が呟く。
(ああ……僕は死ぬのか……)
僕は漸く、自分の体に起きた事を悟った。
もう幾何も無いのだろう。耐えがたい眠気が襲ってくる。
身を任せ目を瞑れば、二度と覚めないのだろう。
(それも……いいか……)
僕の頭はこれまでの事を一生懸命思い出していた。
我ながらいい人生だったと思う。
慕ってくれる人は大勢いたし、目上の人らにも認めてもらった。
貴族には敵わないが、豪華な家も買ったし、人が羨む物も沢山買った。
綺麗な彼女も出来たけど……結局最後まで独り身だったことが、残念といえば残念だったかな。
……父さんと母さんは泣いてくれるだろうか……いつもがみがみ煩かったからなぁ。
薄れ行く意識の中で、懐かしい弟の声が聞こえる。
(……兄さん。お疲れ様)
(ちょっとまてよ。もう少しでそっちに行くから……)
仰向けの視界には澄み渡る青い空。ここが戦場だなんて嘘のようだ。
最後の景色を楽しみながら、僕はゆっくりと瞼を閉じる。
唐突に体を揺さぶられ、何とか目を開ける。
かすむ視界に見慣れた顔が映った。
ぼろぼろと涙を流し、僕の顔を覗き込んでいる。
口は忙しなく動いているが、その声は僕の耳に届かない。
でも辛うじて、口の動きから何を言っているのか、なんとなくわかった。
僕は弟に、もう少し待ってくれるよう頼み、口を開く。
これが……『親友』と語る最後の会話だ。




