進化した弓の力
前線に幾つかの魔法使い部隊が配置されているが、戦場は乱戦に次ぐ乱戦。
魔法最大の利点である範囲攻撃を放つことが出来ないこの状況で、大部分の魔法使いは城壁の上に待機していた。
杖を持ち立ち並ぶ魔法使いの中、ネイノートは一人、弓を持って戦場を見つめる。
戦場は現在、城門より約1500の距離離れたところにあった。
銃兵団は少し前の方に配置されているようで、時折破裂音は聞こえるが、城壁にいる魔法使いは射程が届かず、いまだ待機状態にある。
その理由の一つに、敵の軍団の目的がまだ判明していない、という点が挙げられる。
敵軍の目的が『国王の殺害』ならば、前線で戦う兵を素通りし、城壁の近くまで抜けてくる可能性もあった。
だから魔法使いを城壁の上に待機させ、守りを固めていたのだが、敵軍の目的が『人間の殲滅』であるならば、逆に前線で戦う兵士が危険となる。
だがこの時、魔王軍の動作は何方付かずで、前線を素通りする兵もいれば、人間を執拗に狙う兵もいて、王国軍は判断がつかずにいた。
ネイノートは一本の鉄の矢を矢筒から取り出し、ゆっくりと魔鋼鉄の弓に番える。
「……?おい、あんた。今から構えてたら敵が来る頃には疲れちまうぜ?」
彼のすぐ隣にいる魔法使いが声をかけた。
それは単純な気づかい。だがネイノートには関係のない言葉でもあった。
黙ったままネイノートは弦を引くと、軋む音を立てながらばねが徐々に伸びていく。
矢を最大まで引いた彼は、息を一瞬止め、矢を放った。
放たれた矢は螺旋の回転をしながら、一直線に戦場目掛けて大空を翔る。
その速度は、銃にこそ及ばなくとも、弓が放つ矢の速度ではない。
目標までを一直線に駆ける一矢は、隊列を成す兵士の目に留まらない。
それを認識しているのは、良くて彼の周囲にいる魔法使い数名だろう。
数秒を置いて、彼の矢は王国兵に迫るオーガの喉に突き刺さった。
「め……命中!?オーガの喉に刺さったぞ!!」
望遠鏡で戦地を観察していた兵士が声を上げた。
その報告を受け、辺りにどよめきが広がる。
「おいおい、冗談だろ?……ここからあそこまでどれだけあると思ってるんだ!1000か?2000か?」
無視するには大きすぎるそれを、気にかける余裕は今のネイノートにない。
彼は続けて矢を一本、深呼吸しながら番えた。
本来、矢の飛ぶ速度は銃のそれに遠く及ばない。一つ数える間に50の距離飛ぶ程度だ。
単純ではあるが、1500先まで飛ぶのに三十も数えられる程時間がかかる。
こんなものは乱戦下で使い物にならない。仮に届いたとしても、三十も数えれば標的は当然その場にいないだろうし、味方にあたる可能性も増すだろう。
だが彼は……いや、彼らはそれを可能にしたのだ。
まずはクロツチが作った弓と矢。
元の射程を十倍にまで引き上げたその弓は、当然矢が飛ぶ速度も飛躍的に向上させる。
更に弓だけに飽き足らず、彼らは矢にも改良を加えた。
ネイノートが先程放った矢は、真っすぐな形状ではなく真ん中が少し太くなっている矢だ。
ロンダニアの作った不出来な矢によって発覚したそれは、空気抵抗を効率よく推進力に変える効果を持つ。
そして……
ネイノートの側で空を舞うウィンが一つ鳴いた。
最後の仕上げと、彼女はネイノートの構える矢の先に、風の道を作る。
この道のおかげで、矢は横からの風を受けることなく進み、ぶれることなく標的まで飛行する。
これらの力を借りて、ネイノートの矢は従来の五倍から六倍、その速度を上げていた。
しかし、それでもネイノートは気を抜けない。
矢が弓から離れ、仮に1の距離飛ぶ間に横に100分の1(1cm)でもずれてしまえば、1500の距離に到達する時には、横に15の距離ずれてしまう。
故にこれ程の長距離射撃には、文字通り針の穴を通す狙撃力を要する。
またそれに加え、矢が標的に到達するまでの数秒間を予測しなければならない。
少しでも危険がありそうな選択肢を排除し、確実に有益なものを選ぶ。
敵味方の動作を正確に察知し、その数秒先を予測。それからの寸分たがわぬ精密射撃。それらの工程を熟す彼の集中力は今、人外の域に達しつつあった。
彼が再び放った矢は、数秒後にゴブリンへと突き刺さる。
的中の声を上げる兵士の言葉を聞き、周囲からは歓声が上がった。
歓声の中、一息ついたネイノートの耳は、背後から聞きなれた声を捉えた。
「ネイ君!」
ネイノートは振り返ると、大量の矢を抱えたソーセインを確認する。
少年は魔法使いの隊をかき分け、抱えた矢をネイノートの傍に置いた。
「ありがとう、ソーセイン」
「どういたしまして!僕は商人だからこんなことくらいしかできませんが、矢の心配はしないで頑張ってくださいね!」
花の咲くような笑顔を振りまき、再び城壁から降りていく。
その一連の様子を見ていた周りの魔法使いは、苦笑いをして声を上げた。
「頑張れよ!ちっこいの!」
「撃って撃って撃ちまくれ!」
望遠鏡で覗く兵士が的中を通達する度に、歓声が上がりネイノートの気力を上げる。
しかし、一本の矢で倒せるのは一体が限度。運が良ければ二体倒せるかもしれないが、狙って出来るのならばそれこそ人外といえよう。
戦場から絶え間なく情報を仕入れるネイノートだからこそ、助からぬ命も見えてしまう。
それが同時に起こってしまえば、その内の一つしか救えない。
周囲の魔法使いはそのことを責めはしないだろう。
魔法の力では救えない命を、ネイノートは今まさに救っているのだから当然だ。
だがネイノートはそれを良しとしない。
悔しさに歯を噛み締めながら、彼は延々と矢を打ち続ける。




