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臆病者の弓使い  作者: 菅原
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三日目 家族

 買い物より翌日の昼前。

太陽と月の遊び場に、珍しい来客が現れた。

人間時のクラストと似たような恰好の、壮年の男。

その身だしなみ、仕草から、貴族の執事あたりと思われる。

「お早うございます。こちらにネイノート・フェルライト様がいらっしゃると聞いてきたのですが……」

彼は店番をしていたノゼリエにそう尋ねた。

彼女は二階に上がり、自室でくつろいでいたネイノートに声をかける。


 階段を下りて来た少年を、執事は丹念に観察する。

緑の髪に緑の瞳。背に背負っているのは弓で、身長は小さく線は細い。

時間をかけながらも、自らが知っている情報と少しづつすり合わせ、納得すると漸く一礼し声を上げる。

「お早うございます。ネイノート・フェルライト様でございますか?」

巷では臆病者で通っているネイノートに、ここまで礼儀正しくする人も稀である。

ネイノートは逆に彼を警戒することになってしまった。

「……誰だ?」

貴族の知り合いなんて多くはない。失礼な物言いだが、CかFのどちらかだろう。

 緑の少年が、ネイノート本人であることを確認した執事は、改めて、深くお辞儀をした。

数秒置き姿勢を戻した彼の言葉に、ネイノートは無表情を崩すことになる。

「私は、貴方様のお母様。“アクエア・E・ユメルホルト”様の家の者です」

ネイノートはノゼリエと共に絶句した。



 ネイノートは今、富裕区に来ていた。

突然現れた母親の家の使いという男と一緒だ。

少年は彼の事を最初から信用したわけではない。

だが、ネイノートが父から聞いた母の事と、使いの男が知っていた情報が合致したので、ならば出向いてその真偽を確かめよう、と思い至ったのだ。

 乗っていた馬車が止まり、執事が戸を開ける。

馬が引いていた豪華な籠から降りたネイノートは、目の前にある建物を見て、開いた口が塞がらなかった。

 少年にとっては、太陽と月の遊び場も相当大きな家だった。

しかし眼前にある屋敷の大きなことといったらない。

あの火竜よりも大きな屋敷に見える。

ネイノートの家の何倍あるか……やめておこう。

 執事は、ついてきてください、とネイノートに伝えると、屋敷へと歩き出す。

立派な木々が綺麗に立ち並ぶ広大な庭を通り、大きな扉の前に向かう。

扉の両脇には、道に沿ってひらひらした服を着た女が並んでいた。

一斉に頭を下げ、その間を執事の後に続いて歩く。

 余りにもこれまでと世界が違いすぎて、ネイノートは脳の処理が追い付かない。

気付けば、これまた豪華な一室の椅子に座り、屋敷の主が来るのを待っていた。


 暫くして、戸が開いて一人の男が入ってくる。

体格は大きいが、筋肉質といった感じではない。

青色の癖のある髪を後ろで束ねていて、当たり前だが来ている服はとても高価そうだ。

彼は、ネイノートの正面にある長椅子の前に立つと、口を開く。

「君が、ネイノート君だね?」

 見た目に反して少し高い声に、ネイノートは意表を突かれた。

流石に笑いはしない物の、これまでの緊張が嘘のようにほぐれていく。

青髪の男に肯定の意を伝えると、彼は悠々と椅子に座った。

「私は君の母親、アクエア・E・ユメルホルトの父、“アーガン・E・ユメルホルト”という。君の祖父にあたる者だよ」

 祖父と名乗ったアーガンは、ネイノートに手を差し伸べた。握手ということだろう。

ネイノートも手を差し伸べると優しく包まれる。

彼の手が両手になると、感極まった声で語りかけた。

「これまで大変な思いをしてきただろう。でももう大丈夫だ。これからこの家が君の家だよ。弓の件も私に任せなさい。なんとかしてみせよう」

アーガンの言葉を聞き、ネイノートは驚いた。


 アーガンはこれまでのことを説明する。

彼が初めてネイノートの存在に気づいたのは、火竜討伐隊が帰還した時。

B級冒険者のハワーズと顔を合わせる機会があり、その時彼が言っていたのだ。

ガルハンド・フェルライトの息子を名乗る少年がいると……。

 ガルハンド・フェルライト。

その名はかつて、王国の誇る弓兵団、その隊長だった男の名で、一時期は英雄とも呼ばれたこともある。

そんな彼はアーガンの娘、アクエアとの間に子を成す。

だがアクエアは、ネイノートを産む時、不運にも命を落としてしまった。

それから戦争を経て、ガルハンドは幼きネイノートを連れて、森に引き籠ったのだ。

 アーガンは調べれば調べる程、心の中が悲しみで埋まる。

あの時、彼は日和ひよった。他の貴族がガルハンドを叩いた時、手を差し伸べることをせず傍観してしまった。

それ故に、愛しの娘が愛した夫と子供に、とても辛い思いをさせてしまった。

 父を幼き頃に無くし、弓兵団の名誉を回復するべく奮闘する少年。

会ってみれば、確かに娘の面影がある。

彼はそう感じ、ネイノートを引き取ることに決めたのだ。


 説明を受けたネイノートは、しかし納得出来る筈が無い。

顔も知らない母をないがしろにしているわけではないが、これまで父の為に頑張ってきたのだ。

それなのに、今更助けてくれるというその話を、はいそうですか、と頷くわけにはいかない。

 そもそもアーガンは勘違いをしている。

ネイノートは、弓兵団の名誉を回復したいのではない。

ガルハンド・フェルライトの名誉を回復したいのだ。そのための弓の復権なのだ。

これまで自分の力で頑張ってきて、今更人の力を借りて事を成す気はさらさら無かった。

 なにより他の仲間にも迷惑がかかるだろう。

彼等なら恐らく喜んでくれるだろうが、それはネイノートの心が許さない。

確固たる決意の下、ネイノートはアーガンに伝えた。

「ありがたい申し出だが、断らせて貰いたい。住むところも困っていないし、仲間もいる」

「……そうかい。ははっ、君ならそういうと思ってたよ。君の父さんもきっとそう言うだろう」

 明らかに気落ちした様子をみて、ネイノートは少し心を痛める。

だがその様子も一瞬で、アーガンは近くに立つ給仕に声をかけた。

給仕は部屋から出ていき、戸が閉まると同時に、アーガンは次にネイノートに声をかける。

「娘が大事にしていた物があるんだ。ぜひ君に受け取って貰いたい」

 暫くして給仕は、一つの箱を手にして戻ってきた。

受け取ったアーガンはその箱を机に置き、蓋を開く。

箱の中には緑色の、小さく綺麗な羽の首飾りが入っていた。

「生まれてくる子の為に……といって娘が生前作った『風羽根の首飾り』だ。君の今の姿にピッタリだと思う。どうか貰ってやって欲しい」

 最初は遠慮していたネイノートだが、どうしても、と頼まれ、その首飾りを手に取る。

そのまま首にかけると、室内を照らす魔法光を浴びて、まるで嬉しそうに光った。

ネイノートは不思議と懐かしい感覚に捉われ、思わず首飾りを握り締める。

 

 少年は目を閉じて、幼き日の父との会話を思い出していた。

「いつか……母さんと母さんの父さんにあった時は……」

ネイノートは立ち上がると、笑ってアーガンに声をかける。

「ありがとう、じいちゃん」

その言葉を聞いたアーガンは、目から涙を流し笑顔を作った。


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