一日目 ギルドマスターの説得
現在、ネイノート達は王国に戻ってきていた。
魔法人形の体は、貴重な『魔鉱石』という鉱石で出来ていて、東の山の向こう側にしかないという。
なので可能な限り持ち帰り、クロツチの下へ届けた。
運搬にはソーセインが尽力してくれた。
ネイ君の為です、と胸を叩いた彼の姿を、ネイノートは忘れないだろう。
ネイノートは、自分に分配された『魔鉱石』をクロツチに渡して、新たな弓の作成を頼んだ。
鉱石を持って工房に入った彼は、暫くすると部屋から出てきてネイノートに愚痴る。
「あの鉱石は実に厄介だな。鍛冶師だけではどうしようもない。ノゼリエがいてくれて助かったぜ。凄い奴を作ってやるから、もう少し待っててくれや」
クロツチは笑いながらネイノートの肩を叩いくと、再び工房に入っていった。
サラシャとクラストは暫し、太陽と月の遊び場に居を構えることになった。
ノゼリエがカノンカの部屋へ、クロツチがネイノートの部屋へ入り、ノゼリエの部屋をサラシャが、クロツチの部屋をクラストが使用している。
彼女らが何処へ泊るか、という話が出た時、サラシャは当たり前のようにネイノートの部屋を望んだ。
勿論カノンカとノゼリエは止めに入るが、クロツチは面白そうに囃し立てる。
「あら、ウィンさんが魔物の姿でネイノートさんと一緒にいるのなら、私たちも魔物の姿であれば問題ないのでは?ウィンさんも女性ですし……」
彼女のその言葉に猛反発したのはカノンカだ。
両者の主張を聞き、ノゼリエ、クロツチと相談した結果、折衷案として現状に落ち着いたのだった。
翌日朝食後、一同は居間に集まっていた。
席数はいつもの数より二つ多い。
皆が揃っていることを確認すると、ネイノートは椅子から立ち上がる。
「サラシャの要望を通す為には、ギルドマスターに話を付けるのが一番現実的だと思う」
その言葉にカノンカ、クロツチが頷いた。
グランドは貴族名を持っている。
ネイノートが声をかけられる唯一の貴族だろう。
……彼にはもう一人、傲慢な態度を取る貴族が思いだされた。
彼、“レシュノア・C・カエンスヴェル”のほうが、グランドよりも貴族としては格が上である。
ましてや貴族名の“C”とは、上級貴族の証だ。
話が通じれば一番すんなり事が運ぶだろう。
だが彼とは会っても話にならない。
それどころか魔族である彼女らを合わせては、何をしてくるか分かった物ではない。
悪戯に状況が悪化する未来しか見えなかった。
ネイノートはそう考え、頭の端に浮かんだ彼の名と顔を振り払う。
少年の提案を受け、サラシャは小さな手を顎に当てて唸った。
「そのギルドマスター様が、この国の王に合わせてくださるのですか?」
カノンカがサラシャに、グランドの人物像を伝える。
それに加え王国の貴族制度についても少し話をした。
「成程、貴族様ですか……」
「ただ、ギルドマスターの貴族名は“F”だ。貴族の中で特別立場が高いわけじゃあないから、直ぐにとはいかないだろうよ」
クロツチの言葉に、納得した、と二人は頷く。
その日の午後、風の翼はサラシャ、クラストを連れて、冒険者ギルドに来ていた。
カウンターに立つ職員に話を付けると、何度目かになる二階にある一室に通される。
ネイノートは戸を叩き、グランドの返事を聞くと戸を開けた。
もはや嗅ぎ慣れた甘い匂いを感じながら、椅子に座るグランドの前に立つ。
「おぉ、風の翼の。今日はどういった要件だ?なにやら火急の用らしいが……」
彼の言葉を遮るように、サラシャが一つ前に歩み出る。
見知らぬ少女の登場に息をのむ音が聞こえた。
サラシャは上品にスカートの裾を持ち上げ、会釈をすると口を開く。
「お初にお目にかかります。私は“サラシャ・ユーフォリー・ゴゾーディオ”と申します。こちらは私の付き人“クラスト”です。今回は私共の我儘を御聞き頂きたく参りました」
「これはご丁寧に。冒険者ギルドのマスターをしている、“グランド・F・バロッセア”だ。貴族名でない処を見ると、他国からの旅行者……ですかな?私に出来る事なら力になりましょう」
サラシャの挨拶に返すように、椅子から立ち上がったグランドは上品に頭を下げた。
彼には似合わない仕草だったが、ネイノート達に笑っている余裕はない。
ただ黙って二人の会話に聞き耳を立てる。
「そんなところです。では早速ですが、グランド・F・バロッセア様。単刀直入に申し上げます。この国の王にお口入れして頂けませんか?」
その言葉にグランドは、目を見開き驚く。
王への謁見。
それは王国内でも、C以上の上級貴族に許される行為だ。
勿論話の内容によってはその限りではないだろうが、ここ数年でD以下の貴族が謁見出来た事は無い。
ましてや、相手は旅行者だ。
到底無理な話だろう。
「……要件を……お聞きしても?」
グランドの顔が若干険しくなる。
(ネイノートめ、また厄介事を持ってきたか……)
彼はサラシャの背後で立つ、緑の少年をじろりと睨んだ。
狼狽えるグランドとは打って変わって、サラシャは毅然とした態度で口を開く。
「近々、魔族からの侵攻があります」
その言葉に彼は目を見開き、少し蹌踉けてしまうほどの衝撃を受けた。
「なんだと!?……っ、失礼、それは……本当の事なのか?」
魔王が倒れて以来、魔族も魔物も鳴りを潜めている。
両者がいなくなった、というわけではないが、それでも戦争当時より遥かに少ない。
グランドもまだ三十を超えたばかり。
当時の記憶はまだまだ新しい。
サラシャとクラストが視線を合わせると、彼は風の翼に見せた時と同様に、クリスタルウルフへと姿を変えた。
「……!クリスタルウルフだと!?」
グランドは驚愕の声を上げるも、咄嗟に腰の武器を握り、眼前の狼に切りかかる。
ギイィィン!
両者の間に入り、剣を受けとめたのはネイノートだ。
クラストは全く動く気配は無く、振り下ろされる剣をただじっと見ていた。
弓で剣を受けとめたことに驚きつつ、グランドは声を荒げる。
「ネイノート!?なぜ庇う!」
「ギルドマスター!話を聞いてください!」
カノンカの叫びに、ある程度の冷静さを取り戻した彼は、警戒を解かずに剣を収めた。
グランドは忌々しそうに、静かに佇むクリスタルウルフに語り掛けた。
「ピクリとも動かないのだな。私の剣は避けるに値しないというわけか?」
「……もとから避ける気など無い。我らは争いにでは無く、話し合いに来たのだからな」
やはりクラストも毅然とした態度を貫く。
当たり前に会話が出来ることに、グランドの思考が固まった。
精々頷かれるくらいだと思っていたのだ。
グランドはかつて、ネイノートとカノンカが言っていた、人語を操るクリスタルウルフの話を思い出していた。
(まさか……本当だったとはな……)
実物を見ては、納得せざるを得ない。
それから彼は人が変わったかのように物分かりが良くなる。
サラシャは全てを話す。
話の最中、驚きながらもグランドは最後まで黙って話を聞いていた。
全てを聞いた彼は暫く考えを反芻し、やがて結論を出す。
「分かった。国王様に話してみよう。緊急事態といえば何とかなるかもしれん。そして……ネイノート、カノンカあの時は信じてやれなくて済まなかったな」
「えらく物分かりがいいんだな」
直ぐに納得してくれて助かったが、ネイノートとしては、余りにもすんなり行き過ぎている気がして、気持ち悪い、というのが本心だ。
ロンダニアはあれだけ取り乱したというのに、なんと静かなこと。
これが器の違いという物だろうか。
グランドは混乱している頭を正すように、数度頭を振るとネイノートに向き直る。
「ネイノート達は信じているのだろう?彼女らを。ならば今度こそ……私も信じるさ」
彼は笑顔を作ると、職員を呼び出し、直ぐに王城への伝令を走らせた。




