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臆病者の弓使い  作者: 菅原
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魔族の真実2

 夜風が出てきた為、一同は荷物に入っていた、グランド一押しのココアを用意することにした。

甘い匂いが辺りに漂い、張り詰めた空気も幾らか緩む。

「ど……どうぞ……」

おっかなびっくりといった感じに、カノンカはサラシャとクラストにカップを渡した。

「ありがとうございます」

「これはこれは、申し訳ありません」

彼女らはこの飲み物を飲んだことが無いらしく、最初は驚いていたが、次第に口を付ける頻度が上がっていく。

暫し皆でココアを楽しむ。



 一頻ひとしきりココアを楽しんだ彼女は再び口を開いた。

「私たち魔族には、魔物の血が流れています。この血は私達を魔物にしようと、精神を蝕んでくるのです。血に負けた魔族は、魔物の力が暴走してしまい、本能のままに生きる正真正銘の魔物となってしまいます。ネイノートさんとカノンカさんが以前戦ったブラッドウルフ。あの者もその一人です」

 サラシャはまるで見てきたかのように話した。

カノンカは当時を思い出すと、確かにあの時、クリスタルウルフはブラッドウルフを、『同類』と呼び『魔物の血に負けた』といっていたことに気付く。

その事を皆に話したところ、静観していたクラストが口を開いた。

「ほほう。憶えていてくれたのか。少しでも記憶に残っていることを嬉しく思うぞ」

ここにきて彼女は漸く気付く。

クラストの声は、クリスタルウルフの声とまさに同じだったのだ。

 サラシャは今こそその時と思い、付き人の名前を呼ぶ。

頷いた老人は、失礼、と一言断りその姿を変えた。


 華奢な老人の体が狼の体に変化する。

服が半透明の体毛になり、体が膨らみ、人の顔から狼の顔に変わる様は何と面妖なことか。

その場にいる人間は、ただ黙ってその様子を見ることしか出来なかった。

「……クリスタル……ウルフ……」

考えが追い付かない頭で、反射的にロンダニアはその名前を呟いた。

やがてクラストがいた場所には、かつて、ネイノート達がブラッドウルフから受けた傷を癒してくれた、伝説の魔獣クリスタルウルフが座っていた。

あの時と同じく、半透明の体毛が月の光を浴びて、七色に輝く。


 皆がその姿に目を奪われたことを確認して、サラシャは更に続ける。

「魔物が進化することは知っていますよね?魔族も進化をするのですが、その原因は魔物のそれとは性質が異なります。魔物の場合は相手の魔力を奪い、多くの魔力を蓄積することで、その魔力にあった入れ物に進化するのですが……」

 ゴブリンが他者の魔力を奪い、『ゴブリン』の器に入りきらない魔力を手に入れた時、身体がその魔力にあった器、『ホブゴブリン』へと形を変える。

それが魔物が進化する原理だと彼女は言った。

「ところが私たちの進化は、魔物の血を克服することで起こります。例えばそこにいるインペリアルホーク。彼女も魔族ですからそうして進化した筈です」

 ウィンドバードは『臆病者』である。

これは誰もが認める事実だ。

だがこの臆病者が魔物の血のせいなのだとサラシャは言った。

つまりウィンは、自らの意思で臆病者を克服した為、進化することが出来たのだ、と。

「人間である貴方方には分かり難いかもしれません。ですが魔族にとって、ウィンドバードが臆病者を克服するということは、肉食動物が肉食を絶つのとほぼ同意なのです。他の物を食べれらるようになれば別種に進化をし、なれなければそのまま死ぬだけ。そうして進化を繰り返し、完全に魔物の血を支配出来た時、私達は本当の姿に戻れるのです」

例え話を交えながら長い説明を終えた彼女は、ココアを口に運び一息つく。



 暫しの静寂の後、カノンカが小さな声で呟いた。

「本当の姿?」

サラシャは声に反応し、カノンカをまっすぐ見つめる。

「はい、この姿……人間の姿にです」

ここまで来て、ネイノートは膨大な量のパズルのピースが、一つはまる快感を覚えた。

 先の大戦の魔王軍は、魔物とそれを従える魔族の軍だったのではなく、進化した魔族と進化していない魔族の軍だったのだ。

 これまでにサラシャの話した物語を信じるのならば、本来魔族と人間の共通の敵が魔物であり、魔族と人間は仲間ということになる。


 皆が息をのみ、静まり返った中その声は響いた。

「嘘だ……そんなことは出鱈目だ!」

我慢できずに声を上げたのはやはりロンダニアだ。

これまで培ってきた、自分の常識が崩れていくのを黙って見ていられなかったのだろう。

彼にとってはどれも荒唐無稽な御伽噺であり、虚言の域を出ない。

「魔族の言うことなど信じられるか!」

彼は立ち上がるとサラシャを指さし声を張り上げる。

その様子を見る彼女は、今にも泣きそうな顔をしていた。

 見かねてネイノートはロンダニアの説得にかかる。

「こいつらには嘘をつく理由がないだろ」

「虚言甘言を並べて、王国を混乱に陥れる気に決まっている!」

「だからそんなことをする意味がないんだよ」

グランドがクリスタルウルフの名を聞いた時の慌て様。

それに加え、火竜の評価、そして先程の黒衣の剣士。

それらが全てを物語っている。

「クリスタルウルフ、火竜、それにさっきの剣士もきっと魔族だ。あいつらが束になってかかってきたら、王国はそれらを打倒できるのか?」

ロンダニアは口を閉ざす。

 答えは勿論否だ。

火竜のブレスで王国は滅亡の危機だという。

その上クリスタルウルフなんかが襲ってきたら一溜まりも無いだろう。

「こいつらには策を弄する必要が無い。そのまま滅ぼすことが出来るんだからな。今もこの場で大人しくしているところを見ると、これまでの話も意外と真実かもしれないな」

ロンダニアは悔しそうに、目の前で大人しく座るクリスタルウルフを見ると、すまなかった、と呟き座った。



 静寂の再来。

次に声を上げたのはサラシャだ。

「やっぱり、ネイノートさんを選んでよかった……」

彼女はそう呟くと立ち上がり、ゆっくりと頭を下げた。

「ネイノートさん、お願いがあります。私たちを貴方達の王に合わせて頂けませんか?」

魔族の立場に奢らず、彼女は頭を下げる。

その真摯な態度にロンダニアは心が揺らいだ。

ネイノートもまた頷きたい衝動にかられたが、余りの難題に躊躇ちゅうちょせざるを得ない。

 ネイノートは王国での評価はあまり良くない。

オークの討伐、冒険者の救出、火竜討伐隊護衛任務……彼にとって有益な噂は色々流れたが、それでもまだ総じてゼロより下だろう。

そして貴族へのコネもなければ、王への謁見など出来る立場でも無い。

ここで頷くことは安請け合いに他ならない。


 彼は誤魔化すように疑問をぶつける。

「二つ聞きたい。さっきの言葉……何故俺を選んだのか。そして何故王に会いたいのか」

下げたままだった頭を上げ、サラシャは詰まることなく答えた。

「ネイノートさんを選んだ理由は、魔族と行動を共にしていたからです。唯王国で暮らすものならば、先程の方のように取り乱すだけでしょう」

彼女の視線はウィン、ネイノート、次いで小さくなったロンダニアに向かう。

続けてクリスタルウルフのクラストが口を開いた。

「我が同類が暴走した時、身を挺してまで気絶していた少年を助けようとするウィンドバードがいた。ウィンドバードがそんな行動をすることはありえない」

そこから、進化の可能性のある魔族であることが判り、魔族であるウィンと、人間であるネイノートが、お互いの橋渡しになるのでは、と考えたのだという。


 理解した旨を伝えると、サラシャはこれまで以上に深刻な顔を作った。

「次に私たちが国王様に謁見したい理由ですが……近々、戦争が起こります」

 サラシャのその言葉に、皆が驚愕し息をのんだ。


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