力の差
ネイノートは首筋にとても嫌な気配を感じて、咄嗟に持っていたシェルクラブの弓を手放し、背中の火竜の弓を掴んで体の前にかざした。
ギィィン!
金属音が鳴り響き、運よく首に迫る凶刃を受けとめる。
「ちっ、火竜の武器かよ」
気付けば息がかかる程近くに黒衣の剣士が迫ってきていた。
剣を止めたのが弓だというのに、まるで知っていたかの如く彼は驚かない。
ネイノートの剣を受けとめた音を聞き、かかっていた金縛りが解けたように、カノンカ、ロンダニア、ウィンの体が動き出す。
初撃はロンダニアだ。
鍔迫り合いをするような形で、動きの止まっていた黒衣の剣士目掛けて、ロンダニアは矢を放つ。
だが黒衣の剣士は見る事すらせず、後ろに飛びのいた。
それを予測していたかのように、カノンカは彼を追い駆け、魔力が十分に満ちた魔法剣で薙ぎ払う。
キィン!
二度目の金属音が響く。
オークの皮膚を引き裂いた魔法剣よりも、強力な切れ味になっている筈の彼女の剣は、彼の真っ黒な剣でいとも容易く止められた。
「嘘!?」
カノンカは思わず叫ぶ。
受け止めた剣諸共断ち切るつもりだったのだ。
彼女は動揺を隠せず、その動揺が更なる隙を生む。
その隙を黒衣の剣士が見逃す筈が無かった。
「ははっ!切れると思ったのか!?」
彼はカノンカの剣を受け流し、流れるように彼女に斬りかかる。
そのあまりの剣さばきに、彼女の体は反応できない。
突如、黒衣の剣士は剣を止め、直ぐに飛び退いた。
カノンカの周囲で風が巻きあがる。
徐々に勢いを増す竜巻は、彼女の周囲にいる者を切り裂く風の刃だ。
ウィンの強力な風魔法である。
「ちぃっ!厄介な力を……!」
追い詰めながら寸で躱すネイノート達に苛立ち、黒衣の剣士の言葉に怒気が込められる。
ほんの少しのやり取りだったが、風の翼は、黒衣の剣士の動きに全く反応出来ていない。
険しい表情から、油断や驕りといった物も伺えず、苦戦は必至だろう。
カノンカは身を翻し、一度皆、一か所に集まり体勢を立て直す。
恐ろしいほど腕が立つ、などという話ではない。
単独で戦えば、到底太刀打ち出来ない程には力の差がある。
ネイノート達が三人と一羽なのに対して、黒衣の剣士はたった一人。
だというのに戦いにすらならず、命を守るので精一杯なのが現状だ。
風の翼のメンバーは皆、火竜以上の恐怖を感じていた。
眼前で剣を構える彼は、目で捕らえられない程の速さで駆け、意表を突いた矢を躱し、魔力を帯びた斬撃を剣で受け止める強さを持つ癖に、驚くほど用心深い。
更にはなまじ体が小さいため、火竜のように皆で集中攻撃というのも難しい。
ネイノートの頭は、目の前の脅威にどう立ち向かうか、それだけを考えていた。
苛立つ黒衣の剣士は情緒不安定といった感じで、再び一人でぶつぶつと呟き始める。
今が攻め時とネイノートが矢を引き絞り、彼に狙いを定めた時、黒衣の剣士は突然ぴたりと呟きをやめ、ネイノートを見て表情を無くした。
「……面倒だ。後のことは後で考えるとしよう」
言葉と共に黒衣の剣士は地面を蹴る。
その瞬間を狙ってネイノートは矢を放った。
地面から足が離れていては、鳥でもない限り急な方向転換は出来ないだろう。
良くて身を捩るくらいだ。
しかし彼の今までの動きを見るに、急所を外すことはやってのけるかもしれない。
剣で振り払われる可能性だってある。
最悪、完全に避けられるかもしれない。
だがそこには少なからず隙ができる筈だ。
(攻撃の手はあと三手ある。その内に決着をつける!)
一筋の希望を見つけ、皆の口元が緩む。
だが……次に黒衣の剣士がとった行動で、意気込む風の翼はその手を止めることになった。
矢が当たる、と思われた時。
なんと彼は剣を持たない左手で、飛来する矢を掴んだのだ。
隙を突こうと身を乗り出していたカノンカとロンダニアは驚愕する。
これでは体勢もさほど崩れないし、右手にも振る準備ができている剣が残っている。
体勢は万端。
それに何より、飛行する矢を手で掴むなど人間業ではない。
剣で切り落とすならまだ分かるが、火竜の弓で放たれる矢は、手で掴めば皮は剥がれ、衝撃で骨が折れる可能性だってある。
仮にその可能性を考慮しなくても、彼我の距離は極僅か。
その距離は生き物が矢を見切れる距離では到底ない。
掴んだ矢の勢いで少し体が流れたが、それでも黒衣の剣士の勢いは止まらなかった。
狙いはネイノートのようで、彼は少年に肉薄し剣を振りかぶると、少年の肩めがけ袈裟に振り下ろす。
驚愕に身体を硬直させるカノンカとロンダニアは反応出来ず。
先よりも素早い一連の動きは、ウィンですら反応出来ない。
彼の剣を遮る者はもはや居らず、ネイノートはその身で剣を受けるのみ。
死を感じた彼の脳は、あたりの景色をゆっくりと認識する。
迫りくる剣の刃先が、自身の肩を斬り裂く情景を想像して、痛そうだな、なんて呆れた感想が飛び出した。
その時。
三度目の金属音が響いた。
いや、今回の音は金属よりも硝子が割れた音に近い。
ネイノートを真っ二つにするかと思われた彼の剣は、その音と共に何かに弾かれた。
何が起きたのかと皆辺りを見渡す。
だが特に変わった点は見当たらない。
しかし黒衣の剣士だけは、何が起きたか理解したようで、恨めしそうに舌打ちをした。
「ちっ……なかなかうまくいかんな。貴様とは会いたくなかったんだが……」
彼は鋭い目つきで、小屋の屋根の上を見る。
ネイノート達が視線の先を辿ると、そこには黒衣の剣士と同じく、黒色のドレスを着た少女が立っていた。
少女は黒衣の剣士を睨み断言する。
「彼に手出しは許しません」
腰まで伸びた黒く長い髪をなびかせ、屋根から飛び降りた少女は、音もなく地面に降り立ちネイノートへと歩み寄る。
真っ黒な服装とは真逆の、真っ白で真珠のような肌がなんとも美しい。
少女に気を取られるネイノートを見た黒衣の剣士は、忌々しく吐き捨てる。
「いつも邪魔ばかりしやがって……」
彼はその言葉を残して、姿を消した。
目の前から脅威が立ち去ったのを確認し、緊張の糸が解けたネイノート達は、その場にへたり込む。
その様子を見下ろしながら、美しい少女は優しく微笑んでいた。




