揃わぬ足並み
ネイノートは困惑した。
今日は狸が取れた。狸が取れる日は運がいい。
試験の最終日ということで果物も取ってきた。
今晩は少し贅沢に、と気分よく家路についたのだが、家につくとカノンカがいなかった。
先に食べようかとも思ったが、水浴びか厠かと思い、先に武具の手入れを始めた。
時は少し遡る。
短い金髪の髪を揺らし、“レシュノア・C・カエンスヴェル”は苛立ちを肉塊に叩きつけた。
力任せに振り下ろした剣は、さっきまで生きていた巨大な蛙『ガイアトード』へと突き刺さる。
手に嫌な感触が伝わったが、レシュノアはその感触が存外好きだった。
少し気が晴れて落ち着いたと思ったら、理不尽な現状に再び腹が煮えくり返る。
「くそ!なんで私が!こんなところで!こんなことを!」
ザクザクと剣を突き刺す度に、ガイアトードだった肉塊は形を変えていく。
カエンスヴェル家は、貴族名を持つことからわかるように貴族である。
それもそこらにいる貴族とは違って王族に近い。
彼はその家の三男ではあるが、冒険者として森で剣を振り回すような身分ではなかった。
「仕方ないじゃない、ノア。もう少ししたら町に戻れるし我慢しましょう?」
長く赤い髪を揺らす“ルルムス・ノクロス”は、苛立つレシュノアをノアと呼び宥めた。
二人は試験が始まり、建物を出るや否やパーティーを組んで行動していたのだ。
そのこと自体は問題ないのだが、当然のようにそれぞれについた監視する者も共に行動し、四人という一般のパーティーと同じ状態になっている。
それでも森の中の生活はひどいものだった。
レシュノアは冒険者を好んではいない。
実用性を重視する武骨な鎧は、気品あふれる洒落た格好とは程遠く、身体はいつも生傷が絶えない。
文化的な生活と無縁の旅。当たり前のように野宿する冒険者という仕事は、自身が一番選ぶことのない職だと思っていた。
だから当然、自分がこの立場に堕ちるは思っていなかったのだが……
全ては父親のためである。
この王国で一番権力があるのはやはり国王だ。
しかし次いで権力があるのは貴族名の「B」を持つ家系ではない。
魔王を倒し、人類に勝利をもたらした異界の勇者だ。
権力と力を併せ持つ最強の勇者。
彼の勇者は冒険者ギルドに入り、様々なルールを変えた。
勇者本人も冒険者を好いていると公言しているからこそ、彼の父はレシュノアを冒険者に仕立て上げ、勇者と係りを持とうとしたのだ。
父の役に立てる喜びと、貴族としての誇りが彼を苦しめる。
レシュノアの正直な気持ちを言えば、すぐに屋敷に帰りのんびりと寛ぎたいところだが、それを我慢しているのは、偏に彼女が一緒にいるからだった。
「しかしルルまで付き合わせてしまうとは、父上にも困ったものだ……」
ルルムスをルルと呼んだレシュノアは優しく微笑む。
彼女は手に握る杖を振りながら言葉を返す。
「仕方ないでしょ。私の家族はお抱えの給仕。旦那様には逆らえないもの」
口ではそんなことを言うが、彼女は内心楽しんでいた。
幼馴染とはいえ、屋敷では彼に敬語を使わなければいけない。
でも屋敷の外では誰も見ていないのだから、ありのままで話せるのだ。
やれ飯が不味いとか、やれ硬い地面は寝にくいとか、旅の文句を一通り言いおわると、火の番をしていたルルムスの監視する者“ヤーチェ”が立ち上がった。
「カエンスヴェル様、ノクロス様、敵のようです」
レシュノアとルルムスは辺りを見渡した。
木々の間から白いものが見える。
「どうやらホワイトウルフのようですね」
レシュノアの監視する者“ルモウド”は今、水を汲みに行っている。
グランドが、監視する者は何もしないといっていたのだが、この二人はレシュノアに……カエンスヴェル家に膝を折ったのだ。
「ルモウドさんが来る前に終わらしちゃいましょう」
そういうとルルムスが握る杖の先端に真っ赤な光がともる。
レシュノアは新たな八つ当たり先を見つけ、口角を吊り上げ剣を構えた。
その先に強大な敵がいるとも知らずに……
カノンカは武器を構える。
大きく赤い狼、そして小さく白い狼。
白い狼は『ホワイトウルフ』。駆け出しの冒険者でも注意すれば倒せる魔物だ。
彼女も幾度となく戦ってきた。
しかしその数二十数匹。
一人で立ち向かえば、四方から襲われ一溜りもないだろう。
赤い狼は恐らく『ブラッドウルフ』。
カノンカも実物を見た事はなく、人伝に話を聞いたことがあるだけだ。
血のように真っ赤な体毛に、通常の狼の倍程もある体格。
曰く、その強さはC級パーティーで何とか倒せるほどと聞く。
今回はそれらが群れを成している。
狼に限らず魔物は、群れを成すと討伐難度が高くなる傾向にあるため、これだけの数がいればC級冒険者が組むパーティー一組では足りないだろう。
彼女はそう思案して叫んだ。
「みんな!武器を取って!」
ネイノートの家からここまで一直線。
彼らと共闘をしながら撤退して、ネイノートを拾ってギルドの建物まで逃げる。
相当なチームワークとメンバーの地力が必要だが……やるしかない。
腹をくくったカノンカとは裏腹に、後ろから武器を構える気配は感じられない。
「皆!」
沈黙に耐えきれず後ろを振り向くと、レシュノア、ルルムス、ヤーチェの三人は脱兎のごとく逃げ出した。
「私が逃げる時間を稼げぇ!」
「いやぁああ!」
「ひぃぃぃ!」
三人とも自分が助かる事しか考えていなかった。
結果的に、彼らの安否を気にして駆け付けたカノンカは、彼らに囮として利用され、狼の群れの中に一人取り残された。
やがて、一頻り肉塊を楽しんだブラッドウルフが、低く唸りを上げる。
先までいた全員で戦っても勝てるかわからないのだ。
カノンカの心が折れ、武器を離しかけた時、背後のホワイトウルフが彼女に飛びかかった。