麒麟児
唐突に戸を叩く音が響く。
グランドは冷めたココアを一口飲んでから、戸に視線を向け、入室の許可を出した。
戸を開け入ってきたのは、B級冒険者のハワーズだった。
彼は、失礼します、と頭を下げて歩み寄る。
「おぉ、ハワーズ何用だ?」
「すいません、ギルドマスター。用事があるのはネイノート君になのです」
そういうハワーズは、意気消沈するネイノートを見て口を噤んだ。
彼の肩には立派な鷹がとまり、場の空気から察するに、良くない方へ話が進んでいるらしい。
「ネイノート君。何かあったのか?」
小さくなる少年に向かって、質問の言葉を投げかけたハワーズ対し、グランドは説明を始めた。
大まかな説明が終わると、ハワーズはすぐに打開策を打ち出す。
「なら僕が全ての責任を負いましょう。ギルドマスター」
その言葉にグランドは酷く驚いた。
立場の高い者の『責任を負う』という言葉は、決して軽いものでは無い。
ハワーズはB級冒険者だ。
なにか問題が起きたら即座に、誹謗中傷、責任追及が起こるだろう。
最悪ギルドの強制退団もありうる。
彼は聡い冒険者だ。それを知らない筈が無い。
「ハワーズよ……何故そこまでネイノートに組する?そいつは何処にでもいるE級冒険者だぞ?」
ギルドマスターは静かに問いかける。
そこにはハワーズを責めるといった意図は含まれていない。
「彼らは弟を弔ってくれたんです。オークに殴られ、苦悶の中死んでいった弟を……言い出したのはネイノート君と聞いたよ。優しい少年だ……そんな彼が大丈夫というなら、大丈夫なんでしょう。それにね、ギルドマスター。僕は彼に恩返しがしたいだけなんですよ」
ハワーズはネイノートに向き直ると、弟を弔ってくれてありがとう、と述べ頭を下げた。
沈黙の中、グランドはハワーズの言葉を受け迷っていた。
彼はハワーズに全幅の信頼を置いている。
自分の後継と考える程に……
そんな彼が全責任を持つと言っているのだ。
本来であればその言葉を信じ、これまで通り同行を許すのも満更ではない。
しかし頭を擡げるのは最後の一文。
彼は全責任を負う理由を、あろうことか、恩返しがしたいだけ、と述べたのだ。
その言葉を口にしたハワーズの真意を測れず、グランドは思い悩む。
もし彼の鳥が暴れれば、注意だけでは済まされないだろう。
重傷者も出るだろうし、最悪死者が出る可能性だってある。
ギルドマスターである彼の頭の中では、最悪の事態が何度も繰り返された。
長い沈黙。
散々考えた末グランドは口を開く。
「……分かった。ハワーズ、お前の言葉を信じよう。そしてネイノート。お前とその連れの行動によっては、ハワーズが国を出ねばなら無く……いや、首が飛ぶやもしれんことを肝に銘じ、言動には細心の注意を払え」
彼が、釘を刺す、といった感じにネイノートを睨みつけると、ネイノートとウィン両名はそれに頷いた。
二人が頷くその様を見たグランドは、驚き目を丸くする。
魔物である筈のウィンが、確かに彼の言葉に頷いたのだ。
その瞬間グランドの悩みは瞬く間に氷解していく。
もはや彼には、ウィンが暴れる様が想像出来なくなっていた。
ハワーズの意味深長な視線を浴びながらも、グランドは一つ大きくため息をつく。
(クリスタルウルフが言葉を使ったというのも、あながち間違いではないのかもしれんな……)
グランドは、試験最終日当時のネイノート達を思い出してそう思うのだった。
一つの話を終え、グランドはハワーズに向かって声をかける。
「それで、用事があったんじゃないのか?」
「ああ!そうだった。実はネイノート君を指名する依頼主が現れまして……」
ハワーズが説明を始めた丁度その時、痺れを切らしたのか、戸を叩く音が響きハワーズの声を遮った。
グランドの了承を受け、一人の少年が部屋に入ってくる。
その顔はネイノートとカノンカにとって、どこかで見覚えのある物だった。
「こちらの少年が依頼主です。ネイノート君たちが、オークを倒した際に助け出した商人とのことで……」
言われてみてネイノートは思い出す。
確かに彼は、オークから冒険者を助ける時に、テントの中で震えていたあの商人だ。
紹介された少年は自ら名を名乗る。
「商人ギルドで働いている“ソーセイン・プエシェンタ”といいます。あの時は名前も名乗らずに失礼しました」
小さな体の割に大人びた対応をする彼は、礼儀正しくお辞儀をした。
髪は茶色で目にかかるくらいの長さだ。
ネイノートよりも小さいその体から分かる通り、風の翼がこれまでに出会った商人の中で一番若い。
身なりは商人らしく、単調ながら仕立てのいいものを着ている。
ソーセインの名を聞き、更に顔を確認したグランドは、揚々と声を上げた。
「おお!ソーセイン君か!ネイノート、彼は普通の商人とは少し違くてな。『適合者』なんだ」
適合者の言葉を聞いたソーセインは、照れたように頭を掻く。
適合者とは、自身の持つ才能と、神の祝福がかみ合っている者に対する総称だ。
そもそも祝福を受ける者も、才能が芽吹く者も稀な為、滅多に確認されない。
因みに、勇者のパーティーメンバーである聖女もその一人で、一般の同系列に属する者よりも、頭一つ秀でる傾向にある。
その為適合者は、様々な立場の人間から引く手数多だ。
只の少年に見えるソーセインだが、商人ギルドでも一目置かれる麒麟児なのである。
ソーセインの依頼はこれまでの商人と同様に護衛任務であった。
しかし、いつも風の翼が受ける、貿易都市スウェルマーニまでの護衛ではなく、以前ソーセインが行っていた、東の森表層までの物だった。
森に生息している、魔法薬の材料となる薬草を取りに行く為護衛が欲しい、とのことだった。
オーク四体を倒し、捕らわれた冒険者を助け出した実績があり、更には森で暮らしていたネイノートがいれば、これまでよりも楽な採集期間になるだろう。
ソーセインは自身の経験と情報網を信じ、ネイノート率いるパーティー『風の翼』を指名したのだ、と述べた。
本来ならば討伐依頼を受け、戦力の確認をしようと思っていたネイノートだが、指名依頼も捨てがたいと考えを改める。
というのも、指名手数料が馬鹿に出来ない値段なのだ。
火竜討伐隊護衛任務の報酬を手に入れたとはいえ、あくまでそれは護衛任務の相場である。
火竜の素材は手に入ったものの、達成報酬自体は討伐隊のそれとは比べ物にならない。
また、今回の件がうまくいけば、彼はこれからも風の翼を贔屓してくれるだろう。
少しの話し合いの結果、ネイノート達はソーセインの依頼任務を受けることにした。
快諾を得ることが出来たソーセインは、宜しくお願いしますね、とお辞儀をすると、旅の準備の為部屋から出ていった。
「ネイノートよ。お前の変わりはいくらでもいる、とは言わないが、ソーセイン君の変わりは何処にもいない。くれぐれも気を付けてくれ」
ソーセインが部屋を出ていなくなったところで、グランドはそうネイノートに告げた。




