努力
カノンカは見知った顔を見つけ駆け出した。その後ろをクロツチが追う。
「姉さん!」
叫んだ彼女が睨みつけているのは、勇者の仲間である『賢者』だ。
彼女の名は“メイレイ・E・ヒュエリエ”といい、カノンカ・ヒュエリエの姉にあたる。
黒色の長い髪、整った顔立ちは十人いれば十人が振り向くだろう。
魔法使い特有の分厚いローブをかぶっているが、身体の凹凸は確認できる。
カノンカは魔法使いの名家から追い出された、と聞いていたクロツチだが、まさか勇者の仲間である賢者と同じ家柄だとは思っていなかったため、目を白黒させた。
メイレイはカノンカを見ると、大きなため息をつく。
「あら……愚妹がなにかようかしら?」
その言葉は明らかに侮蔑の言葉で、とても姉が妹にかける言葉ではないだろう。
加護を持たない、精霊から見放された女。
彼女の中で妹の存在はそういう認識だった。
カノンカは剣を抜き小さく、詠唱を唱え魔法を発現した。
「汝は燃え盛る炎!彼の者を焼き払え!炎槍!」
唱えたのは第二小節詠唱魔法である火属性魔法。
彼女は日頃の努力から、魔法剣の力を借りることで、ある程度の魔法を使用することが出来るようになっていた。
カノンカの魔力を吸い現れた炎の槍は、メイレイに向かって飛んでいく。
その速度は存外速く、瞬く間に差は縮まる。
そして今や当たると思われた時。
「我が身を守れ。対火属性魔法障壁」
メイレイは手を前に突き出して、火属性魔法に対する障壁を発動した。
両者の間に現れた赤い障壁は、カノンカの炎槍をいとも容易く無効化する。
だがカノンカは悔しがるわけでもなく、力の限り叫んだ。
「姉さん!私、魔法が使えるようになったよ!」
これまでの努力の成果を見せたかったのだろう。
突然の攻撃魔法は褒められたものではないが、姉は必ず防ぐ、と信用した上での行動だった。
カノンカの叫びを受け、メイレイは少し驚いたような表情をすると、優しく微笑んだ。
そして……
「カノンカ……貴女がここまで愚かだとは思わなかったわ」
笑顔が消えた。
その表情に愛情は無く、あるのは侮蔑と嘲笑のみ。
カノンカは姉の予想だにしない反応に動きが止まり、表情が凍り付く。
「そんな道具を使って、魔法が使えました、って馬鹿なのかしら?自分の努力不足を道具に頼るなんて……底が知れるわよ」
メイレイはそういうと、再び手を前に突き出す。
賢者である彼女は、杖や魔法石の類は使わずに、高難度の魔法を放つことが出来る。
「怒れる炎よ。私が命じます。あの愚かな妹を焼き殺しなさい。灼熱火炎」
詠唱は独自のものだが、それは第三節詠唱魔法に含まれる魔法だ。
メイレイの目の前に、彼女を優に覆いつくす程の大きな火炎球が出現し、カノンカに向けてゆっくりと動き出した。
それは全てを飲み込む炎の渦。
通り過ぎた地面は焼け焦げ、余りの温度に空気が歪んで見える。
メイレイの言動にショックを受けたカノンカはいまだに動かない。
「馬鹿野郎!何やってやがる!」
迫りくる火炎球の前にクロツチが飛び出した。
焼き殺される!
そう思い目を瞑った時には、火炎球は消え去り跡形も無くなっていた。
「あ……れ?」
呆気にとられるクロツチとカノンカは動かない。
二人の前にはいつの間に来たのか、一人の老人が立っていた。
彼の名前は“ガンゼオラ・バグナックス”。勇者の仲間の一人で、『剣星』と呼ばれている者だ。
「お主は話を聞いとったのか?力比べと言うたじゃろうに」
カカと笑いながら彼はクロツチに手を差し伸べる。
クロツチは何が何だか分からないまま手を伸ばし、ガンゼオラは彼の腕を取ると熱心に見つめ、感嘆符を漏らした。
「見事な筋肉じゃな。惚れ惚れするわい」
突然褒められたクロツチは照れ隠しに頭を掻く。
「どれワシもみてみるかの」
言葉と共に恐ろしいまでの殺気を感じた。
目の前の老人から放たれる圧倒的な存在感。
思わず後ずさりした彼の目の前を、目にも留まらぬ速度で剣閃が通った。
何が起こったかわからないが、危険を感じたクロツチは、次にガンゼオラが剣を振る前に大声を上げる。
「おい!ちょっとまてよ!俺は唯の鍛冶師だぜ!?」
クロツチは必死に説明をする。
鍛冶師であること、冒険者をやめること、パーティーを抜けること。
それを聞いたガンゼオラは、興が冷めた、とため息をついた。
「なんと根性のない男じゃ……鍛冶師というたな。そこの娘の剣はお主が打ったのか?」
彼が目を付けたのは、カノンカの魔法剣だ。
珍しいから目を引かれたのか、繁々《しげしげ》とその剣を眺める。
「ほう、これは珍しい。少し貸してはくれまいか?」
カノンカは力なく頷くと、その剣を差し出し……
ギィィン!
金属音が鳴り響き、気付いた時には魔法剣が真っ二つにされていた。
ガンゼオラの後ろではメイレイが楽しそうに笑っている。
「爺!何しやがる!」
勿論クロツチは激怒する。
自分の力作を、弟子への贈り物を壊されたのだ。黙ってはいられない。
だがガンゼオラはどこ吹く風。涼しくとぼけた顔をするだけだ。
「ほっほ、鍛冶師が根性無しなだけあって、武器も脆いのう」
真っ二つになった魔法剣を見下ろしながら、そういって自身の剣をしまった。
メイレイも膝をつき放心するカノンカを見下ろして毒を吐く。
「そんな道具に頼っているから、いつまでたっても貴女は進歩しないのよ」
その場にはガンゼオラとメイレイの笑い声だけが響いた。
もはやカノンカもクロツチも歯向かう気にはなれなかった。
苛立ち、怒りは勿論あるが、力では到底勝てない。
その理不尽が更に怒りに拍車をかける。
悔しいが弱者は黙って拳を握り締めるだけだ。
「さて、勇者殿はどうしておるかの」
笑うのに飽きたと言わんばかりに、ガンゼオラとメイレイは、二人を置いて勇者の下へ歩み寄った。




