忠告
混乱の最中にあった俺に向かって、仮面の男は再び問いかける。
何時もは賑やかな時間だというのに、辺りのゴブリンは警戒して一言も発しない。
静寂の中仮面の男の声だけが響く。
「なぜ黙っている?転生者じゃなかったかのか?」
仮面の男は大げさに手を広げて質問を重ねる。周りのゴブリンには難しい話だったようで、首を傾げる者も多い。
「……だとしたらどうだというんだ?」
「おお!やはり転生者だったか!これだけのゴブリンを従えるゴブリンが、ただのゴブリンな筈が無いものな!」
なぞなぞにあたった子供のように無邪気に喜ぶ様は、その容姿と相まって酷く不気味に見える。
仮面の男はそのまま続ける。
「いや実はな、最近竜種を倒す冒険者が現れたのだよ。だから忠告に寄ったというわけだ」
(竜を倒しただって!?上位種のさらに上、最高位種に名を連ねる種族じゃあないか!)
余りの出来事にめまいを覚える。
『最高位種』というのはそもそものレベルが違う。
ゴブリンは数百の中から一体程の割合で進化して、俺のようにホブゴブリンになる。ホブゴブリンが強敵を倒し、魔力を高めるとやがてオーガとなり、オーガはさらにロード、キングとなって、漸く幾多の魔物を従える上位種となるのだ。
だがオーガキングは竜には勝てない。その種族差は絶望的な程の差がある。五体もいれば倒せるかもしれないが、そもそもの数が少なく、また竜がブレスを放てば皆仲良くあの世行きだ。
言葉を失う俺を尻目に、仮面の男は話し続ける。
此方の様子を気にせずに話すその様は、まるで会社の定時連絡のように見えた。
「そいつらの中には弓矢を使う人間がいる。今の時代人間は皆弓矢を嫌っているから、弓矢を使う奴がいたらそいつらだ。戦わずに逃げたほうがいいぞ」
仮面の男が何者かわからないため、完全には信用できないが、心に留めといて損はないだろう。
言いたいことを言い終えたのか、仮面の男は喋るのをやめた。
俺はふと思った疑問を訪ねる。
「忠告は感謝するが……どうしてそれを俺に教えるんだ?」
同じ魔物であれば、他種族が減るのは願ってもないことだろう。
人間でも同じだ。魔物が減れば人間の安全性は増す。
であれば、こいつは何者なのか。
「なぁに簡単だ。君たちが生き残ることは私のメリットになるのだよ。後は……勇者が近くまで来ているようだ。気を付けなさい」
仮面の顎部分に手を添えて、思い出す素振りをする。
大きなジェスチャー、捕まえ所のない様子から、俺は前世でみた『ピエロ』を思い出す。
勇者が近くに……この世界の魔王は勇者に一方的に殺されたと聞いたことがある。
そんなやばい奴が来ているのなら、暫くおとなしくしているのが賢明だろう。
しかし、奴の言うメリットとは……何があるのだろうか?
俺は顎に手を当て考える素振りを取る。
「まぁまぁ、余り悩みなさんな。はげるよ」
さっきまで落ち着いた態度だったのに今度はこれだ。
その飄々《ひょうひょう》とした態度は、本気なのかふざけているのか判断に困る。
警戒する俺たちゴブリンを他所に、仮面の男は大げさに一礼をした。
「今回は忠告によっただけです。また逢うことがあるやもしれません。その時はどうぞよしなに」
そういうと、奴は俺たちの目の前で姿を消した。
気配はもうなくなっていて、皆が安全を確認すると、やがて町の喧騒が帰ってきた。
俺はすぐ隊長格のホブゴブリンを呼び出し、警戒レベルを引き上げる。弓矢を使う人間を特に注意するように、釘を刺しておいた。
後日、弓矢による攻撃を受けたという隊が出ることを、このときの俺はまだ知らない。




