カノンカ・ヒュエリエの焦燥
カノンカは今、“ルルムス・ノクロス”、“ジェゼム・ミーミル”と共に昼食を取っていた。
干し肉と簡易スープに硬く焼いたパンと質素だが、火竜を討伐した後だからどんなものでも美味しく感じる。
最初は世間話をしながらだったのだが、次第にカノンカが火竜に放った魔法、第四小節詠唱魔法の話へと移行する。
「ところで、あの火竜を倒した魔法なのだけど……」
その言葉は、B級冒険者のジェゼムさんの物だ。
続けてルルムスちゃんが乗ってくる。
「そうそう!あの凄い魔法!あんな魔法使えるなんて凄いです。カノンカさん」
その瞳は純粋な尊敬の眼差しだった。とても『加護無し』に向けるものではない。
「実は、あの時の事はあまり覚えていないの。この石を握って願ったら、声が聞こえて……」
私はその時に握っていた石を袋から取り出す。
それを見てジェゼムさんが驚いた。
「それ……私の魔法石だわ。火竜がブレスを失敗した時の爆発で、吹き飛んでいたのね」
その爆発は、本当はネイノート君のおかげなんだけど、言っても信じてくれないだろうし黙っておこう。
私は彼女に魔法石を手渡した。
魔法石というのは、魔力のこもった宝石のようなものだ。
込めた魔力の属性によって、その石の色が変わる。本来であれば綺麗な青色だったのだろうが、込められた魔力が全て使われてしまったため、今はくすんでしまっている。
暫く手の中で魔法石を遊ぶジェゼムさんは、それを私の方に放り投げた。
「あげるわ。もう中は空っぽだけど……貴女のおかげで火竜の素材も手に入ったんだもの」
慌てて受け取った魔法石は、太陽の光を浴びて鈍く輝く。
それに目を奪われていると、ルルムスちゃんが声を上げた。
「多分ですけど、その手の切ったところから血が出たせいだと思います」
彼女の話では、魔力というのは血に多く含まれているらしい。
だから儀式とかで自分の血を垂らしたりするのだとか。
私が加護無しというのは髪色と噂から知っていたそうだが、切れた傷口から出た血が、魔法石の魔力と反応して魔法が使えたのではないか、とのことだった。
魔法の話が終わったら思わぬ方向へとシフトする。
「と・こ・ろ・でぇ、カノンカさんはもしかしてぇ、ネイノート君のことが好きなんですかぁ?」
ルルムスちゃんは妙に甘ったるい声で無視できぬ言葉を放った。
「なっ!ちがっ!」
「成程ねぇ。それなら納得できるわ。愛の力が限界を超えさせてくれたのね」
それにジェゼムさんがにやりと笑って乗ってきた。
私は顔が熱くなっていくのを感じ、動揺が隠せず舌が回らなくなる。
「あら。恥ずかしがることはないわ。女だもの。恋してなんぼ……でしょう?それに助け助けられの関係で、相手に好意を持つのは何もおかしくないわ」
ジェゼムさんは青く長い髪を掻き上げて、面妖な笑顔を浮かべる。
その隣ではルルムスちゃんがキャーキャーと騒いでいた。
「だっ!だからネイノート君はそんなんじゃ……」
「“ネイノート君”って……そんなんじゃ振り向いて貰えませんよ?」
「そうね。あの子、奥手そう……というかまだ色恋に興味なさそうだし、ぐいぐい押さないと誰かに取られちゃうわよ?」
もはや散々な言われようである。
何を言ってもそっち方面に持っていかれそうで口を噤むが、それを彼女たちは許してくれない。
「彼と仲良くなりたいんでしょう?」
ジェゼムさんが私の肩を叩いて顔を覗き込んできた。
例え嘘でも否定できない私は、言い訳を唱えるだけだ。
「で、でも私綺麗じゃないし……」
「そんなの関係ないわ。仲良くなりたいの?なりたくないの?」
有無を言わせぬ迫力に私は肯定を伝える。
「じゃあネイノート……だから、今度からあの子のことは“ネイ君”て呼びなさい」
「ネイ……君?」
機械的に繰り返す私の言葉にジェゼムさんは頷く。そして、本当は貴女の方が年上なんだから、“君”もいらないと思うけど、と付け加えた。
ジェゼムさんがスープの入った器に口をつけると、今度はルルムスちゃんが続ける。
「いいと思います。呼び方ってとっても大事なんですよ?私もノアと愛称で呼び合ってますし」
そこからジェゼムさんは、ルルムスちゃんとレシュノア君の関係をつつきだした。
私もお返しと一緒に弄ることにしよう。
こうして私は二人にいいように遊ばれ、ネイノート君をネイ君と呼ぶことになってしまった。




