火竜との戦い1
初撃はルルムスとジェゼムの魔法攻撃だ。彼女らは二人で詠唱を重ねる。
「「汝は怒り狂う雷!我が身に宿りて敵を打ち抜け!雷槍!!」」
二人の声が唱和し、通常より巨大な雷の槍が火竜目掛けて放たれた。
この世界の魔法とは、歌のように節でわかれている。節を重ねれば重ねるほどに強力になる傾向があり、必要になる魔力も比例して多くなる。
詠唱もある程度自由度があり、特定のカギとなる言葉を組み込めば自分の好きな言葉でも良い。だが多くの魔法使いは、先人に敬意を払い、魔法書に記されている物を使用していた。
彼女らが唱えた魔法は『第二節詠唱魔法』に分類される雷魔法で、更にそれを『重唱』することで、威力を強化している。
火竜は横眼から飛んでくる雷槍に気付きはするが、時既に遅くまともに受けた。
バチバチと放電音を鳴らしながら輝き、雷槍は徐々に小さくなりやがて消え去る。
威力は申し分なく、大抵の魔物ならば一瞬で命を落とすだろう。
だが火竜にダメージは殆どない。
二人の魔法使いは少し落胆するも、これは先制攻撃であり、牽制攻撃。
怯んだ火竜が体勢を立て直すころには、冒険者の剣が火竜の足に届いていた。
「接敵!総員気張れぇぇえええ!!」
辺りにハワーズの鼓舞する声が響く。
レシュノアは生きた心地がしなかった。
戦闘が始まってどのくらいの時間が経っただろうか。
柱のような竜の足を寸で避け、剣で切り付ける。しかし火竜の足には、強靭な鱗が隙間なく生えていて傷一つつかない。
稀に鱗に傷がつくが、余りにも果てのない作業に心が折れていく。
火竜の足は強大で、爪も鋭く、気まぐれに振るっただけで岩肌が抉り取られる程の威力を持つ。勿論人間なんかがそれに当たれば命はないだろう。
恐怖で歯ががちがちと鳴る。
剣と鱗で鳴るけたたましい金属音と、足が通った時に起きる風の音で、レシュノアの耳も馬鹿になりつつある。
彼は唯我武者羅に剣を振うのみ。もう既に、彼の中には恐怖の感情しかなかった。
ハワーズの心は落ち着いていた。B級冒険者の彼が足を切りつけても、やはり鱗は小さな傷がつく程度。だがそれは彼の想定内。
そもそも、国を亡ぼす程の強敵を即殺できるほうがおかしいのだ。時間をかけて少しづつ弱らせるしかない。
彼の指示は的確で、絶妙なタイミングで行われる波状攻撃に、火竜は今一つ狙いを決め切れていないでいた。それこそが、討伐隊全員を現在まで生きながらせている要因となっている。
程なくして握力の落ちたレシュノアの剣が、火竜の足に吹き飛ばされた。
だがハワーズは慌てない。ロンダニアにも指示を出し、レシュノアを後退させ暫しの休息を……
レシュノアは絶望と共に、無意識に腰にある銃へと手を伸ばす。
それに気づいたハワーズは大声で止めたが、彼の耳には届いていない。
レシュノアは銃で火竜の体に狙いを定め、引き金を引いた。
ガアァァァン!……
耳を劈く爆音と共に、鉄の塊が放たれる。余りに大きな音が突然鳴ったため、その場にいた全員の動きが止まった。
後に悲鳴などは続かず、残ったのは破裂音の残響のみ。
生物であるならば到底太刀打ちできないであろうその攻撃は、火竜の鱗を少し傷つける程度にしかならなかったのだ。
レシュノアは精神の拠り所でもあった銃の弾が効かず半狂乱に陥る。
「なぜだ……なぜ効かない!鋼鉄の板をも貫通する一撃だぞ!?」
剣で切っても効かず、魔法の攻撃も決め手に欠け、頼みの綱だった銃ですら鱗を傷つけるだけ。
そんな魔物に……只の人間が一体どうやったら勝てるというのだ。
彼の頭の中からは既に思考に費やす理性が抜け落ちていた。
ハワーズは駆け付けた矢先、レシュノアの胸ぐらをつかみ怒鳴る。
「何で撃ったんだ!」
彼らは前もっての作戦で、銃は合図があるまで使わないと決めたはずだ。
決め手を見せる必要はない、といったが、理由はそれだけではない。
相手が万全の状態で撃っても致命傷を与えられるわけではないし、巨大な音を出せばその者が狙われる可能性も高くなる。
ハワーズのその予想は当たっていて、銃は鱗を傷つけただけであり、さらに火竜はレシュノアに狙いを定めてしまう。
火竜の咆哮が鳴り響き、空気が揺れた。
巨大な足が地面に落とされ、大きな穴が出来る。
いまだにレシュノアが生きているのは、偏にハワーズのおかげといえた。彼の卓越した観察力が攻撃を先読みし、攻撃が当たる寸前で何とか躱しきれている。
だがそれも難しくなってきた。
火竜の足が落ちるたびに地形が変わり、鋭い爪を避けるために剣も鎧もボロボロだ。
足場が悪くなる一方なのだから、動作の劣化は否めない。
「危ない!」
叫んだのはロンダニアだ。
火竜は突然身体を反転させて、尾で薙ぎ払ってきたのだ。
足と爪にばかり気を取られていたハワーズは、不意を突かれ反応出来ない。
眼前に迫りくる恐怖にレシュノアは目を瞑った。
真っ暗闇になった視界の中で、いくら待てどもその衝撃は襲ってこない。
恐る恐る目を開けるとそこには巨大な石の壁が出来ていた。
その衝撃にひび割れてはいるが、崩れ落ちる寸での処で、火竜の尾を受けとめている。
「早く逃げて!」
「こっちよ!」
不意に聞こえた声に従い、二人はすぐさま駆け出す。声の主はルルムスとジェゼムで、石の壁を出したのも彼女達の魔法だったのだ。
討伐隊は近くの岩陰に息を潜めた。石の壁に気を取られた火竜は彼らを見失う。
「助かったよ……ジェゼム」
切れ切れの息を整え、ハワーズは岩陰から火竜の様子を見た。
「貴様……なぜ銃を撃った!合図があるまで撃たないという話だったろう!」
ブゥゲンが治癒魔法を施しながら、レシュノアを責める。だがレシュノアは放心したまま曖昧に返すだけだ。
彼の怒りは尤もなのだが、ルルムスがどうにか話を逸らす。
「魔法は効かない、剣も効かない、銃も効かない。一体どうするんですか!?」
「作戦に変更は無しだ……というかそれ以外に方法がないんだよ。剣で足を削り、動きを止めてから銃で総攻撃だ。あれが飛んで『ブレス』を吐いたとき僕たちは負ける」
ゆっくり話し合っている暇はない。ただでさえ飛翔を遮る攻撃魔法が止まってしまった。彼らは急ぎ岩陰から飛び出そうとして……
火竜が羽ばたいたのが見えた。
大空に舞った火竜は飛び去るでもなく、一定の高さで止まっている。
「まさか……」
ハワーズが呟く。
火竜の口からは真っ赤な炎が漏れ出ていた。
その様子を見たハワーズは大声で叫ぶ。
「ブレスが来るぞ!岩陰に入れぇ!魔法使いは『対火属性魔法障壁』を!」
声に従い、ルルムスとジェゼムが皆に魔法を施す。
彼等は体が赤く光るのを確認すると、岩に出来るだけ体を押し付けた。
火竜のブレスとは、まさに必殺技だ。
竜の種類によって多種多様だが、全てのブレスに共通するのは、『魔法』であるという事だ。竜の持つ膨大な魔力で練られたそれは、物理法則を無視した災いをもたらす。
火竜で例えるのならば、燃える物が何もなくても、魔力が尽きるまで延々と燃え続ける炎となる。
また、ブレスこそが“竜が国を亡ぼす”と語られる原因とも言えた。
人間程度が使う防御魔法では到底防げず、もし国王の住む王城真上から吐かれてしまえば、王国の殆どは焦土と化すだろう。
それほど恐ろしい攻撃だが、その攻撃は強力が故の欠点も存在する。
体内で炎を作るわけではないから、火竜の体内は耐火性を有していない。つまり奴は、自らの轟炎により喉が焼かれ、暫く食べることも出来ない状態となるのだ。
更には微細な威力調整などは出来ないようで、強制的に多くの魔力を消費し身体能力も大幅に落ちることになる。
もし堪え切れれば……まだ可能性はある。
「炎が弱まったらすぐ突っ込むぞ!ここが正念場だ!気合いを入れろ!」
ハワーズが鼓舞し周りもそれに答える。今は僅かな士気の上昇すら大事だ。
女を男が上から庇い、その上にブゥゲンが魔法障壁を立てる。
全ての準備を終え、ハワーズはちらりと上空の様子を見た。
炎の色が一際輝き、火竜は口を開く。
ブレスが来る!まさにその瞬間、彼は見た。
火竜の口目掛けて何かが飛んでいくのが……




