クロツチ・アガツマの苦悩
“クロツチ・アガツマ”は一心不乱に槌を振っていた。
手を止めてしまえば、オークとの一戦が思い出されるからだ。
くたびれても手を止めない。それはクロツチが迷ったときに行う行為だと“ノゼリエ”も知っていた。
だからこそ様子を見に来ていたノゼリエは口を出す。
やはり槌はいい。カン!と小気味のいい音がするたびに、頭の中にある迷い事が吹き飛ぶ。
「もういいんじゃないかしら?」
部屋の隅にいるノゼリエの言葉は俺の体を止める。
「もういいってのはどういうことだ!」
苛立ちに俺の声は大きくなる。聞きたくない言葉を言わせない様に。
「あの子はもう子供じゃないわ」
……知っているさ、そんなことは。
ノゼリエは恐れるでも悪びれるでもなく淡々と続ける。
「あいつに戦い方を教えたのは俺だぞ?いくら優秀な武器があるからって……」
それはまさに子供の言い訳と同じだった。
カノンカと会ったのはもう10年も前の事だ。
当時の俺は鍛冶師業なんてそっちのけで、冒険者として活躍していた頃だった。
F級、E級を駆け抜け、周りからも期待の声が上がっていた。
そんな時だ。家を追い出されたという少女と会ったのは。
家族を見返したい。そんな思いに心打たれた俺は、少女の師匠となり武器の扱い方を教えた。
まるで水を吸い込む布のように、教えたことをどんどん吸収していく。
やがて俺が鍛冶師としての道を歩み出す頃には、少女は立派な冒険者となっていた。
まだまだ子供だと思っていた。冒険者として先輩だった俺に擦り寄ってくる子供。
いや俺がそう思いたかっただけか……
オークと戦ったとき、久しぶりに見たカノンカの戦い方を見て分かった。
ずっと技術を磨いてきただろうことも分かった。もう俺の力なんてとっくに通り越していることも分かった。
それでも俺は……
「あの子も、自分の道を歩き始めているわ。もういいんじゃないかしら?」
俺の信念を貫くのに冒険者という肩書はいらない。
もう俺の存在はあいつの足を引っ張っている。
それはパーティーのルールだったり、戦闘でもそうだ。
選ぶ道は決まっていた。
俺は再び槌を振り上げる。
真っ赤に熱された鉄は音と共に徐々に形を変える。
ノゼリエは暫しその様子を見た後、お疲れ様、と呟き部屋から出て行った。




