トラウス・ヤムザムドの言動
“トラウス・ヤムザムド”と“ウィウィ・クルアンテ”は報告のため、傷の手当てをした後、冒険者ギルドへと足を運んでいた。
彼の立派なプレートは汚れていて、所々傷ついている。トレードマークの赤い癖のある髪もぼさぼさに乱れていた。
年は二十を過ぎたあたりなのだが、オークに襲われて一気に老け込んだように見える。
何処から聞きつけたのか、ギルドにいた冒険者はトラウスのもとへ集まり、口々に質問を投げかける。
オークはどんなだったか、どうやって逃げたのか、助けてくれたのは誰か、等々。
ウィウィは顔を顰めながら口を開いた。
「……あまり思い出したくないんだけどね」
トラウスが組するパーティ『銀の剣』はその日、森で数日かけ薬草を摘むという商人の護衛についていた。
道中は平穏な物で、草原では魔物には合わなかったし、森の中で何度か戦闘があったものの、大した問題は起こっていない。
その日も特に問題はなく、沢山薬草が取れたと喜ぶ商人と共に野営したのだ。
見張りは二交代で行うことに決まり、リーダーである“ランディ・オーガン”と“ユニテス・パルカネア”が見張り役として出ていた。
トラウスはウィウィと共に、テントで浅い睡眠をとる。
もうすでに何回か交代を繰り返し、辺りが少し明るくなる時分だった。
異変は唐突におきた。
ランディの戦闘準備の声に、トラウスとウィウィは弾かれるように起き上がりテントから飛び出す。
そこには人を軽く超える巨体を持つ、醜悪な魔物が立っていた。
銀の剣はオークの前に隊列を組む。D級でやっと倒せるほどの強敵。少しのミスも許されない。
オークの咆哮が戦闘開始の引き金となった。
ランディは剣と盾を使い最前衛を。ユニテスは杖を持ち後衛から魔法攻撃。
トラウスは短剣なれどそのトリッキーな動きでオークを翻弄し、ウィウィは傷ついた仲間を癒す治癒術師。
パーティーの構成も隙が無く、ランディの的確な指示で戦いは有利に進んだ。
E級のパーティーでもオークを倒すことが出来る。
そう希望を感じた矢先、彼らは絶望の淵へ落とされた。
新たにオークが三体、棍棒を持って現れたのだ。
一対四でもぎりぎりなのだ。有利に進んだ、といっても五分というわけではなく、オークの攻撃を貰えば此方は一撃で命を落とす。
そんな相手が全部で四体。
勝てるわけがない。動揺した銀の剣は一瞬思考することを放棄する。
気付いたときにはランディが吹き飛んでいた。
後方から金属音が聞こえて、苦痛を吐き出す声が聞こえる。
だが彼らは振り向けない。駆け付けることは出来ない。
今オークから目を逸らせば、自分も同じ道を辿ることは容易に想像出来る。
余りの恐怖にウィウィが気を失う事で精神の破壊を防いだ。
続いてユニテスも。トラウスは自棄になりオークに突っ込むが、軽く振った棍棒によって吹き飛ばされ、意識を失った。
彼が次に目を覚ましたのは、暗い穴倉の中だった。
眼前には一体のオーク。先に目を覚ましたウィウィが、近くで震えている。
一体なら何とか逃げられるだろうか、と腕に力を入れると激痛が走った。
声を出さなかったことを褒めるべきだろう。彼の右腕は本来曲がる方とは逆に曲がっていたのだ。
そして彼は見つける。目も当てられないほどぐちゃぐちゃにつぶれた肉塊を。
身に着けている物からユニテスと分かった。
ウィウィとユニテスが先に目を覚まし、ウィウィだけでも逃がそうとオークに戦いを挑んだのだという。
その後、彼女はウィウィの見ている前で……
オークは遠巻きに様子を見ているだけだが、この腕では何も出来ない。
彼等は絶望の中、助けが来るのを待つ。
突然オークが広間から出ていく。
何かあったのだろうか、と広間の入口を見ていると、人間が飛び込んできた。
数は三人。彼らはトラウス達に気が付くと駆けつけてきた。
オークはどうしたのだろうか。来たのは彼等だけなのだろうか。疑問は尽きない。
混乱する頭を落ち着けている間に、トラウス達は洞窟の外に連れ出されていた。
「……という話をしたのに誰も信じてくれない!」
俺はウィウィに愚痴を零した。
「彼らの話をすると皆興味が無くなるみたい」
彼等、『風の翼』はまさに俺達の命の恩人だ。死んでしまったランディとユニテスの遺体も弔ってくれた。
もっと彼らの行いを知って欲しいと思って話したのだが、どうにも周りの反応は薄かった。
熱心に聞く冒険者も、風の翼が出てくると一気に白けてしまう。
ちゃんと聞いてくれたのは親しい者達だけだ。
ギルドのホールで必死に説明をしているとその人は現れた。
「トラウス君。その話は本当かい?」
目の前に現れたのは、ランディ・オーガンの兄だ。
「ハワーズ様……!」
悲しそうな顔をする彼に俺は何も言えない。
自分はランディを守れなかったのだ。何かを言ったところで言葉では償えない。
「ハワーズ様!すみませんでした!私は……」
彼は頭を下げるウィウィの肩に手を置き、謝る必要はない、といってくれた。
「依頼主は無事なのだろう?弟も立派な冒険者だったということだ。君たちの命が助かっただけでも良かったじゃないか」
俺たちはただ泣くことしかできなかった。オークの恐怖を思い出し、良き仲間を失ったことを思い出し……
空気を読んでくれた冒険者が辺りから散り、俺とウィウィの嗚咽だけがホールに響いた。




