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臆病者の弓使い  作者: 菅原
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王国へ

 翌日、ネイノートは草原の見える所まで来ていた。

森の中から見える草原は、遮蔽物もなく見晴らしがとてもいい。

風が吹くたびに草が波打ち、光を反射するその光景に、少年は暫し心を奪われた。

 見晴らしが良いということは、その分敵の察知も早くなり、遮蔽物がないため狙撃することが容易になる。

だが良いことだけではない。

長年森で暮らしていた彼は、身を隠すこともできず、木に登って避難することもできない草原に、少し不安を覚えた。

 一抹の不安を胸に、少年は草原へ一歩を踏み出す。


 草原に足を踏み入れたネイノートは、周囲に注意を配りながら歩きだす。

持ってきた矢は、傷薬は、食料は足りるだろうか。

それが少年の頭に引っかかっていたが、街道が思ったより近かったので、先の二つは杞憂きゆうに終わる。

 時間が早いせいか、魔物どころか人っ子一人いない。

彼は街道に出た後も暫く気を張っていたが、当面の危険がないことを悟ると王国に向かって歩を進めた。


 街道を行くネイノートは空を見上げていた。 

厳密には空を見ていたわけではなく、雲を見ていたわけでもない。

彼の眼は、遥か上空に見える一羽の鳥を追っていた。

 幼き頃よりずっと一緒に暮らしていた『ウィンドバード』という魔物だ。

名前は“ウィン”という。子供の頃に名付けたとはいえ、なんと安直な名前を付けたものだ、と彼は今でも頭を抱える。

 ウィンは空から舞い降り、慣れたようにネイノートの肩に止まった。

うっすらと緑がかった羽は、日の光を浴びて美しく輝く。

 魔物といっても、ウィンドバードは一般の鳥類とさほど変わらない。

特段鋭い爪やくちばしを持つわけではなく、羽がナイフのように鋭いわけでも、羽を自由に飛ばす技があるわけでもない。

だが、それらの代わりといっては何だが、魔力を持ち、風を操る魔法を使う事ができる。

 風魔法というのは汎用性が非常に高い魔法だ。ウィンが使用すれば、上空からの索敵、敵の攪乱かくらん殲滅せんめつ等々、用途は多岐にわたる。

これまでもネイノートは、ウィンと共に多くの危険を乗り越えてきたのだ。

 ウィンは甘えるように頬ずりをすると、少年の肩に乗ったままそろって王国への道を歩いていく。


 王国までの道はとても快適だった。

森の中とは違って目標地点が容易に視認でき、道は歩きやすいように舗装までされている。

また人の住む領域に近いせいか、魔物を一匹も見なかった。

ネイノートは、あれだけ入念に用意した道具が無駄になったな、と一人愚痴る。

 朝早く森を出たがすでに日は高い。

更に、王国が近くなったせいか、人がまばらに増えてきた。

肩に乗っていたウィンは騒ぎを避けるために、人影が見えた時から大空を舞っている。

 森から歩き始め幾つかの小高い丘を越えた頃、悠然とそびえる王国の外壁が顔を出した。

遠くからでも巨大と感じるその壁は、長年王国を守り続けた鉄壁の城塞である。


 街道を道なりに進むと何本もの道が合わさり、やがて門へと辿り着く。

大人の何倍もある巨大な門の傍には、小さな建物が立っていて、恐らくネイノートと同じく入国希望者と思われる人らが、その建物の前に並んでいた。

建物の中から武器を携帯した兵士が出てきて、対応に追われているようだ。

 どうやらそこは王国兵の詰所らしい。

幾枚もの記布きふをもち、それを並ぶ人らに渡していた。


 いかに王国といえど、高価である紙を常用はしない。

ましてや一日に何十、何百と入出国者がいるのだ。その数を全て紙にしては、費用も補完する場所も困るだけである。

 列に並んだネイノートの下にも兵士が来て、汚れた記布をよこした。

記布には赤いインクで名、出身、年、入国理由と記載されていた。

 この赤いインクは特殊で、水で洗っても落ちないのだ。

そこに普通のインクで記入すれば、必要なくなった記布は洗って再利用する、ということが可能になる。

 ネイノートは赤い文字の下に黒のインクで記入していく。

名は〈ネイノート・フェルライト〉

出身は〈ガノーシュ村〉

年は〈十六〉

入国理由は〈冒険者になるため〉

端的ではあるが記入し終えた記布を、近くの兵士に手渡す。

記入漏れがないことを確認した兵士は、ネイノートをじろりと睨んだ。


 兵士は緑髪の少年を見ていぶかしんでいた。

記布には冒険者志望と書いてある。

年は十六と若いが、冒険者ギルドの加入許可年齢が十六だからだろう。

小さい体に目立つ色の髪と瞳もさることながら、一番目を引くのは背負っている布の塊だ。

 この年にして冒険者を目指すのならば、腕に多少の自信があるのだろう。

だが彼は帯剣していない。

腰にナイフのようなものは持っているが、短剣といったものではなさそうだ。

ならば背に持つ布の塊が彼の獲物ぶきなのだろう。

ではなぜ彼はそれを隠すのだろうか。

(剣であれば隠す必要もないではないか)

そう思った兵士はネイノートに声をかけた。

「君は……ネイノート君ね。その背中のは?」

 努めて優しい声音で。

この年ぐらいの子供は酷く扱いづらいものだ。

声をかけた兵士も、いきなり武器で切り付けられた、なんて話を同僚から聞いたことがる程である。

 兵士の眼前にいる少年は誤魔化すように、少し困った顔で首をかしげた。

暫しの沈黙の後、意を決した彼は背中の布を少しずらす。

そこには湾曲した木に糸状の何かを付けた物があった。

弓だ。

それを確認して、兵士は納得に至る。

 

 現在、人の国において『弓』という武器は、ヒエラルキーの最下層にあった。

原因となったのは異世界より召喚された勇者。彼が持つ知識から精製された兵器の存在だ。

頑丈な筒の中で火薬を爆破させ鉄の弾を打ち出す。

『銃』と呼ばれたそれは、遠く離れたところにいるフルプレートを着込んだ兵士に、装甲の上から致命傷を与えるほどの威力があった。

その兵器は、当時魔物との戦争により兵も資金も枯渇していた王国で、多大な功績を残し王の目に留まる。

 余裕のなかった王国は弓と銃を比べた結果、当時遠距離攻撃部隊として配置されていた弓兵団を解散し、銃兵団を作るに至った。

弓兵団に取って代わった銃兵団の功績があって、戦争は人間の勝利で終わりを迎える。

それ以来競り負けた弓は侮蔑の対象になってしまったのだ。

 以降、銃を所持する冒険者や兵士が増加する。

あらかじめ装填の手間はあるが、片手で扱えしかも高威力なため、もしもの時の切り札として所持するものが多く現れたのだ。


 少年の背にある弓を見た兵士は驚いた。

兵士自身は、かつて王国を支えてきた弓兵団を蔑むことはなかったが、一部の国民は弓を使う者を馬鹿にする者もいる。

目の前の少年はそれを知っているからこそ、布で隠す行為に至ったのだろう。

しかし、それでも彼は兵士に弓を見せたのだ。

 兵士はネイノートのその対応を大変気に入った。

不安そうに兵士を見つめるネイノートの肩を兵士は叩く。

「がんばれよ」

そういって笑顔をつくると、記布を持って兵士は詰所に戻っていった。


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