少年の思い
ネイノートは緑色の茶を一口啜る。
少し苦いが口の中がさっぱりしてなかなか具合がいい。
ノゼリエには直接関係ない話ということで、彼女は席を外し食器を洗っている。
この場にいるのはネイノート、カノンカ、クロツチの三人だ。
茶が入ったコップを置いた彼はカノンカを見据えた。
「それで話というのは?」
カノンカの真剣な表情に、彼も腰を据える。
「実はね……ネイノート君。私達のパーティーに入らない?」
彼女は机に手をつき身を乗り出す。
どうやらパーティ勧誘のようだ。
ネイノートの頭に疑問が浮かぶ。
弓を使う彼は他の冒険者から蔑まれる。
そんな嫌われ者の……臆病者のネイノートを仲間に入れて、彼らに何のメリットがあるのだろうか。
戦力にはなるだろう。だがパーティー自体も少なからず、周りから嫌われるであろうというデメリットは、それに釣り合ってないのでは、と彼は考える。
勧誘理由は彼女らから話すのを待つとして、彼はとりあえずの疑問を投げかける。
「達……というのは?」
「俺のことだ」
間髪入れずクロツチが声を上げた。
カノンカとクロツチはパーティーを組んでいた。巷では有名で知っている人は多い。
彼女は理由を説明する。
パーティーに後衛がいないこと。試験で見たネイノートの戦闘力に索敵力。そして太陽と月の遊び場に住むことになったこと。
その他細かいことを踏まえ、ネイノートが寝ている間に話し合っていたらしい。
ネイノートは茶を啜りながら黙って聞いていたが、カノンカの説明が一通り終わると口を開いた。
「悪いけど断る」
言葉の意味が分からない、といったように、カノンカが動きを止めた。
クロツチも目を見開き止まっている。
ノゼリエが食器を洗う音だけが響いた。
「ど……どうして!?」
カノンカが机を思い切り叩き、声を張り上げた。
話を切り出した彼女の態度を思い出した彼は、二つ返事で頷くとは思っていなかったように感じた。
とはいえ、即断で拒否されるとも思っていなかったようで、カノンカは軽くヒステリックになる。
「おい少し落ち着けよ、カノンカ」
クロツチが宥めるがカノンカは聞く耳を持たない。
「落ち着いてるわよ!ネイノート君、もしかして先約があった?」
「いいや。そんな話はない」
「じゃあ何で!」
もはや冷静さを欠いたカノンカは、ありきたりな理由では納得しない。
そう思ったネイノートは、悩みながらも全てを話すことに決めた。
茶で口の中を湿らせ、彼は頭の中で話を組み立てる。
「断る理由を話す前に、言わなきゃいけないことがある」
カノンカは椅子に座り頷く。クロツチも同様だ。
「俺が冒険者になった理由は弓の復権のためだ。冒険者として名を上げ、弓を再び国に認めさせる為にここにいる」
このとき彼女は漸く、ネイノートが弓を使う理由を知る。
帯剣もせず、より有能とされる銃を使わない緑髪の少年。
小さな彼の心の中には、他の冒険者が抱く物とは比べ物にならない程の、大きな野望を抱えていた。
「ネイノートはどうしてそんなに弓に固執するんだ?」
クロツチの問いかけに頷き、彼は更に話を続ける。
彼の父はかつて、王国弓兵団の団長だった。
名前を“ガルハンド・フェルライト”。
王国一の名射手であり、王からの信頼も厚い、有能な王国軍兵士の一人であった。
長年他国からの侵略、魔物の群れの暴走から、王国を守り続けた歴戦の戦士だった彼は、一時期は英雄と呼ばれたこともある。
それほどの男が何故、幼きネイノートを連れて森に籠ったのか。
当時、王国は他国と手を組み連合軍となり、魔王軍との戦争の最中にあった。
ガルハンドも弓兵団を率いて戦争に参加していた。
彼と弓兵団の名は他国にも広まっていて、彼の弓兵団が出撃するだけで連合軍の士気は上がる。
だが度重なる戦に兵も疲弊し、ほぼ使い捨てとなる矢の補給も馬鹿にならない。そのため時を経れば経る程に、戦況は悪くなる一方だった。
このときの弓という武器は、ネイノートが使うような弓とは全くの別物で、離れた敵の大群に対し、大量の矢の雨を放つことで、接近するまでの間に一人でも多く命を奪う事を目的とした武器だった。
戦場で撃つ的は毎回迫る敵の壁だ。それはもはやどこに撃っても当たる状況になる。
故に自然と精密性は疎かになり、代わりに射程距離と威力を重視した物に変化していく。
それは、ネイノートの弓とは比べもにならないほど粗末な弓であった。
やがて魔王軍が少しずつ優勢となる。
危機を感じた連合軍はある国に伝わる禁断の魔法に手を出した。
それこそが『異界勇者召喚の禁術』であり、勇者を呼び出す唯一の方法だった。
五十に及ぶ魔法使いの魔力を使い果たし発動したその魔法は、無事異界勇者の召喚に成功する。
彼の勇者はこの世界には無い知識を持ち、その知識は数多くの規律、兵器を生み出した。
その兵器の一つが『銃』である。
勇者の話を聞き王の命令で作られた試作の銃。その数僅か二十であったが、その銃はある戦地で多大な功績を残し連合軍に勝利をもたらす。
その報せを受けたこの国の王は、当時もはや戦力として数えられなくなっていた弓兵団、その団長ガルハンド・フェルライトの弓と、勇者の考案した銃を比較し、結果弓兵団の代わりに銃兵団を作ったのだ。
そこまで説明したネイノートは茶で喉を潤した。
「父さんは軍を追い出された後、幼い俺を連れて森に入った。国に捨てられた父さんは、弓と共に森で生きることを選んだんだ。弓兵団の事を寂しそうに語る父さんの背中は、ずっと忘れない」
やがて勇者が魔王を倒し、戦争は連合軍の勝利で幕を閉じる。
輝かしい功績を遺した銃は、勇者がもたらした『最新兵器』とされ、尻すぼみに戦場から姿を消した弓は、時代遅れの『化石武器』として表舞台から去ったのだ。
ネイノートの話がそこで終わる。
すると、そこまで黙って聞いていたクロツチが口を開いた。
「大体の話は理解できた。だがそれとパーティーの勧誘を断る理由はどう繋がるんだ?」
彼の疑問は尤もだ、と言わんばかりにカノンカも首を縦に振る。
ネイノートも頷き答える。
「カノンカの武器は剣だ。クロツチは何を使うか分からないけど、弓じゃないだろ?そして銃を使うこともあるかもしれない。もし一緒に戦ったとして、たとえ俺が弓で魔物を倒しても、周りはこういうだろうな。どうせ剣と銃のお零れだろう、と」
それを聞いて二人は納得する。
現在の弓の評判を見れば、話を聞くだけでも二人には容易に想像できた。
ネイノートが弓で魔物を仕留めても、その魔物の死体に剣で出来た切り傷や、銃で撃たれた弾痕、魔法による傷が残っていれば、誰も弓で仕留めたと思わないだろう。
それはたとえ決定的な傷であろうと、弓を認めない者が文句を言わないはずがない。
彼はその可能性を限りなくゼロにするために、パーティーの勧誘を断るといったのだ。
カノンカは顔を顰める。
理屈はわかった。でも…
彼女はどうしてもあきらめきれなかった。
彼の弓の腕は確かであり、ウィンドバードのウィンと共に索敵に徹すれば、旅の安全は確実だろう。
勿論戦力的な理由だけではない。人間的にもカノンカはネイノートを好いていた。
「成程な」
クロツチは腕を組み彼の言葉を反芻する。
まず最初に思ったのは、年の割によく考えている、である。
自分が彼と同じ年のころは、唯我武者羅に槌を振り下ろしていた記憶しかない。
当時の自分を思い出しながらも、ネイノートを説得する方法を模索する。
クロツチはカノンカを信頼していた。
その彼女がこれだけ彼に拘るのには、それなりの理由があるはずなのだ。
好意は少なからずあるだろう。
でもそれだけではないはずだ。
意気消沈する彼女を見ながら、暫し思い悩んだ彼にはある考えが浮かんだ。




