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臆病者の弓使い  作者: 菅原
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獅子王

 クラストとタイロンの力は拮抗していた。

恐るべきはタイロンの身体能力である。

クラストは今、ユオネシオを倒した時と同じで、全力戦闘状態に加え、身体強化魔法を受けている。

その力は前魔王にも匹敵する程であり、魔王、勇者がいない今、渡り合えるものはいない。

ところが暴走したタイロンは、補助も無しにそれと同程度の力を持っているようだ。

人間の眼では到底追いつくことの出来ない速度で繰り返される攻防。

それをサラシャだけが、少し離れた所から見つめていた。


 タイロンは黒の剣を上から振り下ろす。

クラストが横に跳んで回避すると、地面を抉りながらタイロンへと殴り掛かった。

振り下ろした体勢では受けることは不可能。と思いきや、驚異的な身体能力で無理矢理剣を持ち上げると、横に薙ぎ払ってクラストの爪を受けとめる。

 魔鉱石の体をも切り裂いた爪だったが、黒の剣はその爪を持っても傷一つつかない。

一体何で出来ているのか。

その正体は、勇者に倒された魔王の体だった。

牙、爪、骨、それらを精製し作り上げた仮初の体。

そしてその中には、魔王の魂が封印されている。

目まぐるしく振り回されるその剣は、誰にも注視することは出来ない。


 お互いに傷を負いながら戦闘は続く。

クラストの体は自身の力に耐えきれず、筋肉が断裂を起こしていた。

それでも彼は動きを緩めることは出来ない。

タイロンの体もまた、限界を超えていた。

だが暴走しているが故に、そのことを歯牙にもかけず動きは緩まない。

このままでは……

クラストは激痛の走る体に鞭を打ち、歯を食いしばって動かす。

旗色は悪い。

延々と続く攻防に心が折れかけた時、彼を援護する攻撃が始まった。


 飛来したのは一本の矢。

遥か遠く、城壁の上にいるネイノートの狙撃である。

それは、人間では追うことが出来ない筈の速度で動く、タイロンを正確に捉えていた。

タイロンは煩わしそうに迫りくる矢を剣で叩き切る。

 何故唯の人間であるネイノートが彼を狙撃出来たのか。

それはクリスタルホークとなったウィンの眼があったからだ。

神の祝福によりネイノートの眼は今、クリスタルホークの眼と同期している。

猛禽類の眼というのは、そもそも人間の眼の八倍以上の性能を持つという。

更にウィンは魔物であるから、当然その眼の性能は、野生生物のそれとは格が違う。

彼女の眼があったからこそ、人間であるネイノートでも、タイロンの動向を認識することが出来たのだ。


 通常に飛来する矢に加え、巨人を圧倒した、風で矢を操る技を使い、タイロンへの狙撃を繰り返す。

一本目の矢が剣で切り払われた。

その瞬間肩に二本目の矢が刺さる。

三本目の矢が剣で切り払われた時、足に四本目の矢が刺さった。

矢の暴風の中、翻弄されるタイロン目掛けてクラストが襲い掛かかる。

しかしそれでも倒すに至らない。

辛うじてではあるが、全ての攻撃を捌くタイロンに、皆恐怖する。

 だがそれも長くは続かなかった。

何本も飛来する矢に意識を奪われ、クラストの爪を防ぐ剣は鈍い。

一つ、また一つと黒い剣にひびが入っていく。

遂に限界が来たのか……タイロンの体が大きく揺らいだ。

その隙を逃さずにクラストが飛びかかる。



 タイロン様は、心優しき子だった。

魔王様の遺志を受け継ぐ立派な男子。

今の姿も獅子王だった魔王様と似ている。

まさか……その人を我が爪で屠ることになろうとは。

タイロン様は大きく体勢を崩していて、急所が丸見えだ。

今なら苦しませずに済むだろう。

 私は手を振りかぶる。

後はこの手を振り払うだけ。

ふと脳裏に、幼きタイロン様の笑顔が浮かんだ。

(邪魔をしてくれるな!)

その記憶を振り払うように、私は手を振り下ろす。

手に嫌な感触が……



 白き狼の体を黒い剣が貫いた。

心臓のすぐ横。人間であれば即死であろう。

サラシャの叫び声が木霊する。

クラストは自身に起きた事を確認すると、タイロンへ向かって語り掛けた。

「タイロン様……優しき貴方に……このような物は似合いませぬ……」

血を吐きながら、掠れ声で。

更に狼の顔でありながら、無理やり笑顔を作り笑いかけた。


 クラストの意思を察するように、ネイノートの矢が、ひびの入った黒の剣の腹にあたる。

黒の剣は粉々に砕けちり、支えを無くしたクラストはその場に崩れ落ちた。

すぐさまクラストの下へサラシャが駆け寄る。

「クラスト!大丈夫です。今すぐ治癒魔法を……!」

気休めにもならない治癒魔法をかけ、必死に声を投げかける。

だがクラストは助からない。

笑顔を作ったまま、彼の鼓動は次第に緩やかになっていく。


 タイロンは虚ろな目で、死に向かうクラストと泣き叫ぶサラシャを見ていた。

彼の人の心にあるのは後悔と自責。

だが暴走する魔物の血はそれを許さない。

(やめろ!もうやめてくれ!!)

叫ぶ声も無視して魔物の体は動き出す。

眼前の命を狩るために。

だがその時……


「タイロンよ」


 懐かしき声が聞こえた。

いつも夢に見ていた父の声。

タイロンの目の前に、懐かしき獅子王の姿が現れる。

黒の剣に封印されていた父の魂が、依り代を失ったことで姿を現したのだ。

「トウ……サ……マ……?」

獣の声で問いかける。

獅子王は頷き、優しく声をかけた。

「私の思い描く理想の形が、お前達に悲しい思いをさせてしまった」

 タイロンは父に向って手を伸ばす。

だがその手はすり抜け、触れることは叶わない。

精神体であるそれを触ることは出来ない。

黒き虎は、涙を流しながら悔しそうに手を握り締めた。

それを泣きそうな顔で獅子王は見つめる。


 獅子王は涙をこらえ振り向くと、クラストに声をかける。

「クラストよ。苦労を掛けたな、ゆっくり眠れ」

「滅相も……ありません……魔王様」

瀕死のクリスタルウルフは、獅子王の声を聞いて、ゆっくりと目を閉じた。

辛うじて続いていた息も止まり、長き時間に終わりを迎える。

良き友の最後を見届けた獅子王は、次にサラシャへと声をかけた。

「サラシャよ。私とクラストの魂を使い、暴走した者を戻すのだ」

「で、ですが父様……」

「私達が犯した罪は重い。そして罪は……償わなければならない」

言葉の途中に入れた少しの間で、彼は王国に視線を移す。

視線の先には国王。

獅子王は人の王に向かって頭を下げ、謝罪をした。

「人の王よ。我々魔族がとんでもないことをしてしまった。すまない」

頭の中に響くような声。

その声は戦場にいる全ての者に響き渡る。

 魔王の謝罪を聞き、少し悩んだ末国王は口を開く。

「多くの者が命を落としてしまった。大切な者を失った怒りに震える者もいるだろう……だが、それは魔族も変わらぬ。魔族の王よ。まだ私達は、共に歩むことは出来るだろうか?」

それを聞いた獅子王は、優しく微笑むと、サラシャとタイロンをそっと撫でた。



 サラシャは涙を流し、神の奇跡を起こす。

歌を歌うにつれ、優しき父の魂は天へ召される。

父の隣には、父が死んでからずっと一緒にいた、白い狼の姿もあった。

二人は微笑みながら、ゆっくりと姿を消していく。


「愛しき子らに幸多からんことを」


微かに聞こえたその言葉を残して。

「……父様……」

その呼びかけに答える者はもういない。


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