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臆病者の弓使い  作者: 菅原
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魔王タイロン

 巨大な竜巻に驚いたのは王国兵だけではない。

クリスタルウルフと対峙するタイロンもまた、突然起きたその光景に息をのんだ。

あれほど巨大な竜巻を起こす者など、滅多にいるものではない。

舌打ちをしながら、対峙する二人に視線を戻したタイロンは、更に困惑することになる。

クラスト、サラシャもあの大きな竜巻に驚いていたのだ。

(?……新たな援軍ではないのか?)

タイロンは二人が竜巻に気を取られているのをいいことに、自らも目を凝らして様子を探る。

 暫くすると竜巻が止み、吹き飛ばされた雲の隙間から、僅かながらの青空と共に後光が指し込んだ。

そこにいたのは一羽の鳥。

うっすら緑がかったその羽根は、クリスタルウルフのように透き通っている。

魔力に長けた魔物は、体の一部がより澄んだものに変わるという。

ならばあの鳥も相当な魔力を有するだろう。

タイロンが判るのはそれだけだ。


 そのまま様子を窺っていると、その鳥が確かにタイロンを睨んだ。

風に乗って凛とした女の声が響く。恐らくそれはあの鳥の物。

「軍を引きなさい。タイロン」

自身の名前を知っていること、風を操ること、少ないながらの情報から推察するに、あの鳥から、弓使いと一緒にいたインペリアルホークを連想する。

(まさか……進化したというのか!?)

彼の推察通り、その鳥は空間転移ワープによって戦場を離脱したウィン本人。

更に『インペリアルホーク』だった彼女は、『クリスタルホーク』へと進化したのだ。

その名前からも分かる通り、クリスタルウルフと同等の力を持つ種族である。

 驚愕するタイロンに、再び同じ言葉が響く。

声は、クラストとサラシャにも聞こえたようで、二人はタイロンを見つめた。


 クリスタルウルフ並みの強敵は正直辛いが、まだ勝利する可能性のほうが高い。

彼我の兵士の強さは、圧倒的に魔王軍の方が強く、本来の目的である人間の殲滅は、何とか達成出来るだろう。

タイロンは少し迷った末、鼻で笑って言い放った。

「冗談ではない!我らの目的は唯一つ。人間の皆殺しだ!」

「そうですか……」

返ってきたのは悲しそうな声。

だが、その答えが返ってくることを知っていたかのように、取り乱した様子は無い。

その場にいる三人が大空を舞うクリスタルホークを見た時、彼女の背後に黒い塊が出現するのを確認した。

それはまさしく空間通門ゲートの魔法。

この魔法が現す意味は……援軍だ。


 その門から現れたのは、魔物の軍団だった。

ブラッドウルフ、オーガ、オーク……見覚えのあるものから、見たことも無いものまで、多種多様な種族が飛び出し、その数は万を超える。

人型の魔物は多数いるが、人間は一人もいない。

「魔族の援軍か!?ならば『魔血の禁術』で……」

現れた魔物の姿をした援軍を見て、タイロンは笑う。

あれを暴走させることで、更に戦力を強化してやろう、と。

言葉通り、魔血の禁術を使った彼の表情は、一転凍ることになった。

「む……?魔族じゃ……ない?もしかして魔物か!?あんな軍を隠していたのか!」

堪らず叫んだタイロンの驚愕と苛立ちは、眼前の二人に向けられる。

だがサラシャもクラストも、軍団の正体は知らない。

「私達も知りません!計画されていたものならば、もっと早く行動してる筈……」

三人は暫しその様子を呆然と見つめた。



 空間通門ゲートから現れる魔物が少なくなっていき、最後に一匹の魔物が姿を現した。

その魔物の強さは、軍団の中でも別格だった。

 人間の倍程もある赤褐色の体。

頭からは一本の角が生えている。

纏う覇気はただ者ではなく、あふれ出る魔力は辺りの空気を歪ませる程に濃い。

その魔物の名は『オーガキング』。

魔物を従える王に相応しき存在だ。

そしてこの光景を見る人間は誰も知らない。

彼が、勇者と同じ異世界から来た、『転生者』であることを。


 オーガキングは揚々と号令を出した。

「全軍突撃!敵は魔王軍だ!殲滅、無力化しろ!」

辺りに響くのは様々な魔物の咆哮。

それに統一性はなく、だが統制は取れているように感じる。

オーガキングが従える軍は声を上げながら、魔王軍に向かって攻撃を始めた。

その力は凄まじく、瞬く間に戦況を変えていく。

それもその筈だ。

幾ら魔族とはいえ、元々は人間。たとえ暴走して魔物になっていても、その力は本物の魔物より幾らか劣る。

身体の使い方、魔力の制御等々、常に魔物の姿を取る者達に勝てる筈がない。

 彼ら魔族の先祖はそれらを補うように、人間の知恵を使って魔物を退けたのだが、暴走してしまっている魔族にその知恵は備わっていない。

だからこそ、人間の軍に勝てた魔族の軍は、魔物の軍に負ける。

「馬鹿な……馬鹿な!!何故魔物が人間に組するのだ!?そんな事……これまで一度も……!」

タイロンは衝撃を受け、後退りをする。



 どんどんと数を減らす軍を見て、タイロンは呆然と立ち尽くす。

の援軍の力は凄まじく、既に魔王軍と王国軍の力関係は入れ替わっていた。

このままいけば、魔王軍の敗北は確実だろう。

「もう……おしまいにしませんか?」

その声はサラシャのものだった。

優しい優しい声音。

崩れてしまいそうなタイロンは、それに咄嗟にすがりつこうとする。

このままいけば魔王軍は全滅。そして皆殺しだ。

ならば……いっその事降伏を……

「ふざけるな……!」

 その声はタイロンの物ではなく、またサラシャでもクラストの物でもない。

隅で転がる黒い塊。

クラストに切り捨てられた吸血鬼、ユオネシオだ。

「今更降伏なんぞ認めるかあ!!我々の目的は唯一つ、魔王様の復活のみ!タイロン!!さっさと奴らを殺せええ!」

声を出す度に血を吐き、狂人のような眼でタイロンを睨みつける。

その異常なまでの怒り、狂った心は、自らを代償に神の奇跡を起こした。

「穢れし魂よ!私の魂をも飲み込み、眠れる力を呼び起こせ!」

狂った吸血鬼が使った魔法は、『魔血の禁術』。

最後の恨み言を唱え終わったユオネシオはこと切れ、力なく地に倒れ動かなくなる。

 代わりに狂ったような声を上げたのはタイロンだった。

「ウグッ!……ウガアアアアア!!」

整った顔は苦痛で歪み、身体から体毛が伸びる。

全身の筋肉が膨らむと、伸びた体毛は黒と赤でまだらを作っていった。

「兄さん!」

妹の必死な呼び声も空しく。

タイロンは魔物の姿、『ヘリオンタイガー』へと姿を変えた。

二足で立つ黒い虎。

凶悪なその姿で、携えていた黒い剣を握り締めた。


 暴走したタイロンは前触れもなく走り出す。

二足ではあったが、その速度は目にも止まらない。

咄嗟の事で反応出来なかったクラストは、右足を斬られ大きな傷を負ってしまった。

「ぬうっ!?」

浴びたユオネシオの返り血は雨で流れ去ったが、再び透明な毛が真っ赤に染まり、傷口からは血が吹き出る。

 一早く危険から逃れる為、クラストはサラシャの体を咥え、思いっきり後ろに飛んだ。

タイロンの追撃はない。

それを確認したサラシャは治癒魔法を唱えながら、同時に身体強化魔法でクラストを強化する。

 サラシャは魔法が終わると口を開いた。

「兄さん!どうして……父の思いは貴方も分かっていた筈でしょう!?」

返事は……ない。

代わりに黒き虎は、獣の咆哮を上げると、クリスタルウルフ目掛けて疾走した。


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