見えない真意
ユオネシオは剣を数度振り、感触を確かめる。
その後足を二回鳴らすと、彼の足元から真っ黒な狼が現れた。
吸血鬼である彼は、自身の陰から使い魔を作りだすことが出来るのだ。
それに目はなく、鼻や口といったものもない。
全ては主人である彼に同期し、彼の意思の通りに動く操り人形。
黒の狼は白の狼目掛け駆け出した。
クラストは向かってくる黒い狼を鋭く睨みつける。
迫る狼は強くはない。ブラッドウルフにも敵わないだろう。
この程度の使い魔ならば、彼らの戦いにおいて居ても居なくても変わらない。
それはユオネシオも分かっている筈だ。
頭の中に浮かぶ疑問を振り払うように、クラストは前の足を振り払った。
手応えなど何もない。
真二つに斬られた影の狼はその形を崩し、降りしきる雨のように液体となって地面に落ちる。
視界を塞ぐ邪魔者を消してから、前方を見たクラストは目を疑った。
ユオネシオの姿が消えていたのだ。
漆黒の狼を呼び出した目的は、単なる目くらまし。
あれは気を引くために召喚した使い魔だったのだ。
クラストは周囲を見渡す。
ここは視界の悪い森の中ではない。
隠れる所などほとんどない平原のど真ん中。
だというのにその姿が見えない。
ならば狡猾な吸血鬼は死角に入り込んだ筈。
頻りに目を動かすクラストは、突如腹部から嫌な気配を感じ、大きく後ろに飛びのいた。
彼の腹があったところを、黒い剣が通り過ぎる。
そこにあったのはユオネシオの姿。
まるで湖から這い上がるように、身体を地面に半分埋めて剣を突き出していた。
「フフフ、やはりこんな手じゃ傷の一つも与えられませんか」
避けられていながら、彼は不敵な笑みを浮かべる。
雨脚が強くなる中、戦闘は続く。
ユオネシオは四本指の中で、一番戦闘が苦手な魔族だった。
比べる種族が強力すぎるだけなのだが、彼の利点はそもそも強さにはない。
優れた頭脳、汎用性のある特殊能力。
策謀を計ることにおいて、彼の右に出る者はいなかった。
だというのに、先程から彼の使う戦術は変わらない。
影から作り出した使い魔で気を引き、影からの奇襲。
当初は驚いたクラストも、今では疑問しか浮かばない。
(何故本気で来ない……殺すといっておいてその気がないのか?)
ユオネシオの持つ吸血鬼の特殊能力を駆使すれば、もっと上等に戦える筈なのだ。
今使った陰から使い魔を作り出す力、影の中に潜る力に加え、羽根を使えば空を飛ぶことも出来る。
他者の血を吸うことでその力を我がものとし、吸った者の体を意のままに操る、なんてことも可能だ。
クラストが知っているだけでも、これだけの力を持っているというのに、ユオネシオが使った力は二つだけ。
出し惜しみしている可能性も確かにあるが、そんな暇ある筈がない。
彼我の力量差は、ユオネシオが一番わかっているだろう。
必死に考えるクラストへ向けて、サラシャが声をかけた。
「クラスト。彼を早く助けてあげましょう」
サラシャのその言葉で、クラストはあれこれ考えるのを止める。
クリスタルウルフは足に力を込めた。
どんな策も関係ない程の力を。
更にサラシャの身体強化魔法により、その力は跳ね上がる。
吸血鬼が完全に姿を表した瞬間。
クラストは駆けた。
蹴った地面が大きくえぐれる。
手に纏わせた魔力を維持したままの全力戦闘。
それはクリスタルウルフの体を持ってしても容易なことではなく、力に耐えきれない彼の体は悲鳴を上げる。
痛みに顔を歪ませながらも、彼は文字通り、一瞬でユオネシオに迫りその手で薙いだ。
咄嗟の行動に反応など出来ず、ユオネシオはあっけなく胴を切り裂かれる。
大量の血が吹き出て、クリスタルウルフを赤く染めあげた。
自らがした行動の結果なのだが、クラストは大声で叫ぶ。
「何故だ!何故手を抜いた!?」
これでは唯殺されに来ただけだ。
一体何の意味が……
叫び声をあげたクラストへ向けて、地に転がった吸血鬼は笑い声を上げた。
「フフ……フハハハハ!魔王様の為ならば、この命惜しくはない!」
恐るべき生命力。
下半身を無くしてもまだそれを言うだけの力がある。
ならば、放置していてはまた何かしでかすとも限らない。
サラシャに促され、クラストは止めを刺そうと彼の下へ……
「それ以上は勘弁してやってくれ」
サラシャとクラストは弾けるように振り返った。
その声の主は、魔王タイロン。
(しまった!彼奴はこの為に……)
雨の中、悠然と立つタイロンの姿を二人は見た。




