休息
レシュノアとルルムス、レーチェの三人は、ネイノートの小屋で一夜を明かした。
寝台が一つしかなかったのでルルムスが寝台を使い、残りの二人は床にそのまま寝ている。
レシュノアにとっては床で寝ても、これまでの六日間に比べたら相当上等なものだ。
魔物の影を気にする必要もないし、寒くて目が覚めるなんてこともない。
実際ブラッドウルフに襲われてしまえば一溜りもない城壁ではあったが、昨夜の切迫した状態において、彼らが心の安寧を求めるには十二分に役立ったといえるだろう。
夜明けと共に、戸の隙間や窓から差し込む朝日で目を覚ました。
小屋の中には水がたまった瓶もあり、それで身支度をすます。
旅の準備ができるとレシュノアは、戸を開けて外に出た。
二人が後に続く。
「あの人たちを待たないの?」
ルルムスは遠ざかる小屋を見ながらレシュノアに聞いた。
彼は鼻で笑いながら答える。
「はっ、私たち四人でも敵わなかった相手だぞ?二人で何ができる」
レシュノア・C・カエンスヴェルは自分の力に相当な自信を持っている。
事実彼は、貴族の家ならではの英才教育を受けていた。
剣術、魔法共に同世代の平民とは比べ物にならない。
そのレシュノアが何もできなかった相手だ。彼は、ネイノートとその監視する者が生きているとは微塵も思わない。
ルルムスはレシュノアの言葉で昨夜の惨劇を思い出した。
あっという間に死んだルモウドを。
傷口から吹き出る血が、地面を真っ赤に染めていく様を。
彼の助けを求める目が脳裏に焼き付いている。
寝起きだというのに少し具合が悪くなり、思いだしてしまったことを後悔した。
ブラッドウルフの姿を思い出すと、もうあの小屋に戻る気にもなれない。
背後から奴が襲ってくる気がして振り返るのすら怖くなり、足早に小屋から遠ざかるのだった。
カノンカは寝息を立てるネイノートを背中に背負い、彼の家を目指していた。
ウィンドバードも一緒についてきている。
夜は既に明けていて、太陽が顔を出していた。
逃げた三人組はどうなったか分からないが、小屋までの道中、死体がないことにカノンカは安堵する。
やがて家についた彼女は戸を開けて唖然とした。
中は惨憺たる有様だった。
何かの骨が食い散らかされ、果物の種やへたもそのまま地面に転がっている。
何時もは蓋がされていて水が目一杯入っている瓶も、蓋が外れていて中の水が半分まで減っていた。
(きっとあの三人だ……)
カノンカは大きくため息をつく。
監視する者の一人はブラッドウルフに殺されたが、もう一人、女性の監視する者がいたはずだ。
彼女は何をしていたのだろうか。
注意をしなかったのだろうか。
カノンカは彼らの礼儀の悪さに腹を立てながら、ネイノートを寝台に横たえた。
更に時が経ち、日が高くなる。
家の中の掃除が終わったカノンカが、昼食を用意する頃、寝台で寝ていたネイノートが目を覚ました。
「ここは……家?」
状況が呑み込めず辺りを見渡す彼に、ウィンとカノンカは駆け寄った。
「ネイノート君!大丈夫!?」
二者の余りの真剣さに気圧された彼は、首を縦に振ることしかできない。
カノンカはネイノートが気絶してからの様子を大雑把に話した。
「そうか、ウィンが……」
大まかな有様を知った彼は微笑み、ゆっくり優しくウィンを撫でる。
ウィンは気持ちよさそうに目を細めた。
カノンカは無邪気に笑うネイノートを見て、こんな顔もできるのか、と内心で思うのだった。
昼食を取った彼らは、体に痛みがないことを確認しながら旅の準備をする。
弓は壊されてしまったが、ウィンも傍にいるし、緊急事態ということでカノンカも戦うことになった。
ネイノートは幾本かの矢だけを持ち、それ以外は手ぶらで外に出る。
彼は大きく伸びをすると、先頭を切って森を歩き出した。
日も落ち夕闇が迫るころ、漸くギルドの建物につく。
体に異常はなかったが、戦闘によって摩耗した精神は、少しの休息じゃ回復しきれなかった。
建物の入り口には、冒険者ギルドのマスターであるグランドが、腕を組んで仁王立ちしている。
「おお!無事だったか!」
グランドは彼らを見るや否や眼前まで近づき、ネイノートを抱きしめた。寸での処でウィンは彼の肩から飛び立つ。
その膂力は凄まじく、華奢なネイノートの体が悲鳴を上げる。
「いたっ!あたたっ!!」
いつも達観した様子のネイノートが、子供のように痛がる様を見て、カノンカから笑いが零れた。
グランドは一頻り無事を喜ぶと、ネイノートらを順に見渡しながら口を開く。
「レシュノアらに聞いたぞ。なんでもブラッドウルフが出たとか……」
言いかけて彼はその存在に気付いた。
視線の先はウィンドバードのウィンだ。
「ウィンドバードだと?何でこんなところに!」
ネイノートを離した彼は、すぐに腰に差した剣に手をかけた。
多少過剰な反応ともとれるが、長年冒険者をしていたグランドも、相手を甘く見たために痛手を負ったことは、一度や二度じゃない。
その力がいかに弱くとも、魔物には違いない。
殺気を発する彼に慌てたネイノートとカノンカは、すかさず彼の眼前に躍り出る。
「ギルドマスター!この子は敵じゃありません!」
そう叫ぶカノンカに目を白黒させながらも、グランドは警戒をとかない。
厳しい顔をした彼は二人と一羽に問い詰める。
「一体どういうことだ?すべて話してもらうぞ!」
いまだ武器を構え、注意を解かないグランドに彼らは説明を始めた。




