戦いの行方
雲で隠れているが、月が出る時間帯となった城壁の上。
魔王軍の様子を見守るネイノートの下に、カノンカが現れた。
「ネイ君。大丈夫だった?」
笑顔を浮かべながら発したその声の調子から、彼に問題がないことはわかっていたようだ。
「お互い無事で何より」
ネイノートもカノンカの無事な姿をみて素直に喜ぶ。
カノンカは辺りを見渡し足りない存在に気付いた。
「あれ?ウィンちゃんは?」
何気ないその言葉にネイノートは動きを止める。
そして雨が降ってくる空を見上げると、ぽつりと呟いた。
「あいつは……森に帰ったんだ。今頃青空の下を飛び回ってると思う」
深読みすれば最悪の事態ともとれる言葉だったが、ネイノートの纏う空気から、ウィンは安全な場所に飛んでいったのだ、と彼女は捉えた。
意気消沈するネイノートを元気づけるためにも、彼女は言葉を選ぶ。
「そう……じゃあ早くこの戦いを終わらせて、迎えに行ってあげないとね」
少年は驚きの表情を作り、ああ、と返した。
今の状態を見れば、この戦争は完全に負け戦。勝てる可能性は低いだろう。
魔王軍の兵士との戦いでこのあり様なのに、魔王軍にはまだ『タイロン』という切り札がいる。
以前戦った時も相当な力を持っていたが、あれも手を抜いた状態だろうし、魔物化もしていない。
実力は全くの未知数だ。
一方王国軍は、英雄となったネイノートを含む、全戦力といっても差し支えない兵士で戦っていながら、遅れを取る始末。
何十という魔法人形を屠った賢者とカノンカは、治癒薬のおかげで多少魔力を取り戻してはいるが、大魔法を使える量には程遠い。
比較的万全な状態の剣聖こそ、王国軍の切り札といえる存在だが、タイロンと出会う前に何千何万という兵士がいる上、物理に超耐性をもつ魔法人形も残っている。
弓兵団、銃兵団の活躍により兵士の数は勝っているものの、個々の力量差を考えれば、有利なのは魔王軍だろう。
詰みかけている。それがネイノートの見立てだった。
暫くして、二人のいる城壁に伝令兵が現れる。
伝えられるのは、上層会議で決まった最終作戦。
夜明けと共に、今発動している儀式魔法を解き、全軍攻撃を仕掛けるとのこと。
その際、クリスタルウルフとサラシャが先行し、残った魔法人形の殲滅をする。
殲滅が終わるまで、城壁の上の兵士は姿を隠していること。
要約すればそのような作戦が伝えられた。
当然カノンカは、クラストとサラシャの単騎出撃に異を唱える。
「どうして!?そんなの死ねって言ってるようなものじゃない!」
伝令兵に詰め寄り、その肩を掴む。
しかしそれは彼に言っても仕方のないこと。
もう決まった事であり、異を唱えてもそれが覆ることはないだろう。
返事に困る伝令兵に助け舟がだされた。
「私が自ら提案したのです」
響いた声は、戦場に似つかわしくない鈴のような声。
声の方を向けば何時ものように、黒のドレスに身を包んだサラシャがそこにいた。
隣にはクリスタルウルフの姿をしたクラストもいる。
「安心しなさい。死にに行くわけではないのだから」
その威風堂々たる姿に、辺りが俄かに盛り上がる。
士気が上がるのはいいことだ。体の疲労を忘れさせ、剣を振る力を呼び起こす。
しかし……その歓声は、王国軍の動きを魔王軍に伝える声ともなってしまった。
雨曝しの魔王軍にて。
タイロンは一人、優しき父の夢を見る。
彼はいつも周りに笑顔を振りまいていた。
勇者にやられ、今にも死んでしまうという時ですら、その笑みは絶やさなかった。
「タイロン……人を恨んではいけない。きっといつか分かってくれる。その時こそ……」
夢の中で聞く父の声はいつもそこで途切れる。
何故ならその先は、タイロン自らが遮ったからだ。
「何故です!?父様!父様をこんなにした奴らと、なぜ共存しなければいけないのです!」
涙を流しながら父に投げかけたその問いかけに、答えを返すものはいない。
子供の心は純粋だ。故に簡単に善にも悪にも染まる。
恨むのは当然。勇者は無抵抗な父を殺した。
殺すのは当然。ならば私も無抵抗な人間を皆殺しにしよう。
父の優しき笑顔、優しき思いは、愛しき子に届かず。幼子は過ちを犯し続ける。
夢を見るタイロンに向けて、眠りを妨げる声がかかった。
「タイロン様……」
魔法人形を召喚した吸血鬼だ。
タイロンは睡眠を妨害され、少し不機嫌そうに体を起こす。
「なんだ?奴らに何か動きがあったのか?」
「はい。城壁の上で歓声が起きております。そろそろ行動に移るころかと」
タイロンは返事をせず、黒い剣を持って巨大な獣の上に立ち上がる。
周囲を見渡し、静かに佇む黒い軍団に呼びかけた。
「全軍戦闘準備!いつでも動けるようにしておけ!」
魔物の姿をした兵士たちは雄たけびを上げ、その場で足を踏む。
その音は雨音の中、何処までも不気味に響いた。




