突然の別れ
ゴブリンとオーガが進軍を続ける中、ぽっかりと空いた空間に一人の男が立っている。
彼は顔から笑みを消し、背中にある羽を広げ一人呟いた。
「人間とは、なぜああも愚かなのか……」
大きなため息をつくと、魔法の詠唱を始める。
そこには先程の異常な陽気さはなく、口にする言葉も辛うじて聞こえる程度だ。
唱えた魔法は空間通門。
再び空間に黒い穴が出来、そこから魔鉱石の魔法人形が現れた。
「タイロン様の言う通り……注意していて正解でしたね。まさか半分のゴーレムが破壊されるとは思わなかったですよ……フフフ」
次々と現れる黒い魔法人形は、そのまま城壁へと行軍を始める。
半分といった言葉通り、先の援軍と同数程度の魔法人形が姿を現し、続いて別種の魔物が姿を見せた。
現在進軍中の軍でも見かけた狼や蜘蛛に加え、羽根を持ち空を飛ぶ魔物も含まれている。
その数は約二千程だが、全部が魔物の姿を取っていることから、援軍としては十分な戦力だろう。
やがて全てを吐き出した黒い穴は小さくなって消えさる。
行軍する他の種族と共に、吸血鬼もまた城壁を目指しゆっくりと歩き始めた。
城壁ではネイノート、ロンダニア率いる弓兵団。そして多くの魔法使いが戦場へ向けて攻撃を浴びせていた。
今回の陣営は出来るだけ城壁に寄せて展開していた為、魔法使いもギリギリだが攻撃が可能だ。
炎の槍、雷の剣、氷の刃……様々な魔法が魔王軍を襲い、戦力を削っていく。
弓兵団もまた、商人ギルドの助力を得て、数えきれない程の矢を戦場に降り撒いた。
そんな中ネイノートが行っていたのは局所的な狙撃だ。
先程もカノンカを殴ろうとしていた魔法人形の腹部を狙撃した。
直後に起きた空からの落雷に皆騒いだが、カノンカの魔法であることを少年は知っているから、取り乱しはしない。
大空を舞う『インペリアルホーク』、ウィンと視覚共有をすることで、彼の視界は戦場のほぼ全てを捉える事が出来た。
体勢を崩した兵士に殴りかかろうとするゴブリンを射ては、兵士を殺し悦に浸ったオーガを射る。
ネイノートは、命を奪う感触が手に残らないことに酷く安堵した。
矢の補充に現れるソーセインに軽く声をかけながら、彼は延々と矢を射続ける。
唐突に、一人の魔法使いが声を上げた。
「よ……翼竜だああぁぁ!」
声に弾かれたように、上空へと視線を移すと、飛び回る小さな竜を確認した。
小さいといっても火竜と比べた話で、人間の数倍はある。
数にして五十に迫らない位だろうか。
魔法使いに弓使いは、皆揃って大空を仰ぎ狙いを定めた。
キュァアアアア
不快になる高周波に、皆耳を塞ぎ、顔を顰める。
それが五十近くも一斉に合唱すれば、精神は不安定になり、狙撃もままならない。
だが、彼は止まらなかった。
ネイノートは、クロツチから貰った火竜の矢を弓に番えると、打ち放つ。
一つ数えるうちに300もの距離を飛ぶのだ。
これだけ近ければ見切ることなど不可能。
案の定放った矢は、一体の翼竜の翼を引き裂いた。
ギィィィイイ
先とは違くとも、変わらず不快な声を上げながら、翼を失った翼竜は翻筋斗を打って、戦場に落ちた。
落下地点には我らがギルドマスター、グランドの姿があり、待っていました、と言わんばかりに、愛用の剣を翼竜の体に突き刺す。
翼竜も必死に抵抗するが、地に落ちては所詮大きな蜥蜴。
群がる冒険者に適う筈もなく、力尽き唯の肉塊となった。
死体から剣を引き抜き、グランドは城壁に向かって叫ぶ。
「ネイノート!ガンガン落とせ!」
言われるまでもない。
ネイノートは次の矢を番えると翼竜を狙う。
翼竜は数を減らす状況を見て、分が悪いと感じると、城壁から離れるように飛び去った。
多くの兵士は安堵の表情を浮かべるが、ネイノートだけは驚愕の顔で城壁から身を乗り出す。
奴等の狙いは大空を舞う緑鳥。
たかが鳥一羽を狙う理由が分からないが、少年は、魔王が彼女の存在を知っていたことを思い出した。
もしかしたら何か話を付けていたのかもしれない。
「ウィィィン!!」
叫ぶネイノートを嘲笑うかのように、悠々と空を飛ぶ翼竜達は、小さき緑鳥を取り囲む。
焦る気持ちを抑えながらも、ネイノートは矢を放つ。
しかし冷静さを欠いた矢はまともに飛ばず、翼竜の羽の先を掠り地に落ちていく。
ウィンは進化をし、その力もウィンドバードとは比にならない程に強くなっている。
空中戦ならば大抵の魔物に負けないだろう。
例え勝てなくとも、風魔法を駆使すれば逃げることだって出来る。
だが翼竜はまだ二十も残っていて、逃げるための道も糸のように細いものだ。
翼竜は他の竜種より飛ぶことに特化した種族で、ちょっとやそっとの風などものともしない。
翼竜達は球体を描くように旋回しながら、ウィンの周りを飛び出した。
周囲を回る翼竜を見て、ウィンは悩んでしまった。
逃げるのか、殲滅するのか、助けを待つのか。
その一瞬の隙が、明暗を分ける。
ウィンの真上にいた翼竜が、鋭い鉤爪で襲い掛かった。
寸で気づいた彼女は身体を翻し躱す。
そこに二匹目の翼竜が飛びかかる。
翼竜の波状攻撃はウィンの翼を掠り、緑の綺麗な羽根が抜け落ちた。
一回崩れた体制では、もはや躱し続けることなど不可能。
後は嬲り殺しにされるだけだ。
攻撃態勢に入る翼竜達に対しウィンは、せめて一撃でも、と力の限り魔力を集めた。
途端。
ウィンの首にかかっていた首飾りが光を放つ。
それはネイノートから預かった、彼の母の形見。
淡い緑色の光は、瞬く間に輝きを増し、ウィンの体を包み込んだ。
警戒を強めた翼竜は襲い掛かるのを止め、その僅かな合間でウィンはネイノートを見る。
そこには、まるでこうなることが分かっていたかのように、涙を流し、笑顔を浮かべるネイノートの姿があった。
彼は届かなくとも、一人呟く。
「ウィン……幸せにな……」
それは決別の言葉。
彼には見えていた。
遠くから撤退してくる王国軍と、それを追うように進撃してくる魔法人形の姿を。
恐らく……この先は希望のない戦いになるのだろう。
ネイノートはそれを知っていながら、彼女に微笑んで見せる。
緑色の光が一際輝くと、その場からウィンの姿を消し去った。
彼がノゼリエに頼んで、母の形見の首飾りに付与した魔法は、転送魔法の空間移動。
ウィンは今、戦場から遠く離れた安全な地に転移したのだ。
標的が突如姿を消し、慌てふためく翼竜に対し、ネイノートと弓兵団はありったけの矢を放つ。
避ける隙間もない程の矢は、翼竜の翼を貫き、地面に叩き落としていった。
暫くすると、空を飛ぶ翼竜は一体残らず姿を消し、曇天の空からは、彼女が流したであろう涙が降り始めた。




