遂げる願い
国王が呆然と立ち尽くす中、身を隠すようにレシュノアとルルムスは兵士達に紛れていた。
彼の策の最初で最大の難所である事の起こしは、運よくその機会を得た。
レシュノアは隣に佇むルルムスへと声をかける。
「すまないな。ルルにも面倒をかけてしまって……」
いくら図太いレシュノアでも、自身が捻くれた性格だということは知っている。しかし幼馴染であり、特別な存在であるルルムスには、素直に物事を話すことが出来た。
レシュノアの謝罪を受け、ルルムスは呆れたように返す。
「私が私で決めたの。だからノアは気にする必要はないわ。それに……こっちの方が面白そうじゃない?」
その言葉に驚いたレシュノアは、笑顔を作るルルムスから、無表情で弓を持つ少年に視線を移した。
(面白そう……か)
これから起こることにどれだけあの弓使いが驚くのか、あの無表情は何処まで崩れるのか。
その姿を想像して笑みがこぼれる。
「確かに、面白そうだ」
二人で頷き笑い合うと、レシュノアはルルムスに一言、頼む、と告げた。
ルルムスは小さな詠唱と共に魔法を発動させる。
その力により、レシュノアの声は全ての王国軍へと響き渡った。
国王の隣まで飛び出したレシュノアは、大きく手を開き叫んだ。
「俯いている暇はないぞ!戦士達よ!」
その声に誰もが驚く。眼下に広がる三万強の王国兵。賢者に剣聖。そして城壁の上にいる国王にネイノートすらもだ。
突如響いた声は国王の物ではなく、聞いたこともない若い声。
疑問と共に顔を上げる兵士にその声は続ける。
「確かに彼の軍は強大で、我ら最大の味方である『勇者』は行方知れずだ。苦戦は免れないだろう……だが!我々にはまだ英雄がいることを忘れてはならない!」
その言葉を聞き、ネイノートの頭に浮かんだのは二人。
勇者の仲間である『賢者』と『剣聖』だ。
彼の性格なら、私こそが英雄だ、と言っても何ら不思議ではないが、彼もそこまで馬鹿ではあるまい。
人外と名高いS級冒険者である彼女らならば、英雄と呼ぶに相応しいだろう。
そう考えるのはネイノートだけではない。
前衛で佇む二人の周囲にいる兵士は、一様に彼女らを見つめている。
ここで二人のどちらかが、武器を掲げ、声を張り上げれば、王国軍の士気も持ち直すだろう。
だが二人は微動だにしない。
その視線はレシュノアを……そして隣の弓使いの少年を見つめていた。
ネイノートは唐突に、背後から背中を押され驚く。
犯人は矢を運搬していたソーセインだった。
その力はなかなかに強く、静止の声をかける間もなく前方に押し込まれる。
蹈鞴を踏むようにレシュノアの隣まで飛び出ると、レシュノアは笑みを作りネイノートを見た。
しかしそれも一瞬で、直ぐに眼下の兵士たちを見回すと声を張り上げる。
「その者の弓は、1000もの距離を離れたゴブリンの頭を打ち抜く程正確で、迫りくる巨人を打ち崩すほどの剛弓だ!」
国王が立ち尽くしていた時とは、毛並みが違う響きが起こる。
兵士達を取り巻くのは、えも言われぬ期待感、そして上がる声は疑惑と称賛。
「まさか……あの矢を放った人物か!?」
「嘘だろ?まだ子供じゃないか!」
「でも見てみろよ、あの鳥を!緑色の鳥の魔物……噂の神鳥じゃないのか!?」
兵士達はそれぞれ、隣の兵とああでもないこうでもないといい合う。
その中でレシュノアは、ネイノートにだけ聞こえるように呟いた。
「英雄の道の第一歩を歩むお前に、私からの贈り物だ……」
彼は優しく微笑む。
その顔からはこれまでの陰湿な気配は感じられない。
ネイノートは呆然と金髪の少年を見つめ、レシュノアは恥ずかしさからか、一つ咳ばらいをし声を上げた。
「あれを見よ!」
上がった声に皆が顔を上げ、少年が指さす先に視線が集まる。
城壁の上に設けられた広間。
綺麗な石畳の上に緑の服を着た一団がいた。
同じく緑の外套を身に着け、悠然と立ち並ぶ。
そこにはロンダニアの姿もあり、最前部に立つ彼は一つの旗を掲げていた。
多くの兵が金髪の少年から視線を移し、掲げられたその旗を見る。
白地の布に緑の翼。
呆然とその旗を見つめる兵士達の中で、一人が呟いた。
「……ガルハンド……弓兵団……」
確かにその旗に描かれた模様は、王国軍を長き間守り続けた、『ガルハンド弓兵団』の旗印。
レシュノアは全ての兵士がその旗を見た事を確認して続ける。
「彼らこそ!我が国が誇る遠距離部隊!ガルハンド弓兵団である!」
風が吹き、身に着けていた外套がたなびき、弓を握るその姿が露わになった。
若き声の残響が完全に消えるまで、兵士達からはまるで反応が出ない。
かつての栄光は銃の功績に埋もれ、形を失って久しい。
しかし、王国の外。遥か遠方では、彼の功績はいまだに語り継がれている。
一人、また一人と、堪え切れずに拳を天に突き上げその名を呼ぶ。
その声は幾重にも重なり合い、緊迫した戦場の空気を震わせた。
ガルハンド!! ガルハンド!! ガルハンド!!
足が鳴り大地が震える。
沈んでいた空気はどこかへ吹き飛び、辺りは熱気に包まれた。
もはやこの戦場で恐怖に怯えている者など一人もいない。皆力の限り拳を握り、力の限り叫びをあげる。
そんな中、弓を持った少年は、人知れず涙を流した。
かつて国を追い出された男。その男は死してなお、国の……大陸に住む全ての人の心に残っていたのだ。
ネイノートはそっと呟いた。
「父さん……聞こえるかい?皆が父さんの名を呼んでいるよ」
その涙に気付いたのは隣で様子を見ていたレシュノアだけ。
茶化したりはしない。
父を尊ぶその心は、レシュノアが彼に一番共感できる部分だから。
涙する少年は曇天の空を仰ぎ、天にいる父に祈りを捧げる。
ネイノートが腕で涙を拭うのを確認して、レシュノアは叫ぶ。
「勇気ある戦士達よ!ここにいる弓使いこそ!弓兵団の長“ガルハンド”の子息!ネイノート・フェルライト!彼こそ我らが英雄、『巨人殺しの弓使い』である!」
ガルハンドの名を呼ぶ声は、雄たけびとなり、やがてネイノートを呼ぶ声となる。
ここにネイノートの目的は漸く達成された。
父の名は皆の恐怖を吹き飛ばし、弓兵団は十年の月日を経て復活を果たす。
そして……臆病者だった弓使いは英雄となった。
ここからは、彼の新たな道が始まる。




