クリスタルウルフ
新たな狼を前に、カノンカは声が出なかった。
先の戦闘により防具も身体もボロボロで、剣を握るのも億劫だ。
ブラッドウルフを殺した切り札の銃は弾切れである。
勿論銃が有効かはわからないが……
声が出ない理由はもう一つある。
七色に光る狼。
体躯はホワイトウルフとほぼ同じ。
だがその体毛は半透明で光沢があり、光を浴びて七色に輝く。
冒険者の中でも語り継がれる伝説の魔獣『クリスタルウルフ』。
眼前にいる狼の特徴は、その魔獣のものと合致する。
彼女は、かつてギルド仲間から聞いた言葉を思い出した。
「S級冒険者の勇者ですら苦戦する相手だ」
D級に上がりたての彼女では、逆立ちしたところで勝てる筈がない。
座して死を待つのみ。
彼女は恐怖から目をつむった。
「人間よ……」
暫しの沈黙の後、真っ暗な視界の中で流暢な男の声が聞こえた。
明らかに人間の話す言葉だ。
しかしネイノートの声ではない。
恐る恐る目を開くと、犬のように地面に座り首を垂れるクリスタルウルフの姿があった。
「人間よ……申し訳なかった」
カノンカは魔物が人の言葉を話すことに驚愕する。
魔物とは、人語を理解することは出来るが使うことはない。
魔族ならば使うこともできるが……種類は違っても魔族とは、須らく人型の筈だ。少なくともこれまで確認されたものはそうだった。
狼の姿をしているのに喋る不条理に、カノンカの頭はパニックになる。
更に、一瞬で人を殺せる魔獣は、剣も持てない彼女に謝罪をしたのだ。
彼女は理解が及ばず、魚のように口を開け閉めするしかなかった。
クリスタルウルフは垂れていた頭を上げ、順にカノンカ、ウィン、ネイノートと見た。
「人と魔物が共に戦うなんぞ、我はこれまで見た事がない」
少し嬉しそうに感じるのは彼女の勘違いだろうか。
それからクリスタルウルフは赤き狼を見る。
「同類が大変迷惑をかけた。謝って済まされるわけではないが……どうか許してほしい。あの者は魔物の血に負けてしまい暴走してしまったのだ」
クリスタルウルフはブラッドウルフを追いかけてきたようだ。
成程、とカノンカは納得する。
いくら強いブラッドウルフといえど、クリスタルウルフが相手では逃げるしかないだろう。
その逃げ付いた先がこの森の表層だったのだ。
「血に負ける」とか「暴走」とかはよく分からないが、どうやら相手方のいざこざに巻き込まれたようだ。
その理不尽に文句はあれど、言葉にする気力は彼女にない。
彼の気分を害しては皆殺しにされるのがおちだ。
クリスタルウルフは話を聞く彼女の様子から、全てを諭すには時間がかかると察し諦めた。
こんな浅いところでゆっくりしていては、さらなる不幸を呼ばないとも限らない。
そこで彼はゆっくりとネイノートに歩み始める。
カノンカは驚愕と共に身を乗り出した。
いつの間に起きたのか、ウィンドバードはクリスタルウルフの前に立ち塞がる。
『彼は!ネイは殺させない!』
ウィンは、最後にいつ発したか覚えてすらいない魔物の言葉を発する。
これにはやはり、クリスタルウルフも驚いた。
彼もウィンドバードの生態は知っている。
酷く臆病で、間違っても命を張って他者を助けるような魔物ではない。
クリスタルウルフは何回か頷き言葉を発した。
『これは……我と同族だったか』
ウィンにもやはり話は見えない。
疑問符を浮かべる一人と一羽を尻目に、彼は歩を進める。
ウィンは即座に残った魔力をかき集め、風の弾を飛ばした。
クリスタルウルフにとってそれは、容易く避けることが出来るものだ。
しかしその必要もなかった。
風弾をまともに受けたクリスタルウルフは、何事もなかったかのようにネイノートの前に立つ。
「クゥゥ!」
威嚇をするウィンドバードに彼は、宥めるように優しく声をかけた。
「安心しなさい。殺すのではない」
魔力を使い切ってしまったウィンは、碌に身体も動かせず、もがきながら見ていることしか出来ない。
その間カノンカも腰が抜けてしまって、見ているしか出来なかった。
クリスタルウルフは、どこから見ていたのかネイノートの肩に鼻先を近づけると、息を吹きかける。
その息は人間の世界に存在しない魔法。
あらゆる傷を治癒する古代の魔法だ。
見た目に変化は現れないが、ネイノートの体の中では、急速に傷が修復されている。
同じようにウィンにかけると、白い光が欠けた場所に集まり、失った翼も再生した。
「嘘……でしょ……」
信じられない、といったようにカノンカは言葉を失う。
王国で市場に出回る魔法薬の中で、最上位の物ですら欠損個所の治癒は不可能だ。
吟遊詩人の詩に聞く神の涙。究極治癒魔法薬なら全てを治癒することが出来るらしいが、真偽は確かではない。
ここまでの回復魔法は、勇者のパーティーにいる「聖女」でも使えるかどうか……
彼はカノンカにも同様に魔法をかける。
全てを終えた時、ネイノート、ウィン、カノンカの体は動くのに支障がないほど回復していた。
続いてクリスタルウルフはブラッドウルフに近寄り、首のあたりに顔を近づけた。
カノンカは驚き武器を持ち立ち上がる。
(まさか死者の蘇生までできるの!?)
警戒を強める彼女を無視して、彼は穏やかに告げた。
「我が友の魂を救ってくれて礼を言う。ではさらばだ」
そう言い残すと、ブラッドウルフの死体を咥えてクリスタルウルフは森の奥へ消えていった。
後に残ったのは大量の白狼の死体と、放心した少女に小鳥、そして穏やかに寝息を立てる少年だけだった。




