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魔女はお呼びではありません  作者: しろみ
魔女と魔術師
8/15

(あれ? 今、目をそらされた?)


 その反応はどう考えてもおかしいだろう。柚莉が求めたのは単に喉を潤すための水だ。無理難題を言って困らせているわけじゃない。

 しかもトゥーレアスはさりげなく目をそらした後、何か考え込んでいるようにも見える。


「トゥーレアス?」

「……ああ、悪い。すぐに用意する」


 トゥーレアスははっとしたように取り繕うと、正面に向き直り自分の片手を柚莉の前に差し出した。その手の上には何もない。

 しかし柚莉が瞬きひとつする間に、そこにテニスボールくらいの大きさの球体が現れる。

 手のひらから数センチ浮いた状態の、水の塊。


「え、嘘。すごい……!」


 言われなくてもわかる。これは魔法で生み出したものだ。

 服を燃やされた時もベアーを倒した時もトゥーレアスは魔法を使っていた。驚きやら恐怖やらで柚莉はじっくりはっきり見てはいないが。

 しかし今回は違う。柚莉は間近で見る魔法のそれに興味津々で身を乗り出した。


「水は不得手なんだ」


 残念そうに言うが、リクエストに答えて水を出してくれたのだから感謝をしても文句を言うはずがないだろうに。


「これ飲めるのよね? どうやって飲むの? 入れる物とかない?」


 軽く指でさわると水そのものではなく、薄い膜に触れている感触がした。簡単に壊れないようにしているのかこのまま飲むのは難しい気がした。コップ、せめて皿や鍋でもあればと問いかけた。


「入れる物は持っていない。少し力を入れれば中の水に触れることができるしそのまま飲むこともできる。しばらく形を保つように作ってあるから好きなだけ飲め」


 なんだか不機嫌そうに言われる。

 だがこのまま飲めと言われても、口に入る大きさではなかった。両手が空いている状態なら手ですくって飲むことも出来るが、パンはともかく肉は放置できない。

 これに吸いついて飲むしかないのかと思いかけて、ふと思い出す。

 意識が曖昧な時だったが、確かに水を飲まされた記憶がある。あれは現実のはずだ。


「倒れた時はちゃんと飲ませてくれた、よね? どうやってかわかんないけど、同じようにできないの?」

「なっ……あれはっ! お前に意識がないから仕方なくやっただけだ! 出来るかバカ!」

「えっ?」

「……っ、いいから食べておけ! 周りを見てくる」


 トゥーレアスは水の塊を柚莉に押し付けると勢いよく立ち上がり背を向けた。そのまま大股で歩いて離れる。

 振り向きもせず言われたその声が、今まで聞いた中で一番焦っていたように聞こえたのは気のせいではないだろう。 


「なにあれ?」


 柚莉は目を丸くしたままトゥーレアスの後ろ姿を見送った後、ぽつりと呟いた。


「なにか気にさわるようなことでも言ったかなぁ」


 思い当たるものがない柚莉は肉とパンを手にしたまま首を傾げた。

 目の前で漂う水の塊。トゥーレアスの手を離れたのに形を保ち宙に浮いているのが不思議だ。

 柚莉はパンを膝の上に置くと空いた片手を塊の上部へ沿わせた。思いきって力を入れると、わずかな抵抗があっただけで水の中に手が入る。

 それをすくうようにして口をつけると、心地よい冷たさが喉を通り抜けた。


「美味しい……」


 水道水どころかミネラルウォーターとも違う甘い味がした。





 食事を終え、お腹も気分も落ち着いた柚莉がまずしたことは、現状の再確認だった。

 歩き通しで体はへとへとで、本音を言えば休めるものならさっさと休みたかった。地面の上だろうが草の上だろうが、今なら熟睡できると自信を持って言える。

 しかしここで考えることを放棄してはいけない気がした。


 深く考える余裕もなくトゥーレアスに連れ出され、気が付けば人里離れた森の中。右も左もわからない。

 おまけに日も暮れてきて周りはほんのりと薄暗くなっている。

 もしトゥーレアスが戻ってこなかったらと思うとぞっとする。出会ったばかりの彼だけが、今の柚莉の命綱だ。だけど本当に信用していい人なのかどうかもわからない。彼が柚莉に説明した内容も本当かどうか判断できないのだから。


 このまま完全に日が暮れてしまえば柚莉のいる森の中は闇に包まれてしまう。人工的な灯りが途切れない街中でずっと暮らしていた柚莉は本当の暗闇を知らない。

 凶暴な獣も住む森の中。知らない世界。考えれば考えるだけ不安は募っていく。

 死ぬかもしれない。初めて抱く恐怖に柚莉は自身の体を抱え込み腕をさすった。


(元の世界に帰れなくてもまだ死にたくはない、かな)


 柚莉にとって『死』というものは遠い存在のはずだった。外国の話だったりテレビの中の話だったり。だけどこの世界はそれを許さない。かと言って流されて死ぬのは嫌だと思う。

 だったら最低限の目標は死なないことだ。そのためには何をするべきかを考える。


「とりあえずは……話し合い?」


 不機嫌そうなトゥーレアスの顔を思い浮かべた。彼の言い分の真偽は置いておくとして、生き延びるために同行者である彼との歩み寄りは必要だった。

 昼間のトゥーレアスの説明を信じれば、柚莉は彼にとって価値のある存在ということになる。多少わがままを言ったところで殺されることなんてないだろう。


(よし! トゥーレアスが戻ってきたら話してみよう)


 需要と供給、ギブアンドテイクである。

 自覚すらしていないが、柚莉自身が持つという能力と引き換えに安全と生活に必要な物や知識を提供してもらう。トゥーレアスにも悪い取り引きではないはずだ。

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