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「説明を続けても?」
召喚された理由を聞いていたはずが、明らかに違うことに気をとられてしまった。柚莉はトゥーレアスの声に現実に引き戻されて焦った。
「う、うん。お願い」
何事もなかったように再び歩き出したトゥーレアスの姿を見て、こっそりとため息をつく。
(騙されちゃダメだから。この男は誘拐犯、犯罪者!)
見映えのいい顔に誤魔化されてはいけないと気を引き締める。
「それから転移酔いのことだが」
「そう! その転移酔いの事だけど、もしかして私、寝ている間に転移とかしていたの?」
寝入っている間に召喚どころか転移まで。全く覚えていないなんてどれだけ寝入っていたのか。恥ずかしすぎる。
「ああ。召喚した後すぐに転移をした。続けて転移したから体に負担がかかったのだろう。めまいや吐き気がするかもしれないが、しばらくすれば治るから心配はいらない」
柚莉は不覚にも倒れてしまったが、普通ならそこまでひどいものではないようだ。少し休んだ柚莉はすでに回復している。トゥーレアスの言うとおり心配するようなものではないのだろう。
それよりも、と柚莉はこくりと息を飲んだ。
聞かなければならないことがある。
「あの……」
「なんだ?」
「私、元の世界に帰ることって出来るの?」
「……」
その質問に、今度はトゥーレアスが足を止めた。無言で。
しかも一向に振り向きもしない。これは答えを聞くまでもないのではないか。
「トゥーレアス?」
「――――無理だ」
「え?」
「悪いが無理だ。諦めてくれ。帰す方法がない」
トゥーレアスは一気に、まくし立てるように言った。
誤魔化すとか濁すとかいう考えが全くないのか、馬鹿正直に事実を告げた彼の心意気は褒めてもいいのかもしれない。
だが、柚莉もはいそうですかと答えることは出来なかった。
「方法がないなんて、どうしてわかるの」
「召喚の魔法陣は俺のオリジナルだ。だからわかる。帰す方法なんてない」
「そ、そんなのわかんないでしょう? 貴方のオリジナルだからって、他にも考えついた人だっているかもしれないじゃない。専門に研究している人だっている可能性もあるし」
「ユーリ。気持ちはわかるが、ないものはないんだ。調べたから間違いない。召喚を含めた魔法陣をこの国以上に研究している国もない。つまりこの国に存在しない魔法陣はこの世界においても存在しないということだ」
トゥーレアスの言葉は、ほんのわずかな希望も打ち砕く厳しいものだった。
「帰れない、の? 本当に?」
「すまない」
死んだ母親の代わりに家事全般を引き受けながらも、受験勉強をしていた毎日。大変だったがそれなりに両立して上手くやっていた。
当たり前だと思っていた日々。まさか昨日で終わってしまうとは夢にも思わなかった。
仕事ばかりで帰ってこない父と自由気ままな弟たちとも、二度と会えないのだと思うとやはり寂しい。寂しい、が。
(あれ?)
思ったよりもショックを受けていない事に柚莉は気付いてしまった。
特別不仲ではなかったがお互いに干渉しすぎないように生活していたからか。
柚莉が担っていた家事は、器用な弟たちならなんとか手分けしてやっていけるだろう。父親とはここ数年まともに顔も合わせていなかったので、柚莉がいなくなったことにもしばらく気付かないかもしれない。
親が恋しい幼い子供ならともかく柚莉はすでに18だ。成人はしていないが、家を出てもおかしくない年齢である。
高校の友達だって、卒業すれば進路もバラバラで今までのように会えなくなる。好きな人も残念ながらいなかった。
頑張っていた勉強ですら、目標とした大学に入るためにしていたものだ。その大学も自分の学力と好みを考慮して選んだが、なりたい何かがあったわけじゃない。
(こんなにあっさりでいいの? 私)
「ユーリ?」
黙って考え込んでしまった柚莉を、ショックを受けて固まったのと思ったのだろう。
トゥーレアスが眉間にシワを増産して顔を寄せていた。
「ちょっ……顔、近いから!」
柚莉は間近にいるトゥーレアスから慌てて離れた。
「そうか。泣き出すかと思った」
ほっとしたように言われ、愕然とする。
(やだ! そんなに情けない顔してた?)
柚莉は顔に両手を当てて首を振った。
「な、泣かないわよ。小さな子供じゃないんだし」
「……ならいいんだが」
「ねえ、元の世界に帰れない私はこれからどうすればいいの」
この世界に当然知り合いはいない。家もない、お金もない、何もない。ないない尽くしの柚莉が頼れるのは、不本意ながらも目の前の男だけである。
弱音、というよりも愚痴がつい口から漏れる。
「それは……」
「トゥーレアスは私にも魔力があるって言ってたよね?」
「ああ。ユーリは俺以上に魔力を持っている」
「トゥーレアス以上? でもさっきの説明だと使えないって……」
「そうだ」
「魔力があるのに?」
「使えない」
断言される。やはり聞き間違いなんかじゃなかったと、柚莉は項垂れた。
淡々と答えるトゥーレアスの態度にちょっとだけ殺意が芽生えたのは仕方のないことだと思う。魔法が使えないことに落胆したからではない。
異世界万歳、なんて思うほど現実の生活に幻滅していたつもりも異世界に焦がれていたつもりもなかったが、せっかく魔法の存在する世界にいるというのに見ているだけだとは。
(なんて運のない……)
宝の持ち腐れとはまさに今の柚莉のことを言うのだろう。