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ひやりと冷たい何かが唇に触れる。
渇いた口内に広がる水の感覚に、飢えていた柚莉は考える間もなくそれをこくりと飲み下した。
二度、三度と繰り返されるそれ。
ある程度渇きを満たしたところで、水が止まる。
「ん……」
意識は随分とはっきりしてきたが、瞼が重い。
そして浮上した意識と共に、ズキズキとした痛みが大きくなってくる。
目を開ける前に痛む場所に手を当てると、頭に大きなコブが出来ていた。触れたことにより更なる痛みに悶えて今度こそしっかりと目が覚める。
「痛い……」
じんわりと滲む涙越しに、緑の木々が視界に入った。
(やっぱり、夢じゃなかったんだ)
体を起こそうとして手をついた先が地面だったことも、慣れ親しんだ自室のベッドの中でなかったことも柚莉を落胆させた。
目覚めたら全て夢だったというオチはなかったらしい。
「目が覚めたか」
後ろから掛けられた声に反射的にびくりと肩を揺らした柚莉は、そろそろと声のした方に顔を向けた。
そこには険しい顔をした男の姿があった。
(怒ってる?!)
そういえば、男は急いでいる様子だった。
貧血を起こし倒れたであろう柚莉は、足手まとい以外の何者でもない。あれからどれくらいの時間が経ったのかはわからないが、手間を取らせたことは間違いなかった。
柚莉の目は自然と男の腰に下がっている剣に向かう。正直言っていつそれが自分に向けられるのか気が気でない。引きつった顔で男を見上げる。
「なぜ黙っていた?」
「え?」
しかし向けられたのは剣先ではなく、意味不明の言葉だった。
男は近くに腰を下ろすと、責めるような目で柚莉を見た。
威圧感が半端ない男相手になんと答えていいかわからない柚莉は、真正面から男を直視できず目を泳がせた。
はあ、と男がついたため息にびくりとする。男の一挙一動に無駄に反応してしまう。
「怯えているのか」
当然でしょう、と言葉ではなく目で訴えてみる。ただしちらりと一瞬だけ男を見て、だ。
それが伝わったのか、男が片手を自分の顔に当てて空を仰いだ。
「最初の勢いはどうした」
「……」
あれは忘れてもらえないだろうか。
寝起きだったし、自分の置かれた立場が全くわかっていなかった。今現在もよくわかっていないが、男に逆らっては駄目なことくらいは理解している。第一、説明を怠っている男も悪いと思うのだ。
あの時点で泣き出さなかっただけ褒めてもらいたいくらいだった。
「食べろ」
男は俯いて色々と考え込んでいる柚莉の目の前に、手のひらに乗る大きさの赤い果実をひとつ差し出した。
柚莉が無言でそれを受け取ると、男も持っていたもうひとつの実を食べ始める。
柚莉はそれを見て、リンゴにしか見えない実を恐る恐る口にした。噛んだ途端、口の中に慣れ親しんだ味が広がり目を見開いた。口から離し、手元の実を食い入るように見つめる。
見た目はリンゴなのに味はブドウ。これはありなのか。
少々カルチャーショックを受けるが、馴染みのない味よりも美味しく頂けるのだから文句はない。起きてから何も食べていなかった柚莉は、男の気が変わらぬ内にと、黙々と手の中の果実を口に入れた。
「名前は?」
果物を食べ終わる頃、男が今更のように聞いてきた。
やっぱり知っていて誘拐したのではないんだな、とジト目で見る。
それをどう解釈したのか、男はバツの悪そうな顔をして続ける。
「俺は、トゥーレアス。魔術師だ」
「…………柚莉、です」
「ユーリ?」
「ゆずり」
「ユウリ?」
「ゆ ず り」
「ユゥリ」
「……ユーリでいいです」
名前で躓いている場合ではないと柚莉は早々に妥協する。
「あの、トゥーレアスさん」
「トゥーレアス、と。俺は貴族ではないから丁寧な言葉遣いもいらない」
「はい。あ、うん?」
それでいい、というようにトゥーレアスが頷く。
聞きたいことは沢山あった。彼の外見に名前、馴染みのない物や魔術師や貴族といった単語の数々。残念だがやはりここは日本以外の知らない場所なのだろう。
言葉が通じているのは助かるが、それよりどうしてこうなったか理由を聞かなければ。帰る手だてが知りたい。
「体調が悪かったのに、何故言わなかった?」
「え?」
柚莉は驚いてトゥーレアスを見た。
倒れたことを言われているのだと気付いたが、あれは先に歩いていたトゥーレアスを呼び止めなかったというよりも、柚莉自身体調が悪くなったと自覚する前に倒れたのだ。意図して言わなかった訳ではない。
それに説明は後で、と会話すら今までさせなかったのはどこの誰だと問い詰めたい。
「言える状況じゃなかったよね?」
意地悪く言うとトゥーレアスがかすかに眉間に皺を寄せた。
「……悪かった」
「説明、してもらえる?」
「体調はいいのか?」
「多分。貧血っぽかったけど、めまいもふらつきももうしないし。今まで一食抜いたくらいで倒れたことなかったから逆にびっくりしてるかな」
その言葉に何か思い当たるものがあったのか、トゥーレアスは小さく呟いた。
「なるほど。転移酔い、か」
「転移酔い?」
「そうだな。最初から説明しよう。ユーリは歩けそうか? 出来れば説明は歩きながらしたいんだが」
「先を急いでる?」
「ああ」
森の中、草木の生い茂る道を歩き慣れていない柚莉は完全にお荷物だ。
本音を言えばゆっくりと休みたかったし、腰を落ち着けて話を聞きたかった。でも柚莉という連れがいることでトゥーレアスの予定が狂うのは間違いない。
彼の足で進む予定が組まれていたのなら、どれだけロスが生まれるか。かといってトゥーレアスのペースで進まれると柚莉の身が持たない。
今度は貧血ではなく、本気で倒れるだろう。
しかし歩きながら話をすれば、歩くスピードは確実に遅くなる。倒れたばかりの柚莉に無理をさせることもないはずだ。
立ち止まっているより距離も稼げるはず。
何より話の後、遅れを取り戻そうとあれ以上の速度で進まれてはたまらない。
「歩きながらでいいから、教えて」
柚莉は立ち上がると服についた汚れを払った。