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魔女はお呼びではありません  作者: しろみ
魔女と魔術師
3/15

閲覧ありがとうございます!

 柚莉は素早くタンクトップの上からシャツをかぶり、目測通りその丈が膝上にあるのを確認してから、ズボンを履きかえた。

 丈が長いシャツのおかげで、男にお尻を見せる羽目にならずにすんだ。

 これで全てかと見回せば、テーブルの下にある焦げ茶のショートブーツが目に入る。


 男もブーツを履いていたし、ここは部屋の中でも土足でいいのだろうとそれを履く。残念ながら靴下はなかった。

 微妙に大きいが用意をされていただけましだ。さすがに裸足は遠慮したい。

 服も大きめだった。ズボンは紐で締めるようになっていたので落ちはしないが、かなり全体的にダボっとした感じに仕上がった。

 ぴったり肌に密着する服でなかったことは、下着を付けていない柚莉にとって不幸中の幸いである。

 こんなものだろうかとスエットを手に振り返れば、男が手を差し出していた。


「え?」

「渡せ」


 脱いだスエットを言っているのだと気付いた柚莉は、逆らわずそれを恐る恐る差し出した。

 男の手に渡った瞬間、それは大きな炎となった。


「え?! 嘘っ!」


 火の気なんてなかったはずだ。いきなり燃え上がったスエットを柚莉は呆然と見つめる。


「こんなもんか」

「なんで火が……てゆうか、私の服が!」


 火は燃え広がることなく、男の手のひらの上で小さくなって消えた。

 自らの手の上で物が燃えていたというのに、男は熱さを感じている様子もない。


「気に入ってたのに」

「証拠を残すわけにはいかない。行くぞ」


 男はそれだけ言うと、表情を変えることなく扉へと向かった。

 この調子ではまだ説明はしてもらえそうにない。しかしついていくしか選択肢のない柚莉は男の後に続いて部屋を後にした。

 部屋を出ると目の前に小さな台所があった。

 食事をするのかと思えば素通りで外に出てしまう。

 近くに建物らしきものはない。そこは例えるなら、森の中のちょっと拓けた場所に建つ小屋、だろうか。

 

「トイレに行きたいなら裏、手や顔を洗うならそこに水瓶がある。逃げようと思っているのならやめたほうがいい。獣や魔物に襲われて死にたい、というのなら止めはしないが」


 恐ろしいことをさらりと言われ、柚莉は無言で首を縦に振った。

 魔物って何? とか獣に襲われる前にその剣で殺されるよね、とか色々言いたいことや聞きたいことはあったが、柚莉は口を開かなかった。いい加減学んだ。

 起きたばかりでトイレも行きたかったし、顔も洗いたい。

 色々と面倒な予感を感じさせる未来を考えるより、今は目の前の現実である。柚莉は小屋の裏へと小走りで向かった。


 トイレは当然水洗であるわけもなく、それどころか穴……いや、考えたら負けだとすぐに記憶から抹消した。

 水瓶ですくった水で手と顔を洗うといくらか気分もすっきりとした。タオルなんて気の利いたものは出されなかったので服の裾を使う。

 背中の中ほどまである髪は、元々細いが癖のつきにくい髪質なので手櫛でなんとかなった。しかし下ろしておくのも邪魔なので髪をまとめるゴムか紐が欲しいところである。

 それらを終え男の近くに戻ると、男は何も言わずに歩き出した。相変わらず説明不足も甚しい。


(喉渇いた……)


 草木の生い茂る森の中、獣道どころか道でもない道を進む。柚莉も黙って男の数歩後ろについてひたすら歩き続けた。

 平坦ではない地面や草の上だというのに、男はたいして苦労するでもなく進んでいく。一方の柚莉は同じ道だというのに何度も足をとられ転びそうになる。

 男の歩くスピードは予想以上に早かった。コンパスの差も一因だろうが、ついていくのも一苦労で柚莉はほぼ小走りである。


 その状態にもかかわらず、男は一度も柚莉のいる後ろを振り返ることはなかった。

 このまま柚莉がいなくなってもわからないのでは、と思うくらいだ。

 しかし男とはぐれてしまえば、人気の全くない森の中に柚莉はひとりとなる。獣に襲われるというのは脅しかもしれないが、サバイバルなんて縁のない柚莉にこの場で逃げるという選択肢は選べなかった。

 黙々と前を歩く男はいつの間にかフード付きのマントをはおり、持っていた剣を腰に収めていた。手に持っていたのはコートではなくマントだったのかと、ぼんやりと後ろ姿を見て納得する。

 まるで小説の挿絵で見た『冒険者』のようだ。


(そういや、奈緒に借りた本返してなかったな)


 本好きの親友が読む小説のジャンルは多岐にわたっていた。

 特にこだわりのない柚莉は彼女のお薦めを借りてよく読んだ。最近借りた本はライトノベルだった。ファンタジー系の冒険恋愛物である。

 思った以上に面白かったが、あれは現実世界じゃないから楽しめるのだ。

 非現実的な状況に置かれ、柚莉はしみじみと実感する。


 そして、そろそろ認めよう、と観念した。

 男の容姿、周りの状況。彼は柚莉の服を手の上で一瞬にして灰に変えた。手品だと言い張ることも出来るが、違うと頭のどこかでわかっていた。

 この場所は日本ではないのだ。それどころか、多分柚莉の知る世界ではないのだろう。

 頭の片隅で『異世界』という文字がちらついていたのを現実味がないと無視していた。そんな馬鹿な話があるものかと、どこの中二病だと思っていた。


「あれ……?」


 気が付くと、目の前が、地面が揺れていた。

 柚莉は慌てて顔を上げる。いや、上げたつもりだったが上手くいかなかった。ぐにゃりと景色が歪み視界が黒く染まる。

 踏ん張ろうとしたが、足はおろか体のどこにも力が入らない。

 揺れているのは地面ではなく自分の方だと気付いた瞬間、柚莉は意識を手放した。

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