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魔女はお呼びではありません  作者: しろみ
魔女と魔術師
2/15

閲覧ありがとうございます!!

「……おい、大丈夫か?」


 ベッドの上から覗き込む男を涙目で見上げて、柚莉は痛みを堪えながらぐっと色々なものを飲み込んだ。


「――――大丈夫、です」


 柚莉の態度を見た男は、おや、といった様子で片眉を上げた。面白そうに。


「どうした?」

「あの……」


 若干男の雰囲気が変わった気がしたが、柚莉はそれどころではなかった。

 はっきり言って状況がわからない。

 ここは男の家、なのだろうか。

 もこもこしたお気に入りスエットの上下を着た自分の格好を見るに、間違いなく自分の部屋でベッドに入って寝ていたはずなのだ。移動した記憶も移動させられた記憶もない、はず――――と考えて、そういえば誰かに運ばれている夢を見ていたことを思い出した。

 まさか。あれが現実だったということか。


「ここ、どこですか」


 自分で移動した覚えがないのなら、寝ている間に拉致されたと考えるのが妥当なのだろう。しかし柚莉には拉致する価値などないに等しい。

 家族はサラリーマンの父親に、ふたつ年下の双子の弟たちのみ。母親は柚莉が幼い頃に亡くなった。両親ともに庶民以外の何者でもなく営利誘拐は全く考えられない。


 柚莉自身は平凡の範疇に入る容姿と性格で、学校でもその他大勢の一般生徒とひとくくりにされていた存在だ。価値を見つける方が難しいだろう。

 誰かに間違えられた可能性もあるが、状況から見てその確率は低いように思われた。

 しかしいつまでも現実から目をそらすことは出来ない。

 まずは状況把握をしなければ、と唯一の手掛かりである黙ったままの男に対し柚莉は質問を重ねた。


「あなた、誰?」


 もし柚莉に価値がないとわかったら、このまま殺されるかもしれない。そう考えただけで握りしめた手がじわりと汗ばむ。

 対応を間違えたら死んでしまうとか、平凡な女子高生にはハードルが高すぎる。


「……いいだろう。説明はするが、後だ。そこに置いてある服に着替えろ」


 男は柚莉が態度と言葉遣いを変えたことで、その心境の変化に気付いたようだった。安堵したように少しだけ息を吐くと、床に座り込んだ柚莉の横に置いてあるテーブルを指差す。

 その男の様子に柚莉もほっとする。冷静に話し合いが出来る相手のようである。


 柚莉は頷くと痛む背中をかばいながら立ち上がり、テーブルの上に置いてある布を手に取った。

 その間に男はベッドの反対側から降り立ち、置いてあったと思われる荷物を掴んで柚莉の方へ移動する。

 男は思ったよりも背が高い。180センチは間違いなく超しているだろう。

 そして見慣れない服を身につけていた。


 生成りの長袖シャツの上に紺色のチュニックを重ね、幅広のベルトでウエストを締めている。黒いズボンに膝下までのブーツを履き、左手にはバッグと思われる大きな布の塊とコートらしき茶色いものを持っている。

 そこまではいい。ちょっとゲームの登場人物のようなコスプレめいた格好だが、まあ民族衣装と言われれば納得出来る。突拍子もなく違和感を覚える服装でもない、はず。

 柚莉は自分の頭をそうなんとか納得させようとして、失敗した。


「それっ……」


 男の右手に掴まれた物。それに柚莉の目は釘付けになる。日本では実際に目にすることもない、映像や絵でしか見たことのないそれ。

 鞘に入った長剣としか見えない代物に。


「いいから着替えろ」

「…………はい」


 殺される。逆らったら迷わず殺される。

 少し前まで考えていた事が現実味を帯びたものになった気がした。

 それにここは本当に日本なのだろうか、と不安になる。とてつもなく嫌な予感がびしばしとするのは気のせいだろうか。

 手元の布を広げようとして柚莉は自分の手が震えていることに気付いた。


(これも夢だったらよかったのに)


 じんわりと涙が浮かんでくる。夢ならさっきの痛みで目が覚めただろう。目覚めなかったということは間違いなくこれが現実なのだ。

 柚莉は手元の服に視線を落とした。

 服は膝上くらいの長さのシャツと黒っぽいズボンのようだった。どれも生地がしっかりしているが手触りが悪い。下着らしきものは見当たらず直接身につけなければならないようだ。


 下着がわりにスエットの下に着ているタンクトップは着たままでいいだろうか。それよりもブラがない。寝る時はつけない派の柚莉はどうしようかと手を止めた。

 男は近くのベッドに腰掛けて身じろぎせずに柚莉を見ている、たぶん。たぶんというのは恐ろしくて後ろを向けないからである。

 男性、しかも年もそこまで離れていないように見える相手に下着の話をするのは、はっきり言って柚莉には無理だった。


 寝る時には息苦しくて外してしまう下着も、やはり昼間はあった方が良い。大きすぎて邪魔になるほど立派なものではないが人並みにはあるので落ち着かないのだ。

 せめてサラシでもあれば押さえることができるのに、とは思うが代わりになるようなものも見当たらない。

 躊躇している柚莉にしびれを切らしたのか、男が立ち上がる気配がした。


「……っ」

「着方がわからないのか?」

「だっ、大丈夫です! 着ます!」


 近寄ろうとした男を言葉で押しとどめる。

 納得したのか、男はまたベッドに座ったようだ。ぎしりとベッドが軋む音が聞こえた。

 だがしかし。その場にいるということは、彼の目の前で着替えなければならないということだ。席を外す気配もない男に外すよう言うべきかと考えるが、人質扱いで信用の置けない人物から目を離すことはできないのだろうと諦める。

 まあ後ろを向いていれば見えないし丸裸になるつもりはないので平気かと、柚莉は男の視線を感じながらもスエットの上を脱いだ。

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