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ゆらり、ゆらりと体が揺れている。
運ばれているのだと、うっすらと浮上した意識の中で柚莉は理解する。
(ここはどこ?)
そもそも、どこに向かっているのだろう。
全く動かせない手足に、ずっしりと重い体。拘束をされている訳ではないだろうが、何がどうして。疑問ばかりが頭に浮かぶ。
混乱しているのか記憶も定かでない。
確かなのは、自分が誰かの手によって移動させられているという事だけだ。
(それともこれは、夢?)
ぼんやりと意識がありながらも目を開けることが出来ないのも、全く体を動かすことが出来ないのも、記憶がはっきりしないのも、誰かに運ばれているらしいということも。
全て夢。その考えに思い至れば、納得できた。
(……そっか。これは夢。だったら)
夢ならば深く考えなくていい。次に目が覚めた時は、見慣れた自分の部屋なのだから。
柚莉は安心したようにそっと意識を手放した。
*****
誰かに頭をなでられたような気がして、柚莉はゆっくりと目を開けた。
朝日が射し込んでいるのか、部屋の中がとても明るい。いや、明るすぎて眩しい。
「……眩しい?」
柚莉は右手を顔の前に広げ眩しすぎる光から目を守ると、何度か瞬きを繰り返した。
部屋のカーテンはいつも全て閉めて寝ている。朝だから寝坊したからといって、家族が勝手に入ってきて開けていくことはないはずだった。
しかしこの眩しさはカーテン越しではあり得ないものだ。
誰だか知らないが余計なことをしたようである。
柚莉は不機嫌さを隠しもせず大きく息を吐くと、眩しさから逃れるために布団の中の気だるい体を反転させた。
「ぅえ?!」
そして固まった。
「いい加減、鈍いな」
目の前には銀と青という見慣れない色をまとった男が、いた。
正確には柚莉が寝ているベッドの中、そのすぐ横に。
(ななななな、なに!? 誰?!)
柚莉は、はくはくと声の出ない口を開けて閉める。
自分の部屋、しかもベッドの中に第三者がいた、という事もだが、その想像もしていなかった色彩の組み合わせと日本人離れした彫りの深い端正な顔に驚きすぎて声も出ない。
(髪が銀!? 目が青! しかもイケメンとか!)
切れ長の目、通った鼻筋に薄い唇。整ってはいるが甘さよりもどちらかと言えば冷たさを感じさせる顔。少し神経質そうな眼差しをひたりと柚莉に向けた、推定年齢20代半ばの見知らぬ男。
銀色の髪は癖ひとつないストレートで、前髪は澄んだ青い瞳が見え隠れする長さである。ひと房だけ伸ばしているのか、小指程度の太さの髪が右耳後ろで結ばれており、起こした上半身の胸の上からシーツに流れ落ちている。
無表情の顔は冷たさを倍増させているが、イケメン度はかなり高い。
現状を忘れ去って、銀縁メガネがこの場にあれば! なんて超好みに走ったことを考えてしまったのは秘密である。
しかし柚莉の心の中の叫びを知らない男は、呆れたようにつり上がり気味の目をわずかに細めた。
「いつまで呆けているつもりだ?」
「えっ……」
「バカは嫌いなんだが」
ため息まじりにそう呟かれる。
これは遠まわしに、どころか面と向かってバカだと言われている。間違いなく。
耳に残る低い声まで良いだけにとても残念だと柚莉は眉間に皺を寄せた。
「誰がバカなのよ!」
「お前以外に誰がいる。起きたのなら行くぞ」
「はっ!?」
「頭だけでなく耳まで悪いのか?」
「勝手に決めつけないで! そうじゃなくて、あなた誰!?」
柚莉は跳ね起きると抗議しながら男から距離を取った。
そう。よく考えればとんでもない状況である。
見知らぬ男が同じ布団の中に入っていた事とか、一緒に寝ていたらしい事とか、まあ色々と。
寝起きの状態から多少は思考が働くようになって、柚莉は慌てて自分の体を見下ろした。着ている服に乱れはなかったしおかしな感じはしないので大丈夫だと思うが、意識のない間に何かされていたらと考えるだけで青くなる。
いくら見惚れるほどのイケメンでも男は男。警戒するのは当然だ。
そんな慌てる柚莉を見て男は盛大にため息をついた。
「はあ……ったく手間のかかる」
男は呟くと眉間にシワを寄せた。見るからに機嫌は悪くなっている。
柚莉はそれが自分のせいだと気付かないほど鈍くはない。さすがに居心地が悪くなり、男が自分を見ていないことをいいことにそっと目をそらした。
「……え?」
そして今更ながら重大な事実に気付く。
先ほどと違い、柚莉は布団から起き上がり男から少し距離を取っているために視界が開けている。すると当然、今まで見えていなかった周りの物が目に入ってくる。
朝日が眩しいほど室内に入っていたのは知っていた。ただ単に部屋のカーテンを開けていたからだと疑いもしていなかった。
だから。
「ここ……どこ?」
慣れ親しんだ部屋ではなかった。
部屋の大きさはそう変わらないが、全くの違う部屋だ。
呆然と呟いた声が聞こえたのだろう。男がゆるりと顔を上げた。
「なんだ。気付いてなかったのか」
副音声があったなら、やっぱりバカかお前、なんて聞こえてきそうな声色である。
「あの……」
知らない場所、知らない人。
自分の部屋だと思っていたから強気になれたのだ。この場にいるべきでない人間は間違いなく柚莉の方だったと気付いてしまった。
柚莉は無意識に男から離れようとしてベッドの上を後ずさる。
「ひゃっ!」
しかしベッドはそこまで大きくなかった。
背中から床に落ちた柚莉は、衝撃に一瞬息を詰まらせた。