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04 ご近所さんとツッコミ

「お前、俺のこと嫌いなの?」


 休日の昼下がり。

 黙々と宿題をこなしている春樹を頬杖をつきながら眺めていた俺の突然の質問に、


「え?」


 顔を上げた春樹は心底不思議そうに瞬いた。


「……何ですか、いきなり」

「いや、だってよ……」


 怪訝そうに理由を問われてもこっちも困る。


 この日向春樹って奴は俺の近所に住んでいる年下のガキで、まあ、暇な時なんかにはフラッと俺の家に立ち寄ることがある。

 今もこいつの弟の友人が家に来ているとかで、集中して宿題をやるために部屋を貸してくれと頼んできた。

 図書館にでも行けよと思ったが特に予定があるわけでもない俺は、優しさを最大限に発揮して仕方なく了承してやったというわけだ。


 だがこの春樹は案外くせ者で、なんか知らないが俺にはやたら厳しかったりする。

 それが元の性格なら諦めるなり何なりするわけだが、なぜか俺限定だったりするから異議を申し立てたい。


 例えば俺の友達の川岸。

 こいつは春樹との初コンタクトですっかり意気投合しやがった。

 川岸が特に人の心をつかみやすい人柄だってことはないと思う。

 その辺は俺と似たり寄ったりだ。

 だからどちらかというと川岸に対する春樹の態度がやたらと人当たり良くて、川岸も「礼儀正しい奴じゃん」と高評価を下して……。


 それに俺の家族にも評判がいい。

 こいつが遊びに来ると俺の親はむしろ喜ぶ。

 それでいて実の息子を放置かよちくしょうグレるぞ。


 ……脱線した。


 とりあえず、まあ、こいつは基本的に人当たりがいいわけだ。

 これだけなら単に猫を被ってるのかもしれないと疑うが、春樹は弟の面倒見もいい。

 確かに注意しているときなんかに口調が厳しくなるときもあるみたいだが、そんなの誰だってそうだろうし気にするほどじゃない。

 実の弟にもこうなんだから、きっとこいつの性格はそれが本物なんだろう。


 そんなわけでこれらのことから考えてみると――あまり考えたくもないが――俺への態度だけが異質なわけで。


 つまりそれって、俺、嫌われてるんじゃねぇかと思うんだ。

 うん、すっげぇあっさりこの答えは出たわけだけど。

 さすがに簡単に認めたくない事実で目を逸らしたかったんだよ、仕方ないだろ、俺はナイーブなただの高校生だぞ。


「えぇ? 違いますよ、別に嫌いなんかじゃ……」


 ――渋々今の考えを説明した俺に、春樹は目を丸くしながら首を振った。

 すっかり宿題の手は止まっている。

 一応きちんと俺の話を聞いてくれていたみたいだ。

 さすがに流し聞かれたらちゃぶ台をひっくり返したくなるところだった。


「そもそも、嫌いな人の家にこう何度も遊びに来ませんよ」

「そりゃ……でも、漫画が読みたいからとか」

「そのためだけに嫌いな人の家に上がり込みませんってば。そんなことするくらいなら小説読みに図書館にでも行きます。ていうかここにもいい加減漫画ばかりじゃなくて小説も置いてください」

「さりげなく注文つけてんじゃねぇよ!」


 ここは俺の家、俺の部屋!

 何置こうが俺の勝手、自由、フリーダム!

 あ、こいつ舌打ちしやがった。バレてんだぞこのやろう。


「ともかく、違います」

「じゃあ何でだよ」

「何でと言われましても……」

「自覚はあるだろ」


 あれだけあからさまなんだから、と付け加えると、春樹は曖昧にうなずいた。

 やっぱり自覚あるんかい。悪意しか感じないぞおい。


「俺、何かしたか?」

「した、といいますか……」


 さっきから曖昧ではっきりしない。

 そんなこいつの言葉を聞いていたら少しずつ苛立ってくる。


「何だよ」

「あー……」


 視線をさまよわせ、数秒迷い。

 だけど俺は目を逸らさない。

 こうなったら意地でも逸らしてやるもんか。


 そんな熱意が伝わったんだろうか、やや間を置いた春樹はようやくぽつりと口を開いた。


「……僕、ツッコミ派じゃないですか」

「……は?」


 思わず間抜けな声が漏れる。

 え、何。いきなり何言い出してんのこいつ。


「そのですね。僕、反射的にハリセンを取り出しちゃうくらいツッコミ派なんですよ」

「はぁ……」


 今度は俺が曖昧な言葉を返す番だ。

 だけど仕方ないだろう。だって脈絡が分からない。


「それで……コウスケさん、結構はっきり言う方じゃないですか」

「そりゃ……お前らに遠慮なんていらないだろ」

「ええ。ただ、単に遠慮がないというだけじゃなくて……言ったことややったことに対してすごい勢いでツッコミをされるでしょう? それこそ、僕以上に」

「知らねぇけど」

「そうなんです。それでその、そういうツッコミを受けるのが何だか新鮮だったといいますか、物珍しかったといいますか」


 訳の分からない告白をしながらポリポリと困ったように頭をかき、春樹は笑った。


「それで、つい?」

「何じゃそりゃああ!?」


 「つい」であれ!? あの仕打ち!?


「あ、そういうのです」

「あああちくしょう黙れ!」

「そんな横暴な。訊かれたから答えただけじゃないですか」

「ああ言えばこう言う!」


 喚けば、「そうですね」とあっさり笑顔で返してきやがった。

 うわああ可愛くない。

 ていうか現在進行形で助長してんのか、なに、俺のせいなのか!?


「コウスケさん以外にはあまりそういう人、いないんですよ」


 ああそうかい、だから俺だけが、そうなのかい!


 あっさり分かった事実はかなり微妙なものだった。

 俺は思い切り肩を落とす。

 何だろうか、本当に嫌われてはいなかったということが分かっただけでも良かったと思うべきなんだろうか。


「くそぅ……じゃあ俺が反応しなくなったらみんなと同じになるのか?」

「無理じゃないですか?」

「一刀両断にも程があるだろ!」

「だって、ほら」

「ああああ」


 お前がいちいち神経を逆撫でるからだろうがああああ!


 だけど春樹はそんな俺を一瞥して再び宿題に取りかかった。

 こいつ、今度こそ俺より宿題の方が優先事項だと割り切りやがった。


「まだ話は終わってないだろうがっ」

「宿題があるの、見て分かりませんか」

「家でやれよ!」

「コウスケさんには二度説明がいるんですか?」

「この……俺が物わかり悪い奴みたいな言い方しやがって」

「他意はありません」

「嘘つけぇ!?」


 何でこいつは俺をイラッとさせるツボをことごとく把握しているんだろうか。

 そのことが余計に腹立たしい。

 どうにかして負かしたいと力む俺に、春樹は軽くため息をついた。

 呆れたそれ。もしくは、幼い子を諭すような。


「宿題、明日までなんですよ」

「知るかよ」

「コウスケさんとは、宿題が終わってからでもたくさん話せるでしょう?」

「……」


 それはつまり、時間さえあればいくらでも話してあげるから、という。


 どうやら、本当に嫌われているわけではないらしい。

 そのことを理解した俺は、ムスッとしたまま黙り込んだ。


 ……嫌われていないことは分かった。

 それはいい。

 だけど分かったところで態度が改善されるわけでもなく。

 次は「お前、俺のこと馬鹿にしてんだろ」と聞いてみようかと思い……どうせ遠回しに肯定されてまた悔しい思いをするだけだと悟り、俺はヤケ気味に寝転んだ。

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