03 ご近所さんとコタツ
「なあ、買い物に付き合ってくれよ」
「嫌です」
にべもなかった。
きっぱりはっきり断りやがった春樹は無表情で漫画に目を落としている。
おい、お前それギャグ漫画だろ。
せめて笑えよ。
俺がつまらないもの持ってるみたいじゃないか。
……って、いや、今の問題はそこじゃねぇ。
オーケィ、少し冷静になってみよう。
無意味に声を荒げるのは好きじゃない。
こいつのこの態度の妥当性を考えてみようじゃないか。
それが年上の威厳ってやつだ、情けってやつだ。
今は冬休み。
近所に住んでいる春樹や大樹が家に遊びに来ることは度々あった。
普段もそうなんだから、長期休みとくればその頻度は普段よりも少しばかり増えてくる。
大樹の方は友達との約束も多いみたいでかなり遊び回っているみたいだから、それに比べると春樹が遊びに来る方が多いかもしれない。
……こいつ、外で元気に駆け回るタイプじゃないっぽいもんな。
とりあえず遊びに来るのは、まあ、いい。別に構わない。
「俺の家に来るな」なんて意地悪を言うつもりは毛頭ないし、母親はむしろこいつらを気に入っているみたいだから俺が文句を言うわけにもいかなかった。
そんなわけで今日も今日とて春樹は俺の家に転がり込んでいたわけだが……俺が所用で部屋を離れている間に母親は出かけたらしい。
気づけば家の中にいるのは、俺と、コタツで黙々と漫画を読んでいる春樹だけだった。
何となく邪魔すんのも悪いかなと思って声をかけずに俺もコタツに潜り込もうとしたところ……そう、そこで俺は見てしまったわけだ。
テーブルに無造作に乗っている一枚のメモを。
『友と出かけてくることになった。買い物を頼む』
……母親に問いたい。
なぜそんなにも置き手紙がワイルドな口調なんだ。
普段こんな言い方しないだろあんた。
ともかく俺は買い物という任務を負わされたわけだ。
しかも中身を確認してみると、米だとか大量の飲み物だとか、やたらとでかかったり重かったりするものが含まれている。
ここぞとばかりに押しつけやがった。
そういう人だよあの人は!
はっきり言ってその任務を一人でこなすのは荷が重い。
一度に持っていける量じゃない。
男子高校生なめんな、誰でもパワフルなわけじゃねぇんだよ。
買い物に向ける腕力なんて残してねぇよ。他のことでいっぱいいっぱいだよ。
だから、俺は頼んだわけだ。
コタツに漫画を積み上げている少年に、ちょっとお願いをしたわけだ。
……うん、俺、そこまでひどいことしてないよな?
即答で拒否されるほどのことじゃないよな?
大体それ俺の漫画だぞ?
「即答しなくてもいいだろうが! そこは少しくらい誠意を見せるところだろ!?」
「嫌です」
「何も荷物を全部持たせようなんて思ってねぇよ? ちょっとかさばるから手伝ってほしいっていう、たったそれだけのことなんだぞ?」
「嫌です」
「こんの……!」
バカの一つ覚えみたいに「嫌です」しか言わないこいつにさすがにムカッときて腕をつかむ。
力付くで引っ張ろうとしたら、――思いの外がっちりとこたつの足をつかんで反抗してきた。
おいおいおい、どんだけ嫌なんだよ。
こいつは確かに俺の前じゃ可愛くないけど、ここまで頑固だったか?
「お前何なの、マジ何なの? いじめ? 俺に対する嫌がらせ?」
「コウスケさんこそ嫌がらせですか!」
思いがけず鋭く叫ばれてちょっとビビる。
え、何でそんな大声出すわけ?
「な、何でだよ」
「僕が寒いの苦手だって知ってるでしょう!?」
「……」
……あぁ、うん、まあ。一応は知ってたけど。
冬になるとやたらモコモコしだすよなとは思っていたけど。
「大体、僕がどうしてコウスケさんの家に来ていると思ってるんですか」
「は? 暇つぶしじゃねぇの?」
「暇つぶしはコウスケさんの家じゃなくてもできます」
ぴしゃりと答えられて言葉に詰まる。
そりゃそうだけどよ。
でも俺の家にはたくさん漫画あるし、こいつも大体その漫画読んでるし。
気になる本があって通ってるのかなとか勝手に思っていたわけだが……。
そこで俺は気づいた。
話の流れで気づいてしまった。
正直気づかなかった方が少しは幸せだったんじゃないかと思う。
「……おい。コタツが目当てだったとかいうんじゃ……」
「そうです」
「ゴルァ!」
俺の家はコタツレンタル屋じゃねぇ!
ていうかそのためにわざわざ来るとかバカかこいつ!
考えてみれば夏より冬の方が来る頻度高い気がしてきたけど!
そういやこいつ、今日来てから一歩もコタツを出てねぇ。
漫画を積み上げてるのはコタツからいちいち出ないためか。
変なところで頭使ってるんじゃねぇよ。
「家にないんです」
「お前は大樹を見習え! 子供は元気に遊んで来い!」
「凍死します」
「しねぇよ! お前ロシア人とかに謝れ!」
ツンドラに放り投げんぞこいつ!
……おっと、いけない、いけない。
落ち着けコウスケ。今はこいつの助けが必要なんだ。
「とにかく出ろよ。マジで手伝ってくれ」
「嫌です」
「戻ってきたら存分ぬくぬくしてっていいから!」
「いーやーでーすーっ」
引っ張ろうにもコタツの足にしがみついて離れない。
本当に可愛くないな!
イラッときた俺は春樹から手を放した。
諦めたと思ったのか春樹がホッと息をつく。
ふん、甘いなガキめ。俺がこれくらいで諦めると思うなよ……!
「ていっ」
「あっ」
俺はコタツのコンセントを抜いた。抜いてやった。
頑固なこいつが悪い。
俺は丁寧にお願いしていたというのにそれで了承してくれなかったんだから、コタツを使う権限なんて今の春樹にあるはずがないのだ。
してやったりと春樹を見ると、春樹は思い切り悲しそうな顔をしていた。
それはまるで捨てられた子犬のような……。
「……コウスケさん」
「な、何だよ」
「コウスケさんだってコタツ、使うでしょうに」
「あ?」
「……自分を犠牲にしてでも相手を陥れなければ気の済まない生き方って、損するだけですからやめた方がいいですよ……」
「お前、人の神経を逆撫でるの天才的だよな」
大樹の場合は天然で人の地雷を踏みまくることがあるけど、こいつの場合、分かっててやってるからむしろ感心しそうになる。
「ていうか俺は買い物に行かなきゃいけないんだっつーの。ほれ、さっさと立て」
「人に物を頼む態度じゃないです」
「お前は人の物を使っている態度じゃないな」
「ありがたく使わせていただきます、ありがとうございます、それじゃ」
「さりげなくコンセント入れに行こうとすんな!」
そそくさと歩きだした春樹を引っ張り戻す。
そんなところだけ機敏に動いてんじゃねぇ。
「嫌です、寒いの嫌です、凍死します、冬眠します」
「おい春樹、チラシに卵が大安売りってあったぞ。おひとり様1パック」
「……」
「俺の買い物リストに卵は入ってないからー……」
「……」
「俺と行けば2パック買えるな」
「……マフラー、貸してください……」
勝った。
……てか、最初からこうすりゃ良かった。
***
「ううぅぅう寒いです……」
うーわー。マジで震えてやがる。
寒いのが嫌だってのは知ってたつもりだけどここまでだとは正直思わなかった。
いつもグサグサと地味にやられている俺としては、弱みを握ったようで少しばかり嬉しいような、でもやっぱり少しだけ申し訳ないような。
「帽子かぶっとけよ」
仕方なく俺のニット帽を被せてやると、春樹は大人しくされるがままだった。
普段なら気持ち悪いとか言ってきそうだってのに。
だけどやっぱり素直じゃないと言うべきか、帽子を被った春樹はどこか不満げに呟いた。
「……大きいです」
「俺の頭がでかいって言いたいのか!」
「いえ、ただ事実を客観的にあるがまま述べただけであって」
「ああそうかい」
ああ言えばこう言う! こう言えばああ言う!
つうか寒いのは俺も同じだっての。
マフラーも帽子も貸してんだぞ。
しかも一応、こいつの横を歩いてやって風避けにもなってやってるつもりだ。
……ああもう、何が悲しくて……これがカナエだったら喜んでかばってやるのに。
むしろ俺で温めてやるのに。
「……あ」
「何だよ」
「今日、コウスケさんのご両親、遅くまで帰ってこないみたいですよ」
「何ぃ!?」
そこまでちゃんとメモに書いとけよ!
俺の飯は!? 育ち盛りの息子の大切な栄養源は!?
「うちは今日、おでんにしますかねー」
「……」
「せっかく卵も買いますし。大樹、卵好きなんですよね。あとはんぺんと大根……あ、餅巾着……」
「……」
やめろ腹が減る。侘びしくなる。
「……コウスケさんも食べますか?」
「え」
「むしろコウスケさんの家で食べますか?」
「……お前、本当にコタツ好きなのな」
「日本人で良かったなと思う瞬間です」
「まあ、分からなくもない」
大袈裟に頷けば、ずれてきた帽子を被り直しながら春樹が小さく笑った。
その瞬間冷たい風が吹いて、「うぅぅ」と思い切り首をすぼめだす。
……うん、まあ、なんだ。
帰り、おでんの礼に、温かいココアを買ってやらんこともないか。
「あ、カナエさんも呼びますか?」
「やめろ! お前らがいると変な嫉妬される! 誤解される!」
「信用、ないんですか」
「うるせえよ!」