02 ご近所さんと親友
世の中ってのは不公平だとつくづく思う。
「お邪魔すんぜー」
「おー」
家で可愛くないご近所さんと談笑……いや談笑か……?
とりあえず話しているとクラスメイトの川岸がやって来た。
川岸が今ハマっている漫画を俺が全巻持っていることを知って借りに来たらしい。
俺の勉強机(という名のちゃぶ台)にノートやら教科書やらを広げていたご近所さん――春樹が顔を上げる。
「あ……こんにちは」
「お」
春樹の存在を目に入れた川岸は一度瞬き、それからニヤリと嫌な笑みを浮かべてみせた。
こいつの笑みは本当に怪しくて嫌になる。
「何だよ」
「いや、これが例のご近所さんか。死ぬほど可愛くないっていう?」
「……そーだよ」
声は控えめだけど一応本人が目の前にいるんだぞこのやろう。
それを聞かれたら俺がどんな目に遭うか分かってねぇのかこのバカワギシ。
「あの……もしお邪魔なら、僕、出ますけど……」
遠慮がちに春樹が声を挟んでくる。
二人きりの時はもっとえぐるような勢いだってのに。
「んー? いやいや、漫画借りに来ただけだから。それ、宿題?」
「あ、はい」
「あー、歴史か。お兄さんねー、結構歴史は好きだよ」
「そうなんですか?」
驚いた……というよりも嬉しそうに春樹が尋ねた。
その証拠に声のトーンが少し上がった気がする。
俺に向けるあのえげつないトーンはどこ行ったんですかこんちくしょう。
「今どこ?」
「授業の範囲はこの辺からで……」
「おーおー。なかなか地味ながらも渋い面白さがあるよなー。戦国とかみたいに派手なのもいいけどさ、俺、こういうところも逆に歴史っぽくて好き」
「分かりますっ」
「あ、これただの雑談になっちゃうけど知ってる? こいつがさぁ」
「え……」
……。
…………。
いやいや。
いやいやいや。
何でいきなり話に花を咲かせてるわけ?
しかもめちゃくちゃ楽しそうに?
家主を放ったらかして?
その時間は30分くらいのもんだったと思う。
それでも俺は何故だか落ち着かなくて意味なくペンを積み上げてみたり漫画を出してみたり戻してみたり、音楽をかけようかとMP3を漁ってみて結局いい曲が見つからなくてやめてみたり――とにかく何かかしら動いていた。
ほとんど意味はなかったけど。むしろ気疲れしたけど。
「お、こんな時間か」
「あ……何だかすいません」
「いやいや、俺が勝手に喋っただけだから」
「でも面白かったです。ありがとうございました」
「いいえー」
だから何なんだよ、そのほのぼのとした空気?
「コウスケ、俺の漫画は?」
「お前のじゃねぇ、貸すだけだ」
「何怒ってんだよ」
俺はぶっきらぼうに玄関を指差した。
さっき暇だったからついでにまとめておいたやつだ。
結構な量があるけど袋なんて貸してやらん。
こいつの鞄、妙にでけぇし。
変な奴ー、だなんて川岸はヘラヘラ笑いながら俺の漫画を受け取った。
少なくともこいつにだけは変な奴呼ばわりされたくなかった。
だって川岸の方が変な奴だろ。
どこからどう見ても、誰がどう見ても。
「けっこー重いなー」
「そのまま潰れとけ」
「おい、本当に何怒ってんだよ?」
「怒ってねぇよ」
「ふぅん?」
あくまでも軽い調子で流した川岸は、去り際に「あ」と呟いた。
へらりと笑う。
「ご近所さん、どこが可愛くないんだ? 今時にしちゃすっげー素直で礼儀正しいじゃんか」
「たかが高校生が今時を語ってんじゃねぇ!」
背中に蹴りを一発。
むしゃくしゃしてやった。反省はしていない。する予定もない。
「何その理屈!? 意味わかんね、コウスケのDV者!」
「違うわっ!」
「蹴るのは暴力だろ!」
「俺とお前じゃドメスティックじゃねえ!」
「そっちか!」
「思い切りそっちだよ!」
訳の分からない叫び合いをしながら川岸を追い出した後、こっちを見た春樹が「暴力は良くないですよ」と……こう、「もうこの子ったら何度言っても分からないんだから」と母親が聞かん坊の息子を見るような眼差しで言ってきた。
ほんっと可愛くねえ!