01 ご近所さんと誤解
俺のご近所さんには、時々妙に可愛くないガキがいる。
「暇だな」
「そうですか」
「人の家で黙々と漫画読んでんじゃねぇよ。家主が暇だって言ってるんだぞ、なあ」
「そうですね」
「……」
あくまでも淡々と、かつそっけなく返すだけのこいつに顔をしかめる。
漫画を読むのは別に構わない。
だけど話しかけたところで顔も上げやしないというのはいかがなものか。
「そんな態度だと貸さんぞ」
「借りませんよ、重くなる」
「……面白くないのか?」
「いえ、面白いですよ? だからまた読みにきます」
俺ん家は漫画喫茶か。
いやいいけど。面白くないと言われるよりはまだいいけど。
「そもそもこの家に漫画がありすぎるんですよ」
「何だその仕方なく読んでやってますみたいな言い方!」
「いえ別に。というか暇って何ですか」
「聞いてたんかい……」
「聞いてほしくなかったのなら忘れてあげますけど」
ふう、とため息をつかれてムッとする。
ああ言えばこう、こう言えばああ! 何この口の達者な子!
……いけない、いけない。
俺の方が年上なんだからムキになるわけにもいかないからな。
深呼吸、どうどう、どうどう。
「だってすることないだろ」
「待っていたって何も来やしませんよ。それより自分で何か面白いことを見つけたらどうですか」
「えー……お前はなんかないのかよ」
「中学生に頼るんですか……」
「子供の方が発想豊かっぽいだろ」
「すいませんもう枯れました」
「笑えねえ!」
本当っぽくて困る!
こいつ変に大人びてるとこあるし!
「とにかく何でもいいから面白い話とかしてみろよ」
「大樹と同レベルのこと言わないでくださいよ」
「は? 大樹?」
何でこいつの弟と俺が同レベルって話になるんだ。
ていうか俺は小学生レベルですか。
「あー……この前、大樹が風邪引いたんですよねぇ」
「うん? あいつが? 珍しいこともあるもんだな」
「はい。で、その時に何か話してくれってせがまれたんですけど」
……こいつ、俺以外には優しいよな。弟の面倒見いいし。
なに、俺嫌われてんの?
ちょっと……いや結構ショックなんですけど。
俺、これでも面倒見のいいお兄ちゃんねーって近所のおばさんとかには評判なのに。
それ以上にこいつはしっかり者ねーって評判だけどさ。ちくしょう。
ちなみにこいつはきっちりした黒髪で、制服も変にいじったりすることもなくて、ついでにクラスでは委員長をやってるだとかで。成績も実際すげーいいらしくて。物腰も基本的には丁寧ってやつで。
いかにも優等生だ。つまんねーくらいに優等生って雰囲気を出しまくりだ。
だから俺の両親にもご近所さんにも非常にウケがいい。
一方の俺?
聞くなよ。それなりだよ。人生それなりでナンボだよ。
ちくしょうでもカノジョはいるからな! 羨ましいだろばーかばーか。
「コウスケさん?」
「わり、ボーッとしてた」
「歳ですか?」
「やかましいわ! それより大樹にどんな話したんだよ」
「……桃太郎?」
「何で疑問系」
あれ物語の王道じゃねぇか。超シンプルじゃねえか。
多少の言い回しの違いはあったって、そう首を傾げなきゃいけないようなことにはならんだろうが。
「聞きます?」
「言ってみぃ」
「それが人に物を頼む態度ですか?」
「お願いしまっする☆」
「うわあ……」
「ちょっとした冗談だろうが!?」
「気持ち悪かったです」
「やめろ! その極寒の眼差しはやめろ! 外より寒い! 俺が凍える!」
中学生にバカにされる俺何なの? マジ何なの?
俺、これでもこいつより年上なんですけど。
これでもれっきとした高校生なんですけど。
ていうか身長とか体重とか腕力とか諸々は絶対勝ってると思うんだけど。
ただ成績は微妙に自信が……いや何でもない。
「とにかく話してみろって……」
「はあ……。むかしむかし、あるところにおばあさんとおじいさんがいました」
「ほう」
順調な滑り出しじゃないか。つか定番じゃないか。
「おじいさんは退職して念願の年金暮らしを手に入れたつもりだったのですがどういうことか振り込まれませんでした」
「おい待て中学生が語るもんじゃねえし小学生に聞かせるもんでもないだろ」
いきなりきな臭くなりすぎだろうよ。
「おばあさんは怒っておじいさんを山へしばきに行きました」
「おい」
「その後川へ洗濯に行くと大きな桃がどんぶらこ~どんぶらこ~」
「何事もなく戻ってんじゃねぇよ! おじいさんどうしたんだよ!」
「え、そこに食いつくんですか」
「ふつう食いつくよ! 俺超ふつうすぎるよ!」
「いや、おじいさんとおばあさんにとっては日常茶飯事なので詳細はいいかなって」
「日常!? 日常なの!? それおばあさんによるDVだろ!?」
「愛情表現です」
「常套句! それDV者の言い訳の常套句!」
「本当は私だってやりたくないんだ(笑)」
「(笑)つけんなや腹立たしい!」
「ワガママですね」
「ワガママ!? これワガママ!?」
やれやれ、だなんてため息をつかれて声を荒げる。
何で俺が悪いみたいな流れになってるんだよ。
俺、かなり良くやってる方だと思うよ。
「だってひどいですよ。コウスケさんにも分かるように説明したのに」
「お前、俺をバカにしてんだろ」
「そんな滅相もない」
「もうやだお前……。時々妙に可愛くないよな」
「その言い方だと時々は可愛いみたいに聞こえますが」
「あ~? あー……まあ、初めて会ったときとかさー。あと友達といるときとか? そんなときって結構大人しいし、気ぃ遣ってくれるし、そういう態度ならお前だって可愛いと思うけど」
「……うわぁ」
「何だよその気持ち悪いものを見るような目!」
「ような、じゃありません。気持ち悪いと思って見たんです」
「だから何でだ!」
「男子中学生を可愛いとか」
「子供を愛でるのは年上の役割だろ!」
「ははっ」
「見事に乾いた笑い!?」
結構心がえぐれた。俺はがっくりと肩を落とす。
想像できますか。
一見人当たりの良さそうな、人畜無害そうな、そんな男子中学生に可哀想なものを見る目で笑われるこの気持ち。
多分反抗期の娘を持った父親とかに近いんじゃないかと思う。
パパと一緒に洗濯しないで~、みたいな。
うわあ。凹む。めちゃくちゃ凹む。
「なあ、何? お前マジで何なの? 俺のこと嫌い?」
「え? 何でですか」
「だって俺にだけやたら態度きつくないか」
「え……だってコウスケさん、ドMなんでしょう?」
「どこ情報!?」
「川岸さんです」
「あいつかぁあああ!!」
一応は親友だと思っていたのに裏切りやがって! あのバカワギシめ!
「違ぇよ、あいつの言うことなんて真に受けんな!」
「え……」
「何で疑わしげ!?」
俺の方が信頼できるだろ、ご近所さんだぞ、昔だって遊んでやったじゃねぇかよ!
「ところで」
「さらっと話流すな、便所扱いすんな」
「トイレに行きたいんですか? どうぞ」
「お前会話する気ないだろ!」
会話の暴投にも程がある。
大体自分の家のトイレを使うのに何でこいつの許可がいるんだよ。
「いいんですか、トイレ」
「トイレから離れろ」
「いえ、だってそろそろカナエさんが来る頃じゃないかなって」
「……ん?」
「僕も大樹が戻ってくると思うんでお暇しようと思うんですが」
「え、ちょっと待て。何でお前がカナエ……いや、え?」
「……さっき寝ぼけながら電話してたじゃないですか。覚えてないんですか? 待ち合わせ、もうすぐですよ」
「……」
……いや、そりゃさっきまで昼寝してたけどさ。
そのときはこいつも既にここにいて漫画読んでたけどさ。
小説も揃えてくださいよとかやかましいことをほざいてたから無視するついでに一眠りしようと思って……電話は確かに鳴ってた気もするけど……、え。え?
「ちょおお!? 待ち合わせってどこ!」
「いつもの場所でしょう?」
「うあああお前そういうことはもっと早く言えや!」
「そこまですっぱり忘れていることの方がすごいです」
「うるせえ! さっさと出るぞ!」
財布と鍵、携帯電話を突っ込んで家を飛び出す。
春樹はすでに準備を終えていたのかすぐに後に続いてきた。
こういうところは抜け目がないというか、なんというか。
しっかりした奴だとは思う。
いや、しっかりしすぎているせいで俺がこんなに疲れるはめになっているんだろうけど。
「それじゃコウスケさん、ご武運を」
「なんかもうすぐ俺死にそうじゃないか!?」
叫んだが、春樹は気にした風もなくペコリと頭を下げて家の方に歩いていった。
俺はぐったりと肩を落としたい気分に陥ったが、そんな暇はないと気を奮い立たせる。
くそ、カナエを待たせるわけには……!
「コウスケ」
ふいに低い声がした。
――いや、声の高さでいえばむしろ高めの方なんだろうけど、それでもそのときの俺には地を這うような低くドス黒い声に聞こえて仕方なかった。
「か、……カナエ……?」
恐る恐る振り向けば、そこには般若のような表情で俺を見ているカナエの姿。
……うん、俺、鬼退治する前に年金欲しかった。未成年だけどさ。
「え、何で、まだ時間」
「完全に寝てる気配だったから先にこっちに来たの」
読まれてる。
すげぇ、ぴったし読まれてる。
「一人?」
「え?」
「今まで一人だったの?」
「……えーと……」
カナエの迫力に気圧されそうで、思わず息を呑む。
落ち着け、落ち着くんだ俺。
俺ならできる。
やればできる子って小学校の通知表にも書いてた。
落ち着いて考えればきっとこの状況を打開する策が……
一、正直に話す。
二、しらばっくれる。
三、今日のお前も可愛いなとほめて誤魔化す。
……ダメだ、正直に話す以外の勇気がない。
バレたときのリスクが高すぎる。
「……さ、さっきまで友人が」
ボソボソと小さな声で言うと、カナエの眉がぴくりと跳ね上がった。
あああ死亡フラグを回避できる気がしない!
怒った顔も可愛いけどね!?
「またハルキとダイキ?」
「う、や、大樹はいねぇよ!」
「じゃあハルキはいたんだ」
「……はい」
「私との約束は忘れちゃうのに、ハルキとは遊べるんだ?」
「いや、忘れたのはたまたま……!」
「なによ、コウスケのバカ! 私とハルキのどっちが大事なの!?」
「ちょっと待てぇー!? 春樹も大樹も男だ! 名前で分かるだろ、てか前も言っただろ!?」
「コウスケが両刀になったってそんなの知らないわよ!」
「なってねぇよ!!」
浮気するならせめて、せめて女の子とがいいに決まってんだろ!
いやカナエが一番だけどさ!
勝手に俺の性癖を変えるな!
「もうバカ、知らない!」
「ちょ……!」
勝手に勘違いしたのか何なのか、カナエがものすごい勢いで走っていく。
あいつ陸上部だからマジで速いんですけど、俺じゃ勝てる気がしないんですけど。
「な、んだよ馬鹿……」
ちくしょう、泣きたい。
何であんな年下の男が嫉妬の対象に入ってるわけ?
確かに嫉妬深いところもちょっと可愛いなぁなんて思ったこともあるけどさ?
それにしたってカナエの基準、明らかにおかしいだろ、なあ。
だいたい、
「俺には……カナエが一番に決まってんだろうが……!」
ティローン♪
「……」
絶妙なタイミングで奇妙な音がした。
錆びたロボットのようにぎこちなく首を動かして顔を上げれば、――帰ったはずの春樹がいた。
手に携帯電話を持っている。
しかもそれを俺に向けている。
目が合うと、ニコリとそれはそれは優しく微笑まれた。
こいつのコレを見たときにはろくなことがない。
「……おい。何写メってんだよ」
「え? そんなことしてませんよ」
「じゃあそのケータイは何だ」
「ムービーです」
「てめぇっ!!」
さすがに温厚な俺だって怒るぞ、怒っちゃうぞ!?
そう語気を荒げると、春樹はゆるりと笑った。
「また今度、漫画を読ませてもらおうと思いまして」
「わざわざそれ言いに来たのか!? ムービー起動して!?」
いや律儀だけど。
でもなんかそこはかとなく悪意を感じるのは俺だけなんですか。
「それよりカナエさんを追いかけた方がいいと思いますよ」
「あっ!」
言うが早いか、さっさとこの場から走り去っていく。
くそう、今日で一番爽やかな笑顔を浮かべやがって!
だけど確かに間が空けば空くほど気まずくなる。
あのガキの言うとおりにするのは悔しいけれど、俺はとにかく謝るしかないと思い、なけなしの努力をしてみるために走るのだった。
明日は筋肉痛だよちくしょうめ!
**
「春兄ーただいまー!」
「大樹、おかえり」
「あれ、メール中?」
「うん、まあ」
「誰? あ、カナエじゃん」
携帯電話の画面を覗き込んだ大樹が目を丸くする。
「今日、コースケだけじゃなくてカナエとも遊んだのか?」
「ううん、カナエさんとは会ってない。でもちょっと報告しなきゃかなって」
「?」
「これ」
「見ていーの?」
春樹がうなずく前にしっかり覗き込んでいる。
まあいいけど、と春樹は苦笑した。
『送信者:カナエさん
件名:
本文:このムービー、さっきのだよね? ハルキくんありがとー^^ 一番、かぁ……うん、このムービーに免じてコウスケの今回の件はチャラにしてあげよっかな。直接私に言えって感じだけどネ(#`3´) あ、あと今度暇なら大樹くんも一緒に遊ぼう♪ お返事待ってまーす☆』
「だってさ。どうする、大樹?」
「行く行くー。カナエと遊ぶの久しぶりだし」
「じゃ、送っとくね」
手元を見ながら操作をし、春樹はぽつりと呟いた。
「僕らとカナエさんが知り合いなの、いつになったら気づくんだろうなぁ……」
――送信、完了しました。
・春樹と大樹は実はカナエさんと仲良し(コウスケはそのことを知らない)(三人ともあえて知らせてない)
・だけどカナエさんの「私とどっちが大切なの!?」は割と本気
・それでもカナエさんはふつーに春樹と大樹が好きでよく遊ぶ。不思議な関係。楽しいからおk
こんな感じでまったりと書き連ねていこうと思います。
よろしくお願いします。