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「おい、茶は?」

「この家にはお茶なんて嗜好品置いてないよ。あるのは水か白湯。お茶が飲みたければ自分で買いな」

「失敬な奴だ。この竜胆をぞんざいに扱うとは。信じられん」

「この竜胆をって言われてもぼくにはどの竜胆さんかわかりません」

「なんと失敬な人間だ。わたしはとある山を治める狐であるぞ。人間風に言うのであれば神だ。その高貴なわたしに不敬な態度をとるなど言語道断。しかし今なら許してやらんこともないから早う茶を出せ」

 鷹揚に「ほれ早う」とせかす神(仮)――竜胆に聞こえるよう、夜里はわざと大きなため息を吐いた。

「悪いけど、ないものはないんだよ。ぼくは普段からお茶は飲まないし、お客さんも滅多に来ない家だから置いてないんだ。だから白湯で我慢してください」

 なぜ不審者にこのように丁寧に対応せねばならないのか疑問に思いつつも、竜胆の反応を待つ。

 竜胆はしばらく無言でマグカップを睨み付けていたが、観念したようにマグカップを持ったのだった。

「それで、竜胆さんは本当にさっきの狐なの?」

「無論。わたしは無駄な嘘はつかん」

「証拠は?」

「証拠とは? わたしが言うのだから真実に決まっておろう」

 随分と尊大な態度である。自分が不審者であるとは微塵にも思っていないようだ。

「あなたには真実でも、ぼくにはそうじゃない。だから、あなたがさっきの狐だということを証明してほしい」

「…疑り深い人間だ」

 疑り深いも何も…と思いつつ、夜里は相手の出方を待った。

 狐が人になったなどとは俄かには信じがたいことだが、実際のところ先ほど拾った狐は部屋のどこにもおらず、代わりにこの不審者がいるので半分は信じている。もう半分は、狐が人になるという超常現象を認められないのである。

「致し方ない。よう見とれ」

 竜胆は徐に立ち上がると、目を閉じた。途端、体が光りだし、夜里は眩しくて目を細めた。

 しばらくして光が収まり目を開けると――

「――は?」

 そこには体長二メートルを超える白い狐が鎮座ましましていた。

「む。少しは体が戻ったか」

「え? なんで?」

「精気が戻って元の大きさに戻りつつあるようだ」

 淡々と狐が竜胆の声で説明する。戻りつつあるということは、本来はもっと大きいのだろう。シングルベッドが獣の躰ですっかり覆い隠されてしまっている。

「…ちょっと人の形に戻ってもらえる?」

 あまりにも非現実なことを目の当たりにして少々頭が痛くなってきた。

「どうだ。これで信じる気になっただろう」

「…」

 先ほどと同じく光を纏いながら人型に戻った竜胆は、首をかしげながら夜里を見つめている。

「まだ信じられぬか?」

「…いや、信じるよ。というか、信じざるを得ない」

「そうだろう。しかしこんなに早く精気が戻るとは思わなんだ。お前は清浄な空気を纏っているのだな」

「どういうこと?」

「そもそもわたしがあのような汚らしいところで朽ちかけていたわけを話そう」

 はるか昔、まだ人間が地球を支配していないころ、竜胆はただの小さな獣だった。自然豊かな山に住んでいて、自由気ままに生きていた。竜胆は周りで時を共有している他の動物たちと違う存在であると気づいたのは、周りの動物たちが年老いて朽ちていくのを見届けることが多くなってきたころだ。自分よりも若い動物たちが、自分よりも早く年老いてこの世を去っていくのを、竜胆は何度も見送ってきた。それは人が誕生し、社会を築き上げ始めたところでようやく、自分は年を取るのが遅く朽ちない、または朽ちるのに時間がかかる生き物だということに気付いた。そのころには全長四メートルを超える身体になっていて、人々から山神だと崇められた。時折、血気盛んな若者が事もあろうに竜胆を狩りに山にやってくることもあったがすべて相応の罰を与えて退けていった。

 そうして数千年を生きてきた竜胆だったが、ある時代から人間が信仰心をなくし棲む山を開拓され人間たちに壊されてしまった。動物たちに囲まれて賑やかだった周りもいつの間にか静かになっていて、欲にまみれた人間たちに棲み処を奪われ竜胆はどんどん衰弱していった。このまま自分は朽ちてしまうのかと思いつつ山を追われ、あてどなく彷徨っていたところに夜里に拾われたのだった。

「神力が弱っていたからあのようなか弱い姿になってしまっていたが、どうやらお前のまとう精気は清浄で知らず知らず取り込んでいたようだ。わたしが元の大きさに戻るのも時間の問題だろう。お前には感謝している」

「…はあ」

 夜里はあまりにもスケールの大きい話についていけず、生返事をした。

「とりあえず元の大きさに戻るまでお前のそばにいようと思う」

「はっ?」

「その代わり、お前に私の加護をやろう」

「え、待って、一緒に住むつもりなの?」

「そうだが? 駄目か?」

 じっと竜胆の瞳に見つめられ、夜里は竜胆の瞳が金色がかった飴色をしていることに気付いた。澄んだ瞳をしている。

「今はまだすべての力が戻ったわけではないが、お前ひとり加護をやるくらいの力なら充分ある。お前にも悪い話ではないだろう」

「はぁ…まぁ」

 といっても加護がどういうものかはわからないが、このまま竜胆を外に放り出すのも気が引ける。恐らく今の世間を全く知らないであろう美青年が、雑多な東京の街をふらふらとしていたらどこかの悪い男や女にいいように扱われてしまうだろう。

「わかった。加護がどういうものかよくわからないけど、僕の部屋でよければいてもいいよ。ぼくが直接関わったわけじゃないけど、竜胆が山に棲めなくなったのはぼくら人間のせいだしね」

 正直、一人暮らしに少々寂しさを感じていたところだったので、同居人が増えるのは少しありがたいことだった。

「それじゃあ今日からよろしくね。ぼくのことは夜里って呼んで」

「ヨリ」

「夜の里って書いて夜里」

「夜里」

「うん。よろしく、竜胆」

「ああ、夜里」

 シニカルな笑みを浮かべた竜胆に、夜里も笑みを返した。


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