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アンドロイド・イヤーツー1・西暦2036年

 11歳の誕生日、サイ・メイブリックは車に揺れながら考える。

 何せ自分自身がバックに入れられていて、大型車の後ろで寝かされているために視界は真っ暗だ。考えるにはもってこいの環境だ。

 考えるのはこの先どうなるかということ。

 このまま死ぬか、運良く生きるかだ。

 サイには考え込むと時に爪を順番に噛む癖があった。親指、人差し指、中指、と順番に噛む。

 

「クソッ!コイツの親はろくに電話に出ねえんだ!息子が誘拐されてんだぞ!」

「偶に繋がるから番号が間違ってるわけじゃないと思うんですが」


 運転席と助手席からサイを誘拐した二人組が話しているのが分かった。

 そんな二人の言い争いを聞きながら、サイは少し誘拐犯に同情した。

 彼らは運が悪い。サイの両親は自分の息子のために身代金を払うような大人ではなかったのだ。

 誘拐犯の二人はサイの体を調べてみるべきだった。そうすれば、体中の親につけられた傷や火傷を見て、サイの値段を察することができたはずであるというのに。

 

『この後は価値がなくなったとみて、適当な場所に捨てられるか、それとも殺されるか』


 それらの二つを比べてどちらも嫌だな、といった感想が浮かんだのと同時に、どちらでもいい、とも思った。

 サイとて死ぬのは嫌だった。だからといってこのまま家に戻るのも嫌だった。

 両親のことを他人に話して見ても、皆話を聞いた後、目をそらしながら


『サムの坊や、それはきっと気のせいなのよ。他の誰にも一手は駄目よ』


 と同じことを繰り返すばかりだった。そんなに父の権力が怖いのだろうか。

 息子の尻の穴が大好きな父親も、庇う振りばかりしている母親も好きではあった。だがやはり痛いのは嫌だ。

 運転席の二人の会話が次第に小さくなる。だとしたら殺す方向に話を進めているのだろうか。

 薬指の爪を噛み、小指の爪を噛んだ。

 突然情報から大きな音がした。車の屋根がへこむ音だ。

 

「何があった!?」


 車が急停止される。

 そして近くで人が着地する音がした。


「何だてめえ!」

「コスプレごっこならコミコンでやん――っがあああああああ!!」


 車の扉が開く音と共に、誘拐犯たちの悲鳴が通りに木霊した。それに混じり電撃のような音も。

 しばらくの静粛が続いたのち、車の後方が開かれる。

 そして鞄が開かれ、サイの視界に光が戻った。

 彼は目を擦りながら、襲撃者の顔を見た。

 女のようだが、顔面を何か金属でできた平たいマスクのようなものをかぶっていて、顔は見えない。

 マスクのようなものには五つの目のようなカメラが付いており、それぞれ不均一に動いていた。

 腰にには様々な武器をぶら下げている。

 女はサイの顔を確認した後は、右方向を指さし、「警察を呼びましたから、ここで待ってください」と言った後、背を向けてその場を立ち去ろうとした。


「ま、待って!!」


 サムは慌てて、鞄からで、彼女を呼び止めた。


「助けてくれたの?」


 女は機械的な動作で振り向いた。無機質な五つの目が同時にサムを見つめていて、不気味であった。


「不満そうですね」


 女の口からボイスチェンジャーで替えられた声が発せられた。

 不満?そうだろうか……とサムは胸に手を当てて考える。

 確かに家に戻るのも嫌ではあったが、死ぬのもいやであった。だったら一応目の前にの女には感謝すべきかもしれない。恐らくヴィジランテだろうが、たかだかそんなものに、家族の問題を解決してなど多くを求めるのは高望みと言うものかも知れない。


「もしこれ以上何かしてほしいのであれば、ここに連絡をください。お安くしておきますよ」


 女は名刺のようなものを飛ばし、煉瓦の石畳の隙間に立たせた。


「有料なの?」

「別に無料でも構ないんですが、匿名であろうがお金をもらって何かすると、それなりの信用に繋がるんですよね。裏業界でもね」

 

 言い分けとも事実ともつかない口調で女は言う。


「いや……いいよ。自分で何とかする……」

「そうですか」


 あくまでも淡々と女は答える。


「ああ。お礼を言ってなかったよね。ありがとう。それで名前はなんていうの?」

「名前?……名前」

「ヴィジランテとしての名前ってあるでしょ」


 彼女は空を見上げた後、耳に手をやった。誰かと通信しているのだろう。

 首を振った後ヴィジランテは答える。


「アンドロイド」


 サイはその場で転びそうになった。恐らくだが、通信相手は違うことを言っているのではないだろうか。


「まんまじゃないか……それは『サイボーグ』的な?」

「スーパーマンだってそのまんまですよ」

「それはアンドロイドの代表になるつもりなの?」

「そうではありませんが」


 話はこれで終わりとばかりに、『アンドロイド』は振り返り、かけていった。

 ただ一枚の名刺を少年に残して。


 ◇ ◇ ◇


 サイ・メイブリックはエディンバラの郊外にある、部屋が20個ある程度には大きな家に住んでいた。

 彼は待っていろ、というアンドロイドの言葉を無視して、自動運転の車で家に戻っていた。

 門を開け、家の中に入ると母親がさぞ心配していたという顔でサイを迎え入れる。


「ああ!ああ、よかったサイ!本当に、本当に心配していたんだけど、お父さんが警察呼ばなくていいって言うから。私は呼んだ方がいいって言ったんだけどね……。でもお父さんが要らないって言うから……怪我してない?」

「してない」


 サイは母親を無視して、自分の部屋に戻る。

 様々な機械工具が散らかって折り、足を踏み入れる隙間も少なかった。

 予備のカードフォンを机に挿す。すると空中にモニターが現れた。

 文書作成ソフトを開き、キーボードをたたき始める。

 彼が書いているのは日記のようなものであり、小説のようなものであり、計画表のようなものでもあった。

 一人の快楽殺人者の手記という体裁で書かれており、10人の老若男女を惨殺したのち、その街の不殺のヒーローに手違いで殺されて終わるという内容であった。

 だが一つの問題があった。その殺人を始める理由だ。

 悪党の誕生と言うものは劇的でなくてはならない。

 断じて親に虐待をされていたので、反発して殺したなどという陳腐でありふれたものではあってはならない。

 だが少年は今日理由を手に入れた。


『少年は今日美しいヒーローと出会い助けられ、魅せられた』


 サイはそう書きだした。

 悪くないのではないか、とサイは思う。

 自分を救ってくれたヒーロを越えるために殺人を犯す。事が終わった後、ヒーローは自分が少年を救ったことにより、幾人もの人が犠牲になったことを知る。

 陳腐ではあるが、自身の美学には反しないものであった。

 それではさっそくことに取り組む必要がある。サイは腕の関節部を捻り取り外し、床に落ちていた大きな金属製の腕に取り換えた。そしてもう片方も同じようにする。脳内に腕力を増強するための違法アプリケーションをインストールし、何か言っている母親を無視し、家の外に出る。

 まずはガレージに止めてある誘拐犯の車に向かう。中で縛られている男たちの口を封じなくてはならない。しかし、死体が見つかっては駄目だ。誘拐されて反射的に殺したというのも、美学には反するので、死体は上手く隠さなくてはならない。

 第一の犠牲者はなるべく自分に全く関係のない者がいい。さて誰が言いだろうか。

 そんなことを考えながら、未来の殺人者は、車のメインコンピューターをハッキングしたのち、夜の街へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 メグが失踪してから1年の月日が経過した。

 あれから何度か警察が様子を見にきたが、あまり本腰を入れて調査をしている様子は見受けられなかった。私にメグのことを聞きに来た刑事は、彼氏でも出来て、一緒に駆け落ちでもしているのだろう、といった表情を浮かべていた。あそこまで顔に出るタイプであるのなら、刑事の仕事はあまり向いていないのではと思ったが、それを言うのは余計なお世話ではあるだろう。

 無論ストーカーの被害にもあっていたことを話したが、彼らのやる気にはつながらなかったようだ。

 アビーも消えたメグのことは気になるようで、私達の探偵活動にも偶にに協力してくれるようになった。

 ただ彼女に売春宿での学生証の保管方法を聞いたところ


「そりゃあもう、大切な物であるし、肌身離さず持っているよ」


と、腹部のハッチを開けて見せてくれた。そこには学生証があった。

 アビーには同時に、私が個人的にやっているヴィジランテの活動も支援をしてもらっている。手伝ってくれている理由は『友人の頼みを無下にはしないよ』とのことだった。一応協力両は払っていた。

 ヴィジランテとしての装備は、大体チャイナタウンのジャンク屋で揃えた。

 前に五つ、後ろに二つつある、計七つのカメラをつけたマスクで、同時に多方向を見渡すことが出来た。

 手には直接テーザーガンを発射できる機能を、腰には照明弾や、催涙弾を常に装備していた。

 街のあちこちに虫型ロボットを飛ばせ、何かあったらすぐに出動できるようにしていた。

 そうして今現在に至り、今日も誘拐の邪魔をした、というわけであった。


 ◇ ◇ ◇

 

 誘拐犯を放置したのち、私はアビーの車に乗せてもらい着替えたのち、寮に戻ることにした。

 今回は例の車ではない。流石にクラシックカーは今回のような場合には目立つ。


「いやいや、お疲れさん。今回は特にアクシデントもなく上手く解決出来たね。これも私のサポートがあってのことかな?」

「そうかもしれませんね」


 私は雲間から見える、朧に揺れる赤い夕陽を眺めながら、運転席のアビーに半ば上の空で答えた。

 ラジオからは古い探偵ドラマのopの曲が流れていた。


「何だか気のない返事だね。考え事かい?」

「私は常に物事を考えながら行動していますよ」

「それはもしかしてキザな言い回しなのか?」

「別にそうでもないです」


 アビーがハンドルを切り、体が大きく傾く。

 運転は上手いのだろうが、それと同時に荒っぽさも目立つ。

 周りは自動運転の車ばかりなので、特にだ。


「やっぱり今日助けた少年のことが気になるかい?」

「そうですね。なんだか死んだ魚のような眼をしていましたし」

「だから連絡先を教えたんだろ。勿論、仕事用のだし、あれから私達を割り出すのは難しいだろうけどね」

「しかし振られましたがね」

「冗談はさておき、君は割と助けられなかったものにはシビアな反応をしてたように記憶しているが」


 そうだっただろうか。確かに私は人助けを八つ当たりと称していた。


「……それもそうですね」

「……実を言うと八つ当たりと称するのは怖いからじゃないか?」


 私は景色を見ていた視線を、アビーに移した。目を細めて彼女を見つめる。


「というと?」

「ヒーローじゃなくヴィジランテを名乗るのも怖いからじゃないのかい?ラナは虫型ロボットを買った時、多くの人を救えるということが頭に浮かんだ。しかしその救うためのプランを実行しなければ、自分のせいで多くの人が死ぬと」

「そこまで考えていませんよ」

「しかし現にヴィジランテとなった」

「わかる範囲で出来る限り助けているだけですよ。出来る範囲で」

「出来る範囲が増えるとどうするつもりだい?……全部助けるのか?ああ、いや」アビーは首を振った「よそう。責めたいわけじゃないんだ。まあ君ならある程度融通は効かせられるだろうよ」

「そりゃどうもありがとうございます」


 私は腕を組み、座席のシートに深くもたれかかった。


「しかしもう少し手助けしてもらえる仲間が増えてもいいんじゃないかってことを言いたかったんだ」

「仲間ですか……例えば?」

「そうだねバリツが使えて、信用のおける人物がいいね、双子の姉とか」

「却下」

「いや言いたいことはわかってる巻き込むのが嫌だって言うんだろう?じゃあ私はどうなんだい?私は巻き込んでもいいのかい!私とベベどっちが大事なんだい!?」

「何面倒くさい恋人みたいなこと言ってるんですか。ベベに決まってるでしょう」

「いとも簡単に迷わず言ったね……」


 一応誤解のないように言っておくと、アビーが友人として大事でないと思っているわけではない。

 しかしベベが大事すぎると口に出すのは、気恥ずかしいやら気持ち悪やらで、そんなことはしない。

 

「というわけで信用はしているということでここは収めておいてください」

「何がと言うわけでかわからない……。心の中の声と実際に出す声を繋げるなんて、割りと友達付き合いが苦手の奴みたいだ」

「あってるでしょう?」

「うむ、その通りだね」

「というわけでヒーローの話でしたね」

「そんな話だったか?」


 特に候補は見思い浮かばなかったので、話を無理やり変えた。そろそろ隠れ家に着くころだった。窓の肘を乗せる。


「確かに私がヒーローとは名乗らないのはそんな大したものではない、って言う自覚もありますし、怖いからでもあります」


 嘯くように言う。こういうことは少し真顔で言い辛かった。

 少なくとも八つ当たりで人を助ける難って言っている間は、ヒーローものを名乗る資格はない。


「ただもし自らをヒーローと名乗り、行動もそれに伴っている人がいれば、是非生き方を参考にしたいとは思っていますね」


 そこで街の中の巡回中の虫型カメラが、火事をとらえた、取り残された人がいる様で、消防車もトラブルで少し遅れているようだ。

 私はそのことをアビーに伝え、急遽そちらに向かってもらうことにした。

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