アンドロイド・オリジン5・西暦2035年
男に向かってテーザーガンを発射する。
しかし彼はそれを読んでいたようで、金属の腕でワイアーを弾かれた。
「しゃらくせえっ!」
大男が拳を振り下ろした。爆発音とともに床が抜ける。
私はアビーの手を取り、爆発の時に起こった土煙に紛れて、男の懐をを通り、廊下に脱出した。
そして、素早くに男の足の片方をロープで結ぶ。
男が振り向いた瞬間それを全力で引っ張る。
人型のロボットは大きければ大きいほどバランスが取るのが難しくなる。さらに不意打ちで上げた足を引っ張らられては、転ぶのは防げまい。
私の目論見通り男が大きな音を建てて横転する。
その隙にそのまま二人で階段を下り、宿から脱出することが出来た。
◇ ◇ ◇
夜はすっかり更け、街角で娼婦たちが活発的に呼び込みをしていた。
軽く雨が降っているが、肌寒さは感じない。
我々二人はチャイナタウンの裏通りを走っていた。
後ろからは違法的な機械の体を持った大男が土煙をあげながら追いかけてくる。
やはり体が大きいだけあって、歩幅が大きく早いようだ。
だがやはり小回りは効かないようで、曲がるたびに大きく距離を離すことが出来た。
「足が必要ですね」
「どれくらい逃げればいいんだい」
「おそらく彼が警察に捕まるまででしょう。チャイナタウンは自治区なので、ちょっと警察の扱いが面倒なので、街の外に出ましょう。そうすれば武装警察がなんとかしてくれるはずです」
「しかしこのままでは追いつかれそうだぞ。車に乗る必要があるのでは?」
「そんなもの都合よくあれば……」
「あるよ」
「あるんですか」
「しかしその車の場所に行くまでは、もう少し距離を離さなくてはね」
私は角を曲がる瞬間に振り向き、土煙の隙間からテーザーガンを打つ。
自身がアンドロイドなので、有機物質でできた部分の場所はある程度把握している。男の足の関節部位にワイアー針が命中した。
「ぐおぉぉぉっ」
男はまたも雄たけびをあげながら道端で横転した。
私はアビー追いつき、話しかける。
「これぐらいでどうですか?」
「十分だ!」
◇ ◇ ◇
アビーの持っているという車が駐まっている駐車場に到着することが出来た。
私はその車を見て目を丸くした。
最新式の車が並ぶ中、それはいかにもなクラシックカーで、駐車場の中でも明らかに浮いていた。
丸みを帯びた直方体のボディーでのっぺりとした顔をしていた。ボロボロに見えるが、よく見るとわざと汚してあった。
「プジョー・403 ……なんでまた……」
大体は想像が出来る。おそらく刑事コロンボが乗っていたからだろう。
ちゃんと動くのだろうか。
「安心したまえ!側はクラシックカーだが中身は最新式だ!自動運転ではないがね」
呆れている暇もないので私達は車に乗り込み、駐車場を後にした。
表通りを抜け、チャイナタウンの外に向かう。
後ろを見ると、男は見当たらないことから、かなり距離を稼げたのかもしれない。
だとしたらあのむき出しの違法パーツでは、逮捕されるのも時間の問題だろう。
少し落ち着いたところで私はアビーに話しかけた。
「所で、運転免許持ってたんですね」
「まあね。17歳の誕生日にとったよ」
ここで言う17歳とは生まれてから17歳というわけではなく、オリジナルが17歳になった時の年齢が適用される。
「ほんのこの前なんじゃないですか。運転技術の方は大丈夫なんです?」
「見くびらないでもらおう。車の運転は数少ない私が自信を持てることだよ」
確かに彼女の運転技術は見た感じでは免許を取って数週間とは思えないようなものであった。
私もう一度後ろを振り向いた。
やはりもう追ってくる気配はない。
「このまま追ってこなかったら、寮まで送ってもらってもいいですか?」
「そもそも同じ寮だろう。しかしどこかで着替えないと、この服では君との関係を誤解されてしまう」
「事実では?」
「またまた」
軽口をたたきながら、窓に肘をかけ外を眺めた。
雨に紛れ、街の光が瞬いている。
ウインカーの音と、雨の音が会話の間をを繋いだ。
ベベは今頃どうしているだろうか。遅くなったので心配していないといいが。
私はふと思いついて、あの男のことがニュースになっていないかカードフォンで調べることにした。
するとアビーはせっかく側がクラシックカーな物に乗っているのだし、カーラジオを使えと怒ってきた。
良く分からない理屈だ。しかも結局カードフォンを差し込むことでネットに接続してラジオを受信するタイプのものだった。
ノイズ交じりにキャスターがニュースを順番に読み上げている。しかし関係のない事件ばかりだ。
やはり、直接カードフォンで調べた方が速いのではないかと思ったが、その瞬間に流れたニュースに私は凍り付いた。
「たった今入りましたニュースです。今日未明グラスゴーの保育園に武器を持った違法アンドロイドの男が押し入り、現在人質を立てこもっています。犯人は一名――」
背筋に寒気が走った。
ラジオの続報が頭の中を通り過ぎていく。
頭の中で混乱が渦を巻いていた。
アビーがこちらを見た。
「えっと……どうする?」
私は唇を噛む「その保育園に向かってください」
「しかし私達が行っても何もできないだろう。なぜあの後何故立てこもるのかも理解できないし、別人かもしれない」
「……私の責任です。せめて目をそらさずにことを見届けます」
「そうは思わないが……あと『私達』じゃなく『私』って所に妙なフォローを感じて若干気持ち悪いね」
「……すみません」
アビーはハンドルを切りUターンをした。窓を打つ雨が一層強まった気がした。
その保育園はチャイナタウンの入口近くにあり、すでにパトカーが現場を囲んでいた。
野次馬もかなり集まっている。私達も彼らとあまり違いはありはしないのだろうが。
三階建ての建物に、小さな園庭がある程度あまり大きくない保育園なので、警察の働き次第ですぐにでも事態を鎮圧できそうだと思うが……
「先ほども言ったが、これからどうするんだい?」
アビーはまだ着替えておらず娼婦の服を着ているので、道行く人がチラチラとこちらを見ていたが、あまり気にしていないようだ。
「中の情報を探りましょう。あと警察の動向も」
「……どうやって?」
傘の隙間から怪訝な顔をするアビーの質問には答えず、鞄の中から虫型隠しカメラと、虫型盗聴器を取り出した。
カードフォンで虫たちを操作し、一部は保育園の中へ。一部は警察が一番集まっている場所へ離した。
カードフォンを無線で私の脳と繋ぎ、虫型盗聴器とカメラか見ている情報を同期した。
「よくわからないけど、人型アンドロイドと外部コンピューターの接続は違法なんじゃ……」
「そうですね。だがらこそもしこの事件の犯人が先ほどの客だとしたら、私の責任ということになります」
アビーが怪訝な顔のまま首を傾げた。
「……どういうことだい?」
「私は多少の傷を負いながらや、違法行為を多少使えば、あの男を鎮圧することぐらいはできました。その方法を取らなかったため、今の立てこもり事件が起こりました。つまり私が悪いんです」
「違法行為は違法行為だし、君はスペアなことを自覚している以上、自身の傷を極力避けるのは当然だと思うが」
「ベベが悲しむんです。私がべべの為に何かをして、罪のない子供が傷つくのは。私だってべべを言い分けに罪のない子供を傷つけたくはないです」
「……」
虫型ロボットの視覚と聴覚の同期を終了した。
保育園の中では、銃を持ったアンドロイドの男が、子供たちや職員を一部屋に集めて脅していた。
やはり先ほどの客だった。
警察の方は突入の計画を準備をしているようだが、何かもめている様だった。
『本部長!何故突入を躊躇するんですか。犯人はたかだか一人。この建物の大きさならば犠牲者を出さずに逮捕をすることは容易です!』
『万に一つに人質が死ぬようなことがあってはならん!軽々しく容易などという言葉を口にするな!幸い今の所怪我人も出ていない』
『……目撃証言によると犯人は何でも娼婦ともめて八つ当たりでこの保育園に入ったみたいじゃないですか。そんな奴をほおっておくと、何をしでかすかわかったもんじゃあない』
『だからこそ慎重に行くべきだ』
『……本当に人質のためなんですか?』
『どういうことだ』
『聞きましたよ。犯人は実は裏の世界の大物の息子だって。だから迂闊に手が出せないんじゃないんですか!』
『侮辱するか!例え犯人にどんなコネがあろうと現行犯で捕まえないわけがないだろう!』
『あなたが直接その大物とやらに弱みを握られているとかならどうですか?』
『貴様!』
私は保育園内の様子も見ることにした。
警察官の話している事が事実かどうでであれ、すぐに突入するということではないようだ。
園内の男もまた何かと話している。恐らく携帯端末に向かってだ。しかし警察と話しているわけではないようだ。
『もしもしパパ?今ニュース見てる?え?もう手回しもうしてる?よかった、話が早い!いや、御免ったらパパ。悪かったからそんなに怒らないでよ……だって売女のくせに俺の言葉かにするから……関係ないだろって?いや、きっと一緒にいた正義感の強そうな奴は今頃俺のしでかしたことに焦ってるって。取りあえずここで子供を数人くらい殺せばきっと一生夢に付きまとえるだろうよ。「殺すのは2人まで。それ以上は庇えない」だって?わかったわかった』
そこで周りが騒がしくなった。そして空を割るようなプロペラ音が響いていた。
サーチライトが辺りを照らす。
上空でヘリが旋回していた。底から黒いロープが伸びてきて、次々と黒い服を着た者達が保育園の屋上に降り立っていく。
私は警察達の近くの虫に意識を集中した。
『どこの隊の者だ!?聞いていないぞ!』
『問い合わせた所、公的な機関のヘリではないようです!』
『じゃあなんだ、スーパーヴィジランテとか言う奴か?!』
『いえ、おそらく犯人の身内の者かと……』
私は保育園内に意識を集中した。
犯人の男と話していることからみて、確かに彼らの言う通り、身内の者らしい。数人は物腰からして特殊な訓練を受けて居るのがわかった。他は素人が武装しているだけにも見える。
降りてきたのは全員合わせて、ちょうど10人。
うち機関銃を持った者が二人。それとは別に違法アンドロイドが三人。拳銃は全員持っている。他の武装は、照明弾、催涙弾、ナイフ、云々。
「顔が青いぞ。大丈夫かい?」
アビーが声をかけてきた。私は冷や汗を手でぬぐい、そちらに向き直る。
「警察の無線を盗聴した所、あのヘリから降りてきたのは、犯人の身内みたいです。なんでも裏社会の大物の息子だっただとか」
「息子とはいえ、立てこもりから逃がすためにそこまでするのか……?そもそも一人の方が逃げやすいだろう」
「恐らく身内の兵士を数人おとりにして息子を逃がす作戦みたいです」
「そんなに息子が大事なのか?とはいえここまで大事になっては私達にできることはないな……顔怖いって、具合が悪いなら一旦帰った方がいいんじゃないかい?」
私は顔を押さえた。知らず知らずのうちに顔面に力が入っていたようだ。
盗聴した音声は、警察の方も犯人の側も騒がしい。確かにアビーの言う通り頭痛がした。
私は一旦深呼吸をする。
カードフォンを一旦電話機能に戻し、アビーに断りを入れた後、番号を押した。
『はい、こちらコブコーポレーション』
私はもう一回深呼吸をした。
『すみませんラナ・コブです。お母様に取り次いでもらえるでしょうか』
『かしこまりましたお嬢様。しばらくお待ちください』
数分間保留音が鳴ったのち、少し年齢を感じさせる女性の声に変わる。
『はい、ロレイン・コブです。ラナ。あなたから連絡するとは珍しいわね』
『お忙しい所大変申し訳ありませんお母様』――大丈夫だ。声は震えていない――『実は折り入ってお頼みしたいことがありまして、お時間よろしいでしょうか』
『あなたからの頼み事だなんて、明日は竜巻でも来るんじゃないかしらね。そうなると内容が怖いわね。いいわ、聞かせててちょうだい』
私はこれまでの経緯を簡単に掻い摘んで話した。盗聴のことやアビーのことはかなり事実とは違うことを話したが。
『というわけで私が原因で立てこもり事件が起きてしまいました。この状況でお母様に頼ることは、誠に恥ずかしいことではあると重々承知しておりますが、やはり子供の命には代えられないことだと思い、ご連絡をさせて頂きました。なんでも警察は犯人の父親からの圧力により少し揉めているそうです。お母様が警察に別方向から圧力をかけて頂ければ、突撃ないし逮捕がスムーズに行くのではと考えました。誠に身勝手ではありますが、どうか力添えをいただけないでしょうか』
『……ごめんなさい』
電話を通して沈黙が伝わってきた。私の手が少し震えていた。
『やはり』私は息を詰まらせた『駄目でしょうか』
『数少ないあなたの頼みだもの。何とかしてはやりたいのだけども、彼の父親は私程度の力ではどうしようもならない。本当にごめんなさい』
『……いえ、こちらこそ無理を言って申し開けありませんでした。お忙しい所お時間をいただきありがとうおざいました……』
『埋め合わせ……っていうのは失礼かもね……でも今度食事にいきましょう……ベベとお父さんといっしょにね』
『はい……楽しみにしています。失礼しました』
私は電話を切った。
アビーがこちらを向いている。
「『犯人を捕まえるのに、資産家の母親に頼る探偵を始めてみた』って顔をしていますね」
「いや、単に養母と随分と馬鹿丁寧な話し方をするんだなって思ったんだけど……」
「すみません、被害妄想でした」
「かまわないけど」
少しアビーに当たる形になってしまった。嫌われただろうか。
見上げると、黒い空が広がっている。空の底に飲まれるような気分だった。
「私はですね」降ってくる雨を見ながら私は言った「いつも八つ当たりのように人助けをしているんです」
アビーはそれに答えず目を細めただけであった。
「こう、助けれるのに、助けられないとイライラするんです。計算によれば私なら絶対に助けられるのに、常識が邪魔するんです。虐待されている、いじめを受けている。ならば警察に頼る。教師に頼る。それよりも早く、私なら解決できるはずなんです。でも世間一般的にそんなことを言っているのは妄想癖の激しい者だけ。だからいつも私は自重しています。でも隠れてことを解決すると、すごく嬉しいです。スカッとします」
「君はもしかして……自分で子の立てこもり事件を鎮圧出来るって言いたいのかい……?」
「はい」
「負傷者を出さずに?」
「いいえ、犯人側を傷つけづに事とを解決するのは無理です」
アビーは頭を振った。
「不可能だよ」
「いいえ」
「今の君は子供が意地を張っているようにも見える」
「いいえ」
いや、アビーの言う通りかもしれない。
しかしこのままでは特殊部隊と、犯人側の衝突で死人がでる。
私なら――今の私であれば死人を出さずにことを解決出来るはずだ。
「ふん、会長に呼ばれてきたと思えば、随分と愚かな言い争いをしているじゃないか」
突如かけられた声により、私の背筋に鳥肌が立った。
懐かしい声でもあった。蛞蝓が初ような、粘り着く声。
「しかし私の作った娘がそんな自画自賛でまみれたことを言いだすとは……まあ褒めてやってもいいだろう」
彼は黒い不吉な傘をさしていた。頭部には白い部分が増えているのが分かる。増えた皺の数が会わなかった期間を物語っていた。
アビーが私に尋ねる。
「誰だいこの失礼なご老人は?」
私は溜息をつき、言った。
「私の制作者ですよ」
『博士』がそこに立っていた。