アンドロイド・オリジン4・西暦2035年
男が振り上げた拳から次の動作を読む。
実を言うと私のような高性能アンドロイドと、人間の身体能力の違いははほとんどない。
では私がアンドロイドであると言うことを活かすにはどうすればいいかを考えたことがある。
そして出た結論が、自分自身がアンドロイドであるという事実を利用しての自己暗示によりる研鑽が容易であるつおいうことだった。
アンドロイドだからこそ自分は頑丈だ。
アンドロイドだからこそ暗記が得意だ。
アンドロイドだからこそ傷はすぐに治る。
アンドロイドだからこそ先読みが得意だ。
そうやって自分に暗示をかけ、自信を持って鍛錬を行うことにより、身体能力をあげてきた。
『/"重心の動きから推測するに右の拳はフェイント/"
/"男の眼球がわずかにぶれている。/"
/"おそらく新型ドラックXXLVを使用している。/"
/"その副作用は距離感の消失。/"
/"および肝臓に対しての損傷/"
/"そのまま右手の方向に突っ込むのが最善手/"』
バリツはかの大探偵が使っていたことからわかるように、主推理を行いながら戦う武術だ。
重心の動き。相手の怪我。やっている格闘技。
それらを踏まえ10手先まで推測し、適切な行動、攻撃を行う。
と思ったが、無傷で切り抜けることが出来なさそうだったので、拳を避けた後テーザーガンを使用した。
ハードカバー小説に模した銃の先から、ワイヤーが発射される。
命中した男は獣のような悲鳴を上げ、その場に蹲った。その瞬間に顔面に蹴りをれた。
確かな手ごたえを感じたので、気絶したであろう男に近づいた。
「さてどうしましょうかね」
私はテーザーガンを鞄に閉まってから言った。
探偵道具であるワイアーで男を縛り上げる。するとアビーが恐る恐る近寄ってきた。
「お、終わったのかい?警察には……」
「やはり呼ばれたら困りますか。アビー」
私はそこで初めて帽子を取ってアビーに顔を見せた。
「君は……えーと」アビーは額に皺を寄せて思い出そうとしていた。ただ私には演技のようにも思えた「同じクラスの」
「ラナといいます」
アビーの表情がさらに困惑したものとなった。
「一体何でこんなところに?」
「それはこちらのセリフでもありますがね。ところでこの人の処理はどうすればいいのですか?先ほどはのちに用心棒が来るって言ってましたが。ハッタリでしたか?」
「いいや、ウチの宿はあるファミリーの傘下で営業をしているから、問題があったら来てくれるはずだ」
「でしたらその方に任せて話をすることはできますか」
私の言葉に、べべは髪をいじりながら何か考え始めた。
「いや……助けてくれたのは非常に感謝しているが……ああ、まだお礼を言ってなかったね。本当にありがとう。助かったよ。何か別の形でお礼をしたいが、仕事を途中で抜け出すわけには……」
「そもそも、貴方の年齢で売春行為をすること自体が駄目だのですが」
「……」
アビーは俯いてしまった。
私は時計で時刻を確認する。
「いくらです?」
「?何がだい」
「あなたの三時間分ほどの値段です」
アビーは指で値段を示した。
「では行為はいいですから」私はカードフォンを出した「そのお値段で宿で話を聞かせてください」
◇ ◇ ◇
「君、結構金遣いが荒いって言われないかい?」
私達は後から来た用心棒に男を任せて、宿の部屋に向かった。
いかにも場末の売春宿の部屋と言った感じで、ベッド以外の物がほとんどない。窓もなく、湿気が籠っている上に、妙な圧迫感を感じた。壁も薄く隣の部屋から行為の音が聞こえて来た。
「必要な物には惜しまないだけですよ。ところでこの宿にシャワーのような物は?」
「ないけど?」
「そうですか……」
「ところで私からの質問で悪いが、こんな裏通りにいたんだい?」
私は出された水の入ったコップを持ち上げた。しかし、虫が浮いていたので、そのままベッドの上に置いた。
「詳しいことは言えませんが、少し人に頼まれごとをされてきていただけですよ。ではこちらからの質問です。あまり込み入ったことを聞くべきでないことはわかっていますが、しかし、ちょっとある困っている人がいましてね。私は困っている原因の可能性の一つとしてあなたがいるんですよ」
「随分と持って回った言い方をするんだね。まるで探偵のようだ」
「まあ真似ごとをしていますが、頼まれごとには違いありませんので」
私の言葉に彼女はまたも髪をいじり始めた。
「探偵、探偵かあ……」
心なしかアビーの表情が柔らかくなった気がした。
「好きなんです?探偵」
「好きって程でもないよ。将来は探偵になりたいって言うと『フィクションと違って探偵の実際の仕事とか地味だろ』とか答えられるとゴルフクラブで頭価値割りたくなるがね。知ってるよ!その話百回聞いたよ!探偵に警察が捜査の協力を依頼したことはない?いるよ!ケン・ブレナンで検索しろ!」
「落ち着いて。暴力はやめましょう」
アビーは得体の知れない水を、喉を鳴らして飲んだ。
「ふう……すまない……確かに私が探偵になりたいと思ったのはフィクションが原因だよ。しかし、だな」
「すみません。興味がないので先に質問に答えていただいてもよろしいでしょうか」
私の言葉にアビーは心の底から絶望したような顔になった。
私は頭をかく「……ちなみに好きなフィクションの探偵は誰ですか……?」
「うむ、よくぞ聞いてくれたよ!エルロック・ショルメだよ!」
アビーの顔が晴れた。
「本当に……?奇をてらうために言ってません?」
「失敬な。確かにパスティーシュのくせにルパンの奥方を間違って殺してしまうなどはちょっとどうなのかと思うが、ホームズ先生にない魅力もいっぱいあるのだよ!」
「へーそうですか」
エルロック・ショルメは呼び捨てでホームズは先生づけなのは本当に好きなのだろうか。
「では、君はどのフィクションの探偵が好きかなな」
「マーシャン・マンハンター」
その後ひとしきり探偵話で盛り上がった後ようやく本題に入った。
機能しているのかわからない換気扇の音が、少し不快だった。
窓がないため、室内の温度が上がりやすいようで、軽く汗をかいてきた。
アビーは薄い記事の服を着ているのに加え、仮にも娼婦用の香水をつけているので、同性であるのに私は変な気分になりそうだった。
「君は自分が何のために生まれてきたのかを理解しているかい?」
アビーは私に神妙な面持ちで問いかけた。
それは私が生まれた時に問われた言葉でもある。
「最近になってある程度の推理は出来るようになりました」
何故私が作られたのか。何故私がべべと同じ姿形をしているのか。
それらはこの15年である程度の見当は付いた。だからこそボディーガードと言う役割であるにもかかわらず、ベベと離れての活動をしているのだが。
「私もアンドロイドだ」
アビーは胸のあたりに手をやって言った。
私は目を細める。
沈黙が訪れるたびに、薄い壁の向こうから、女の喘ぎ声が良く響いた。
「そして」アビーは自身の言葉をかみしめるように、一言一言話していった「私は何のために生まれてきたのかを理解した。だからそれを拒否するために私は娼婦となった」
「それはつまり」私はコップの水を揺らして、その波を眺めた「スペアであることを拒否するということですか?」
私は自分自身は最初はベベの影武者であると思っていた。ただ自身が成長するにつれて、知識が増えていき自分が何なのかがわかってきた。
生まれた時からクローンを育てて、オリジナルが重い病気になったときに、内臓や皮膚を移植するという方法が、二十数年前まで流行っていたことがある。ただしやはり倫理的な問題で、法律上禁止となった。
ならばその代わりにとと人間とほとんど変わらないアンドロイドなら、倫理的に問題がないのではないかという意見が出てきたのが、私の生まれる少し前の話だ。高性能な義手、義足、人工肺、人工心臓、それらの元となるアンドロイドをオリジナルを観察さしながら育て、より違和感のない代用部位に仕上げていく。
必要な時に必要な部分を機械で作ればいいじゃないかという意見もあるかもしれないが、全く違和感のない代用部位を作るには、人口成長プログラムにより、数年単位の観察が必要となるのだった。最も『まったく違和感のない』というのはわかる人にはわかるといったものの上に、数億単位の予算が必要になるため、一部の資産家の歪んだ信仰と道楽にも近いものでもあったが。
「その通り、私はスペアであることを拒否をする」
「もしかして誰かに頭をいじられましたか?」
私の考えでは、アンドロイドは自身の生まれた意味を拒否できないようにプログラムされているはずだった。本当に客観的に見れば、スペアであること自体に葛藤を持たない自身には違和感を抱いているものの、それがどうも直接的な感情を動かすには至っていなかったからだ。他人事のように頭の中をすり抜けていっていた。
「その通りだといえる、そうじゃないとも言える」
「いかにもな曖昧な物言いではぐらかさないでください」
「それはお互いさまじゃないのかな?」
一応メグにはアビーには話さないでくれと言われているので、ストーカー事件については詳しく言うことはできなかった。もうほどんど言ったようなものかもしれないが、物事の線引きはしっかりとしたい。
見るとアビーはまた髪の毛をいじっていた。何かそわそわしているようでもあった。
「どうしました?」
「いや、何でもないよ……そうだね、確かに私はスペアであること自体に葛藤を持っている自身に違和感を感じてはいるよ。だがね、頭をいじられたというのなら、きっと生まれた時であると思う。今言えるのはこれまでだよ」
「何も分かりませんでしたが、言いたくないのであれば無理に聞きませんよ。今のうちはね」
ストーカーは悪質ではあるが、やはり今の所は無理に真相に突っ込む必要はない。
アビーは校則や法律を破っているが、私にはどうでもよいことであった。
だが長年探偵もどきのことをしてきた私の勘が、この事件は何か大事になりそうだと言っていた。
私は立ちあっがった。
「ではこれで。またいつかお話をすることになるかもしれませんが」
「まだ2時間以上余っているが、いいのかい?」
「かまいませんよ。とっておいてください」
私は今日アビーと話したことを考えた。
スペアとしてプログラムされているからこその愛。人間の子孫を残すための愛。
そこに違いはないようにも見えるし、そう思うこと自体がプログラムかもしれないということになり堂々巡りになっていしまう。
と、そんなことを考えながらドアに手をかけるとアビーが私の腕を掴んでいた。
部屋が暗くてわかりにくいが、顔が赤い。
「まだ何か?」
「……非常に言いにくいことなんだがね。職業意識というかなんというか……実は私は、こう……仕事中は出来るだけ買ってもらった時間だけは客に対して恋心を抱くよう、暗示のようなものをかけているのだが……」
「つまり」私は照れ隠しに咳払いをした「誰であろうと、金を払われたら喜びながら股を開いてしまうから、むらむらして困るので何とかしてほしいと?」
「大体あってるかもしれないが!相手が商売女だろうと言っていい物言いと悪い物言いがあるよ!」
私はそのまま力強く引っ張られ、方向を転換し、ベッドに押し倒された。
私が下に、アビーが上になる形となった。
「止めてください」
「冷たい物言いだが、意外と体温は上がっているね」
「そんなことは……」顔が近かったので、私は顔を横にずらした「ないです……」
「偶にいるんだよ、お金は払うけど話だけをして帰っていく客が。そういうのは楽でいいっていう仲間もいるが、私は少しイラッと来るね」
「そうで――」
私の唇が、アビーの唇によってふさがれた。唇の間からアビーが侵入してくる。
突然のことに反応が遅れるも、私は頭突きをして、相手を引き離そうとする。
「あいたっ」
しかし体制の問題上思ったように力が出ず、唇を引き離しただけとなった。
「いい加減にしないと、暴力に頼りますよ」
「待った、待ってくれたまえ!ハグだけ、ハグだけで終わらすから!」
「……何を」
私は溜息をついた。
納得したわけではないが、何となく疲れを感じ、私はその言葉に少し力を抜いた。
アビーは位置をずらし、私の胸の辺りに自分の頭を置いく。
私の鼓動の速さがアビーに向かって伝わっているのがわかり、気恥ずかしい気分になる。
私はまたも沈黙に耐えきれなくなり、咳払いをした。
「まったく、私のファーストキスは心に決めた人がいたというのに」
「本当かい?本当にキスが出来る相手なのかい?」
「……わかるんですか?」
「商売柄いろんな人を見ているとね。少なくとも君は同性愛者だろう。キスの感触でわかる」
私はこれ以上鼓動が速くならないよう、胃の下あたりに力を入れた。
「アビーは両性愛者なんですか?」
「さてね。性欲と愛情とプログラムの違いも理解してはいないくらいには若いからね」
「私も人のことは言えませんが」
「しかしこんなに暑いのにもかかわらず、抱き合っていると落ち着く。アンドロイドだって暖かいんだ」
私はそれには答えない。
先ほどはキスは無理やりだったし、こうして抱きしめ合ってるくらいはベベへの裏切りにはならないだろうと、自分を騙すのにも必死であったからだ。
ただ鼓動は速くなっていくものの、落ちつくというのには同意を示したかった。
「ちなみに人と触れ合えば鼓動が速くなるのは、人間に近いものとして整理的な反応です」
「何の言い分けをしてるんだ。それはそうとラナ」アビーは顔を少し上げた「同じクラスの友人として言うが、もし君が消して叶わぬ人を愛しているのであれば、私で良ければ欲のはけ口にくらいはなれるよ」
普段であれば私はその言葉を笑い飛ばしていただろう。
しかし、あのんな話をした後では考えることもある。
私の一部はベベの一部となる。それ自体は喜びでしかない。しかしそうならなければ?
近年アンドロイドの人権団体が、政治的に権力を有してきている。
私の存在理由を否定されると気も来るかもしれない。
私もベベが一生大きな怪我をしないことを望んでいる。その時は私は彼女に妹としていつか生涯を終えるだろう。
しかしそうであれば私は何のために生まれてきたのだろう。
ならばいっそ、欲のために生きてしまってもいいのかもしれない。
そこまで考えが至った時、私は頭振り、思考を吹き飛ばした。
「ないです」
「そうかい?悪くないと思うんだがね」
「どんな形であれ、私は一途に生涯を終えますよ」
「本当かー?本当に一途かー?」
そんな軽口をたたき合いながら、瞼が下がるのを感じていた。
私自身どうな体制でも眠れるという特技を持っていたので、同じくらいの体重の少女を胸に乗せながら眠るのも対して苦ではなかった。
アビーの背中を言って一定感覚で叩く。
べべと私が幼いころも、こんなことをしていた記憶があった。
臭いも、温度も、音も最悪の部屋だったが、その時のまどろみは不思議と悪いものではなかった。
◇ ◇ ◇
大きな振動により起こされる。誰かが柱に出もぶつかったのかな、この建物は脆そうだしな、などと思いながら目を開けるが、再度部屋全体が揺れる。
「一体何だね……」
アビーが目をこすりながら体を起こした。
私が口を開けようとした瞬間、叫び声が聞こえた。
「どこだっ!」
むりやり扉を破られる音がした。
「俺に恥をかかした奴はっ!」
女たちの悲鳴が聞こえる。そして今度は近い位置での扉が破られる音。
「どこだといっているっ!」
そして私達の要る部屋の扉が、大きな爆発音のようなものと共に破られた。
アビーと私は目を丸くして、煙が立ち上るのを見ていた。そして奥から大男が現れた。
「先ほどの客のようだね……」
先ほどと違う処と言えば、腕の部分がむき出しの金属でできているのが分かるということだろう。返り血のようなものが体中についていた。
顔は憤怒の形相に燃えていたが、私達を見ると大きく笑った。
「見つけた」
「……違法アンドロイド、それか違法サイボーグですね」
私は大男の金属の部分を見つめて呟いた。
アンドロイド作ることにおいてある一つの制約がある。それは人間の知能と力を越えるものを作ってはならないということ。
男は見た所、知能は人以下ではあるが、明らかに人間の腕力を越える力を有していた。
「状況から推測した所、用心棒を違法な腕力でどうにかしてここにきたようだね。さてどうするラナ」
「決まってますよ」
私は極めて冷静に言った。
「逃げます」