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アンドロイド・オリジン1・西暦2035年

 ベベ。

 ベベ・コブ。

 それが彼女の名前。

 ベベ。

 我が青春。我が人生。我が炎。我が罰の形。

 彼女は私であり、私は彼女であった。

 私が産声の代わりに電子音を上げた日のこと。

 私が彼女に出会った日のこと。

 西暦2036年。イギリスのとある研究室。

 私が自我と言うものを構築し、それを自覚した日のことだ。

 電子信号を繋ぎニューロンを模した機械が、人格と言う疑似奇跡を発生させた。

 白い部屋で、研究者である私の実父、つまり製作者は言う。私は博士と呼んでいた男だ。


「お前は何のために生まれてきた?」


 感情を一切感じさせないものでありながら、蛞蝓が張っているという形容が相応しい声質であった。ざらついていて、尚且つ粘ついていて、黒い声。

 髪には白髪が交じり始めていた。


「お前は何のために生まれてきた?」


 彼は私の額を親指でグリグリと押しながら繰り返した。

 これが彼の癖であった。無論人間相手にはめったにやらないが。


「わかりません」

「わからないか。大抵のアンドロイドは自分の役割を理解している。頭脳に当たるコンピューターに既に書き記されているからだ。そうだと言うのにお前はそれも分からないのか」

「わかりません……」

「わからないのか?わかろうとしていないのではなのか?ええ?ポンコツが。恥ずかしくないのか?自分の役割が分からない?もし私がアンドロイドだとして、同じような状況になったら腹のコードで首をくくって自殺するな。なぜおまえは死なないのだ」

「申し訳ありません」

「私住んでいるアパートの部屋の隣の男は鼠が好物だそうだ。そのため床下に罠を張り、害虫だらけの鼠を食している。愚かなことだ。鼠が食べたいのであればもっと適した方法がある。それなのにただ口を開けて鼠が罠にかかるのを待っているだけだと言うのは非効率であり愚かだ。だがお前はさらにそれよりも愚かだ。わかっているのか?いや、わからないのか?」

「……」

「なら合格だ」


 項垂れていた私は博士の言った意味が分からずにただ前を向いた。

 

「どういうことです?」


 博士は答えない。だが黙って部屋の扉に向かい、鍵を開け外に出た。

 

 数秒後扉が勢いよく開く。


「初めまして!あなたが私の妹ね!」


 元気の良い掛け声と共に、幼い少女が勢いよく部屋に入ってきた。


 金髪のボブカットの四歳ぐらいの娘で、エプロンドレスに近い桃色の服を着ている。

 服の清潔さから育ちの良さが見て取れた。

 状況を理解できず私はただ目を丸くしていた。

 だが彼女を見た瞬間私の胸は高鳴った。そして体温が上がったのが感じ取れた。


「初めまして!初めまして!」


 私の反応を伺っているのか、彼女は言葉を繰り返した。


「初めまして」

「よろしく!」


 彼女は私にハグをしてきた。シャンプーの香りが嗅覚機能から吸収された。

 さらに私の心臓部の循環機能の動力の動きが激しくなる。

 ハグをした時の手ごたえから、彼女と私は同じくらいの背丈のようだ。


「私の名前はベベ!あなたは?」

「私の名前はラナと言います」

「ラナ!いい名前ね!ねえ聞いてラナ!私今日誕生日なの!」

「奇遇ですね。私もですよ」

「何て言う偶然なの!?いくつなの?お祝いしましょう!」

「0歳です」


 私は困惑しながら、助けを求めるように扉の方向を向いた。

 そこには博士が立っている。


「状況が上手く理解できないようだな。それはお前が4歳ほどというわけではないが、それなりの知能しか持ち合わせていないからだ。お前が愚かだからだ」

「まあ酷い!私が馬鹿だって言うの?」


 ベベが口をとがらせてそれに反発した。


「そうだ子供とは愚かなものだ。愚かさを乗り越え子供は大人になるのだ」

「よくわからないこといわないで」


 ベベの言葉に博士は無表情のまま肩をすくめた。そしていったん部屋を出、何かをローラーで引きずって来た。


「これは鏡だ」

「存じ上げております」私それを見ながらいった。

「お前が自分の存在理由を知らないのは私がお前のコンピューターにそれらの情報を書き記していないからだ。よってお前が愚かであるという私の言葉は間違っていないが、意図的にそれを生じさせたことだ」

「……」

「この鏡の前に立ってみろ」


 私言われた通りにした。

 幼い少女の姿だ。

 金髪のボブカットの四歳ぐらいの娘で、エプロンドレスに近い赤色の服を着ている。

 鏡の中にはベベとうり二つの少女がいた。

 

「わかるか?」博士はこれまで何度も繰り返した言葉を口にした「いくら愚かなお前でもここまでヒントを与えたらわかるだろう?」

「これはつまり」私は鏡の中の瞳を見つめる。ベベに比べると冷たい印象を受けた「私は影武者になるのですね?」

「その答えは30点と言ったところか。まあお前の生きる目的の完璧なる答えを話すのはまだまだ先になるだろう。何せお前はまだ四歳並みではないものの、それなりの知能と容量しか持ち合わせていない。場合によっては受け止めきれないだろう。お前は自己成長プログラムによってハードもソフトも大きくなる。だから今はとりあえずはベベ・コブの双子の妹兼ボディーガードとしていきるのだ。ラナ・コブとして」


 私はベベを見た。

 彼女は今の説明を理解できていないのか、つまらなさそうにしている。しかし、私と目が合うと満面の笑みを浮かべた。


「これがらよろしくね、ラナ」


 私はその顔を真似てぎこちなく笑って見せた。もしこの笑顔をを私が浮かべられることになったらそれは素晴らしいことなのかもしれないと思いながら。


「はいよろしくお願いします、べべ」


 ◇ ◇ ◇


 その日から私はベベの妹としての生活が始まった。

 彼女の家は資産家らしく、私はセント・アンドリュースの郊外にあるシノワズリ調の豪邸で暮らすことになった。

 しかし半ば予想していたことであったが、養父母に当たる人物は私を娘として扱うようなそぶりはしなかった。虐待のようなものを受けたわけではない。しかし細かい部分の扱いが、ベベと違っているのが、わずかながら感じ取れた。

 扱いはむしろ実の娘であるベベよりも丁寧だったのかもしれない。しかしそれは貴重なものとしての扱いだった。

 もっとその頃はアンドロイドの人権が複雑だった時代なので、そのような扱いに不満を覚える様なことはなかった。無論そのようにプログラムされていたのかもしれないが、仮にそうだとしても大きな不平不満はなかった。

 ベベの幼少期は勉強は出来たもののおてんばと言う形容が相応しいような娘だった。スカートのまま気に登ったり、男女構わずケンカをしたりと、生傷が常にあるような日々が続き、私はそのことのフォローをよくしていた。

 そんなある日のこと。ベベが8歳になった時のことの話だ。

 私は洗濯も籠運びながら廊下を歩いていた。

 使用人の手伝いをしていたのだが、養父たちはこのことにあまりいい顔をしていなかった。いくら娘とは見ていないとはいえ、使用人として雇い入れたわけではないようだ。しかし私自身の役割があいまいなため、手探りで何かやっていくしか方法がなく、暇を持て余すとついつい手伝いをしてしまうのであった。これも目的がなくては生きられないアンドロイド特有の性なのだろうか。

 廊下には中国趣味の絵画や置物が所々に飾ってあった。


「ラナァ~」


 前の方向からベベが泣きながら歩いて来た。

 ボディーガードとしては心配すべきなのだが、それよりも彼女が泣いているとは珍しいな、と言う感情が先に出た。何せ殴られたら殴り返すのがモットーの彼女だ。歯を食いしばり涙ぐむことはあっても、こうもしっかり顔を崩しているのは初めて見る光景であった。

 私は買い物カゴを一旦起き、彼女の頭に手を置き、よしよしと撫でた。


「どうしましたかベベ。いじめられましたか?だとしたら相手の名前は?住所は?電話番号家族構成嫌いなものは?」

「怖いよラナ……涙引いちゃったよ……」

「私の計算通りですね」

「嘘ー」


 ベベが涙を垂らしたまま少し笑う。


「それでどういった理由で泣いてたんですか?」

「この前ね、宇宙センターで叔父さんのお葬式があったじゃない」

「ありましたね」


 コブ家ではどうやら宇宙葬が一般的らしく、先月彼女の叔父の遺体は、ロケットに乗せられ宇宙に旅立っていった。もっともベベはその叔父とはあまり会ったことがなかったらしく葬式の間はキョトンとしていたが。


「それでね、彼に言ったの」

「彼とは?」

(ヒー)(イズ)ボーイフレンドよ。彼氏(ボーイフレンド)

「ガガッガガッガピー!?」

「何よ。壊れたロボットみたいな声出して」

「ロボットです」私は呼吸を整える「……ではなくて!ボーイフレンドが出来たって何故言ってくれなかったんです!?」

「何にでもラナに報告しなきゃなんないの?あなたは私のママ?まあママにも言ってないけど」

「それはそれは……それでさしあたりなければその彼の名前をお教えいただけないでしょうか」

「嫌」


 何だろう。

 私は過保護過ぎるのだろうか。

 いや、私は今現在は彼女のボディーガードなのだから、悪い男にひっから内容に見張るためにも把握しておく必要はあるはずだった。


「続けていい?」とベベ。

「どうぞ」

「それで葬式に一緒に着ていた彼に言ったのよ。ロケットに一緒に乗っているのは知らない人ばかりだし、叔父さん寂しそうだね、もし死ぬことになったら一緒のロケットで送られようねって。どちらかが先に死んだら、遺体は冷凍保存をしておくとかで」

「ロマンチストですね……じゃなくてロマンチックですね」


 私は皮肉っぽい言い回しになったのを慌てて修正した。


「そしたらね、彼今から死んだ後のことを考えてるのは引くって。えっとなんだっけ。あ、そうそう『重い』んだって」

「随分とませた坊ちゃまですね」


 私は頭の中コンピューターで葬式に来ていた彼女と同年代の男の子から、ボーイフレンドの見当をつけようとする。

 いや、かなりの年上と言う可能性もある。


「それでね、それに反発して答えたらついつい口げんかになっちゃって」

「言い負かされて悔しかったんですか?」

「違う。口げんかしてるうちに、私は多分一人で死ぬんだなって予感が頭に浮かんだの……それでなんだか悲しくなってきて」

「先のことを考えすぎですよ」

「……」


 彼女は口をとがらせながら涙ぐんでいる。

 私はため息をつく。

 無論私には必要のない機能なので真似をしただけだ。


「まったく、そんなことを考えないでください。私は影武者なので貴方が望めばロケットには乗れるはずですよ。私が死ぬ時はベベが死ぬ時ではないですが、ベベが死ぬときは私が死ぬときのはずです」

「そう言うと思ったから嫌だったのよ……」


 呟くように彼女は言った。

 私の胸部が針が刺したような痛みが少し走った。

 私は何でもないことのように表情を変えず言う。


「ベベが私と一緒のロケットが嫌だと言うのであれば、回避するのも容易いです」


 彼女は顔を上げると私を睨みつけて叫ぶ。


「違う!私が言ったのは臆面もなく一緒に死ぬって言ったことっ!彼に冗談半分で一緒に死ぬって言われたら少し嬉しいかもしれないけど、妹に一緒に死ぬなんて言われて嬉しくないよ!」

「待ってください。彼に言われて嬉しいのも少し変です」

「揚げ足とらないで!」

「はい……」


 彼女はまだ8歳だ。一緒に死ぬと言われて嬉しいなんていうのは、何かのドラマの影響だろう。

 しかし妹に一緒に死ぬと言われて嬉しくないのは間違いなく本音のように見える。

 

「私はラナに初めて会った時、新しい妹が出来るよ、って紹介されたの……それを聞いて嬉しかったし、今でもラナが妹としているのは嬉しい。たとえパパやママがあなたがどう思っていようと」

「はい」

「本当は私、この話をラナにしたらきっと一緒に死ぬ、て真顔で言うのが解ってた。そう思うと悲しくて、泣ちゃったの……だから無理に一緒に死なないで。そもそも影武者なら私が死んだらラナが私の代わりになるんでしょう?」

「そういう映画みたいなことにはならないと思います」

「そうなの?でもそうなら私が死んだとしたら、らなは用済みだから、後は好きに生きたらいいんじゃないの?」

「そうかもしれませんね」


 曖昧に言葉を濁す。

 本来私は彼女が死なないために作られたはずだ。ならば用済みになったらスクラップにされるのがオチであろう。

 ただアンドロイドにも人権を与えようとしている団体が政治的に大きな力を持ってきているため今後がどうなるかはわからないが。


「だから私だけにあまり優しくし過ぎないで。私だけでなくみんなのためになることを……ん?んん?」


 そこまで言ってベベは頭を押さえ考え込む。


「どうしましたか?」

「そうよ!人助けをすればいいのよ!そのラナの私に対してのあり余る過保護を皆に分け与えれば、私も皆も得をする!もちろんラナにすべてを押し付けない!私も手伝う!」


 あり余る過保護?

 それはそうとして


「つまり具体的いうとどういうことです?」

「ほらあれよ!あれ!」


 そう言うとベベは後ろを向き走ってどこかに行ってしまった。

 私も一旦その場を離れ、近くにいた使用人に洗濯籠を渡し、厨房でコップに水を入れて同じ場所に戻った。

 そしてしばらくするとどたどた・・・・と足音を響かせながら戻ってきた。  

 

「これよこれ!」


 そして息を切らせながらカード黄緑色のカードを持って来た。カード型多機能携帯端末・商品名カードフォンだ。それに映った画像を私に見せる。

 そこには昨日見た映画のパンフレットが映っていた。

 ヒーローたちが集まって悪を倒したり内輪揉めをしたりという内容のシリーズの4作目だ。


「そう言えば確かこの緑のヒーローはゲイだって聞きました。20年ほど前のクマのぬいぐるみが出てくる映画で」

「何で今その話したの?!そんなことはどうでもいいの!」


 ちなみにスピンオフでアカの元締めをやっていたアメリカの顔的ヒーロと、美少年を囲っている富豪探偵がメンバーにいるのだが、その二人が愛し合う画像がネット上に氾濫していることから、彼らもまたゲイだと推測できる。

 息を切らせているベベに水を渡す。ベベは一瞬口をへの字に曲げたが、礼を言い、水を喉に流し込んだ。

 それで落ち着いたのかベベは話し始める。

 

「私達二人でヒーロー――じゃなくてスーパーヒロインをやるの!」

「駄目です」

「なんでよー!」

「説明してもいいんですか?うすうす自分でもわかっていることをわざわざ説明されるのは嫌でしょう」

「……わかってるわよ……危ないとか自己満足とか『大いなる力には大いなる云々』とか言うんでしょう?」

「はい。大いなる力は持っていませんが」


 そういうヒーローアンチ的なことは過去に出た多くのコミックに書いてあると思うので、私などがわざわざ説教などはしたくはない。

 近年は国家情勢の不安化により、自警団が増加している。2024年のソビエト連邦復活も欧州の不安を書きたてている原因の一つだった。

 派手なメイクをした劇場型犯罪も増え、それに対する自警団もカワッタコスチュームのようなものをする者が多くなってきた。


「いや、違うのよ。何も世界を救おうってのじゃないの。なんだっけほら、昔の下痢と下呂の洪水のヒーロー映画のみたいなヴィジ……ヴィジ……」

自警団ヴィジランテ?」

「そうそれ。でもそこまで大げさな物じゃなくっていいの。こう、お助け倶楽部って感じで人の手伝いをしていくの。そうすればあなたも私も他人にやさしくなれるじゃない!」


 これが始まりだった。

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